1 ◆◇◆ 由比ヶ浜に消ゆ
大変お待たせしました。
『鎌倉学院物語』編の最終話・エピソード5を始めます。
此ノ路ニ
錦斑ノ虫在ラバ
山立姫ニ告イテ取ラセン
アビランオンケンソワカ
アビランオンケンソワカ …………
フィールドグレイの砂浜を白い波が引き、寄せては引くを繰り返す。霞で縁取られたような周囲の視界はおぼろげで、定かではない。
少年は、自身が藁で出来た大きな舟を両腕で抱かかえている。
理由は解らなかったが、余り楽しい気分でないのは確か。
きっと不幸な悲しい 事が起きたのだろう。
それは後へ控えている少女・霧隠彩の表情を見ても明らかだった。
彼は波打ち際まで進み出て、上体を屈めその舟を海面に乗せる。打ち寄せた波は深瀬へ戻り舟を沖に運んでいった。
二人は彼方へ去って行く舟をいつまでも見送っている。
これが最近の彼、土御門響也が見た奇妙な夢であったが、その時点では意味のあるものとは想像もしていなかった。
佐助一丁目交差点から道なりに進んだ銭洗弁財天駐車場脇の坂道を、数名の少女が人も明らむ声を交わしつつ登って来る。
木陰で覆われた路上を、つがいのハクセキレイが長い尾っぽを上下へ振りつつ、忙しなく動き回っていた。
道沿いの低い土壁の下、雑木の影からやぐらが一つ、お化け灯籠といった風情で佇んでいる。
藪の奥には人の背丈程もあるテッポウユリが、漏斗状の大きな花を五つ茂みの上へ擡げ、招くような動作でゆっくりとそよいでいた。
山で囲われ、目の前に海が広がる自然豊かな鎌倉は歴史の古い神社仏閣が多く、パワースポットとしても人気の高いエリアだ。
四季折々の草花を楽しめる場所も豊富で6月の見頃を過ぎた7月中旬以降・夏休み開始の今日も、アジサイなど様々な夏草が芽吹き始めていた。
「すぐそこからが源氏山公園の入口なの」
鎌倉駅方面から公園の南側へ達する道のりを、和気藹々と進む5人の少女達の姿があった。
途中立ち寄った銭洗弁財天宇賀福神社を出た直後、坂道の先を指差して遮那堂かほるは声を弾ませた。霧隠彩も目を輝かせながら尋ねる。
「まこと其処に行けば、頼朝公との拝謁が成就するのでございましょうか?」
「モチロンよ」
彩は戦国時代からやって来た少女だった。
掻い摘んで説明すれば、彼女のクラスメート土御門響也という男子のご先祖が特殊な能力を使って現代へ送り込んできた忍者である。
とても忠義者であり、賢くて強い少女だった。
三ヶ月ほど前、主君と慕う響也を付け狙っていた大きな化物を、校庭まで誘い出して退治してのけた。
その彼女が、源頼朝の事を天下を統一し幕府を打ち立て、およそ百五十年の平和を招来したリーダーとして尊敬しているのを遮那堂は知った。
(戦乱で運命を翻弄されたこの子は、誰より平和を望んでいる)
この公園高台の〔源頼朝〕像を、彼女は彩に見せてあげたかった。
標高約93メートルの源氏山は、陸奥・出羽(東北地方)を舞台として奥州藤原氏が台頭するきっかけとなった後三年の役(1083~1087年)で、八幡太郎義家が出陣の際山上へ源氏の白旗を立てて戦勝祈願をしたという伝説から「旗立山」「白旗山」などとも呼ばれた。
現在の「源氏山」となったのは、その麓に源氏の屋敷があったからという説が有力である。公園北側の脇道は鎌倉の七切通しの一つ、国の史跡〔化粧坂〕切り通しへ通じていて、長谷・高徳院大仏と北鎌倉を結ぶトレッキングルートのちょうど中間地点だった。
春は桜が、秋は紅葉。中間の今はアジサイと、源氏山は一年を通じて四季おりおり楽しめるハイキングコースとなっていた。
公園で源頼朝公と会える。――――
彩からの問いに自信を持って応じた遮那堂かほる達一行が坂を上りきると、左方向から伸びる下り坂・梶原五丁目9と佐助二丁目17が隣接する地点が現れた。梶原方面の坂を登って行くと、先日葦舘留美探検隊が踏破しようとした銭洗弁財天・大仏行路へ繋がっている。
通常なら此処に抜ける筈だったが亜空間へ迷い込んだため断念。結果、異世界からの難民であるダイヤ・ランドール&スーティーベアを発見して連れ帰り、探検の目的は充分達成された。
両名は人形とぬいぐるみのクマだが、いずれも生命と自我を持つ不可思議な存在である。
前回、今日と両方参加していたのは扇谷要のみだったが、彼女は一度もコースを辿って此処に来た事は無く、指摘もされず全然意識の外だった。
彼女達が公園入り口付近へ差し掛かった時、異変は起こった。
進行方向左側の低い石垣上、草葉で覆われた斜面から大きな物体が飛び出してきて、先頭の遮那堂は「ひゃっ!」小声で叫び咄嗟に左腕を翳し顔を守る。
道路を挟んだ反対側の路肩まで放物線を描き一度地面へ落下したそれは、直ぐ羽ばたいて飛び去ってゆく。
結構大きな鳥だった。
「雉?」
風祭美樹が「アレ! ……」と言いながら、鳥が落下した地面を指差した。
草むらの向こうで、何か黒いものがのたうち回り、音を立てている。
最初美樹と扇谷要の二人は、イタチかテンの様な小動物かと思った。
遮那堂が好奇心を抑えられず、身を屈めてそろそろと近づき始めると、彩と要はその少し後から付いて行き、美樹や沙織らも遅れて従う。
だが彼女らの目に飛び込んできたのは、見慣れぬおぞましげな生き物の姿だった。
「きゃああああああっ、ヘビ――――ッ!!」
「やだぁ――――っ!!」
「クパ……ソモキノッ…………」
御狼沙織は訳の分からない言葉で呻くや否や
『 キナスツカムイ、タタ・レ――――ッ 』
意味の判然としない叫び声を上げ走り出した。美樹は慌てて彼女の名を呼び後を追って行く。
一方遮那堂を驚かせたのは彩で、姿が消えたと思うと、6~7メートルはある樫の太枝上へ一瞬のうち移動していた。
「彩ちゃん!?」
「あ……あのっ、も、――申し訳ございませんっ」
彩は見上げる遮那堂に向かって恥ずかしそうな顔で謝ると、すぐ音もなく下へ降り立った。
どうも忍者である彼女は、急変があると反射的に身体が動いてしまう様だ。
まるで体重が無いかのごとき一連の所作を見て心底羨ましく思う遮那堂の元へ、風祭美樹が息を切らせながら戻って来た。
「沙織は?」
「……ダメ。まるで追いつけない。あの子、怖がりだから一目算よ」
両手を膝に付けながら、美樹は処置無しと言う風で一息ついた。
Ω Ω Ω
吾輩はノヅチである。名前はまだ無い。
生国はこの鎌倉のどこか。ピンポイントで詳しい場所は憶えていないが、周囲は草むらか険しい雑木林の中であろう。見通しが利かない状況であった事は間違いあるまい。
己の勝手な願望としては巳の日巳の月、銭洗弁財天(の清水)で産湯をつかい生まれ付いてのご利益上昇――と行きたかった所であるが、世の中そう都合よく運ぶものでは無いのだ。
成長し物心がついて以来大きな移動をした記憶がない為、やはりこの山の何処かしらで吾輩は産まれたと思われる。時を同じくして出生した兄弟が居たのかは分からない。
吾輩の食欲は幼い頃から頗る旺盛なものであった。しかも機動性が抜群で、狙った獲物は逃がさない。身体が吾輩よりも小さな生物ならば悉く平らげたし、体長があっても頭が吞み込める位の大きさであれば問題は無かった。
コオロギなどの昆虫から始まりヤモリやカナヘビといったトカゲ類、カヤネズミなんかも食べた。
とても美味しかった。
食べれば食べるほど体はみるみる巨大化して、運動神経も益々研ぎ澄まされた様である。
それ自体が励みとなって、吾輩は時を忘れ捕食者ライフを満喫し続けた。
ある日、また腹が減ったなぁ……。思っていた吾輩の目前へ、茂みをうろつく一羽のキジが姿を現わした。
一応獲物の範疇ではあるものの、サイズが大きすぎるので普段なら見過ごして居る筈なのだが、その時は何故か(まあ頭部だけでも千切って吞み込めば問題ないか)とイージーに考えて跳びかかってみた。
だがしくじって頭への狙いが逸れてしまい、やっとこさ翼の一部に食らいついたワケだが、ヤツは強引なフライトを決行し、一蓮托生崖下へ転落してしまった。
間際、けたたましい複数の甲高い啼き声を聞いた気がしたが、獲物は慌ててそのまま飛び去ってしまった。
引っくり返って取り残された我輩は、体を撓らせて元通り俯した。すると、何ものかが草を踏み分けながら近づいて来る。緊張した吾輩は身を強張らせ動きを止めた。
覗きこんだのはヒト数匹だった。
マズい。非常ォ〜〜にまずい!
吾輩たちノヅチが生涯を通じて遭遇するべきではない危険な生き物というのが数多存在するが、まさしくその筆頭とされている。
『 きえーーーーっ 』『 きょえーーーーっ 』
また耳障りな甲高い叫びが聞こえ、ヒトどもは首を引っ込めた。どうやら先程も奴原の鳴き声だったようだ。まったく、姦しい者達である。
Ω Ω Ω
「これ、蛇……だよね?」
「ふわぁ、胴体がぁ~~、途中でブツ切れてるんですかね~~~?!」
「血は出てないし断面も見えないから、こういう生き物なんじゃない?」
その生物は、長さが約6~70㎝。三角形をしたおにぎり状の大きな頭をビール瓶へくっつけたみたいな異様な形状。その胴体の一番後、地面と近い位置からは臍の緒を途中で切った呈色の細く短い出っ張りがある。
大きく荒い鱗が光沢を放っていて全体的に黒っぽいが、目を凝らすと薄くニシキヘビみたいな斑模様が背中全体を覆っていた。
「こんな体型のヘビ見た事ないわ」
「まこと。珍しゅうございまする」
タイムトラベラーの忍者少女・彩も、驚いた様子で見下ろしている。
投下も飛び飛びになりそうですが……
何卒よろしくお願いします。(;`・ω・´)ゞ




