2 転校生
「コレも何だ、葦舘あたりから貰った――……」
彼は手を伸ばして、そのプリミティブな雰囲気の、民族衣装を身に着けた人形を触ろうとした。
刹那、御狼の左肩へ座っていたフィギュアが体を低めて、避ける動作を取ったのである。
信じ難い現象が響也の面前で展開した。
『 あらヤダ、こいつアタシの事が見えてるわ 』
『 イムカ、こっち、早くコッチよ 』
『 一時撤退するンだ!! 』
「 うわああああああああああああああああああッ!! 」
人形で無い事を覚った瞬間、彼の絶叫が校内に響き渡る。
「 ご主君――――――――――――――!! 」
刀を抜いた彩が気色ばみ教室へ突入して行った。だがしかし、中の光景を見て動きを止める。
「どうしたのっ!? 今の悲鳴!」
彩を呼び止めていた女性教員が後から駆けつけて訊く。
「せ……先生っ、土御門くん……土御門くんがっ………………!」
「あなた達、いったい何が?!」
彼女が見たのは、気を失った男子生徒を膝の上で抱きかかえ、泣きながら訴える御狼沙織。それを茫然と立ち尽くし眺める彩の姿だった。
「……沙織ちゃん」
夜。御狼は学院寮自室のベット上で涙に暮れていた。彼女を心配し、泊まり掛けで訪れていた鴨川セリは背後から語りかけた。
「泣かないで沙織ちゃん。どんな淋しい時でも、私離れない。ずっと一緒だから」
早朝の教室で響也が御狼沙織と挨拶を交した直後、会話の途中で突然叫んで倒れた。訳が分からないが、御狼自身は自分が原因ではないかと感じて衝撃を受けていた。
「ゴメンなさい……わたしずっと年上だから…………しっかりしなきゃいけないよね……」
「関係ないよ。私だって同じ……堪らなく寂しくなって涙が止まらない事ってあるもの」
「ううう…………」
姉妹の誓いを結んだセリが寄添い優しく慰めても、御狼沙織は泣きじゃくった。
(キョウヤくんはね、きっと大丈夫。沙織ちゃんのせいじゃないから)
救急車が呼ばれ、タンカへ乗せられた響也が廊下を運ばれ通過する。彩が彼の傍に付き添っていた。
――ご主君様っ…………。
「! 響也?! ……彩ちゃん」
ちょうど登校した来たクラスメートの鮫島銀太は、すれ違いざまそれを見た。教室へ行ってみると、御狼沙織が崩れ落ちたみたいな姿勢でへたり込み泣いていて、鴨川セリが助け起こそうとしていた。
「沙織ちゃん大丈夫?」
「ウ、ウウッ…………うん。…………」
茶髪ロンゲの後藤修次やシャープな手ぐしのショートウルフを無造作に後へ撫で付けた菱木悠介らが来ていて、その様子を見ている。鮫島は彼等に話かけた。
「おい、響也のやつどうかしたんか?」
「倒れちまったらしい。またお化けでも出たんじゃねーの」
正門から出て走り去る救急車は、登校してくる生徒達の注目を引いた。車内では短い呻き声を発して響也が目を覚ましていた。心配そうな彩の顔が先ず視界へ飛び込んできた。
「ご主君様」
「…………彩か」
白いヘルメットを被り水色のヤッケを着た救急隊員が説明する。
「今から病院まで運ぶからね。じっとしてね」
「でも、大した事は……」
「いきなり倒れたんだ。一応検査して貰った方がいい」
「はあ……」
起きようとする響也を救急隊員が両手で止める仕草をするので、また仰向けに寝転がる。
「ご主君様。いったい何があったので御座いますか?」
彩が尋ねると、彼は少し動揺した感じで顔を横へ背けて言った。
「な、何でも無えっ、何でも……」
「?」
同時刻。二人が抜けた学院の教室では、担任の烏丸頼子から促されたセーラー服姿の女子生徒が登壇していた。彼女は背後の黒板に白いチョークで自らのフルネームを記す。
「さあ、自己紹介したまえ」
転校生の女子は軽く頷き、正面へ向き直る。
「勘解由小路紗夜香と申します。どうぞよろしく」
〈ヒュ~~~ッ――…………〉
教壇に立つ少女の美貌への感嘆か驚きか、男子の間から低い口笛、ホオ~……! というハートマーク付きのどよめきが溢れ、教室を包み込んだ。
「かぐや姫っ……!?」
女子の誰か、驚いて囁いた声が全てを集約していたと言える。羞花閉月の美しさだった。
下あごの左口元に小さなホクロが見受けられたが、それは彼女の美しさを阻害するものではなく、却って引き立たせ寧ろチャームポイントともなっている。
烏丸が補足事項を告げた。
「勘解由小路くんは新たな編入生だ。仲良くしてやってくれ」
男子連中とは違い、顔立ちの美しさよりも女子生徒が目を奪われたのは、まるで宮中女官か安土桃山時代の大名婦人のような、その見事な髪型である。
額髪の際から伸びた鬢批が、手前一重を頬の両側へやや翳し掛け、残る支流は胸の前まで伸びていた。




