十一 セブンティーン
首都アインハイトでの凱旋パレードを終えた勇者セシル・メサイアが、ただ一つの我が侭である兄達との再会を果たす前提――――彼らの所在確認を取るため、使者を走らせていた。
夜通し待って届けられた情報は、彼女の知己二名は冒険者として異界へ赴き、帰還せず連絡が途絶えた。現地人と交戦状態に陥った可能性もあり、現在魔法探知で調査中――――。
帝都アインハイト宮殿内。
外へ飛び出して行こうとする少女を、扉の前で体を張って阻む者がいた。
「いけません!! 絶対にいけません! フロイライン!!」
女神官は青褪めた顔をして引き止める。
「オーサ・ロセ・アスカネリ。以前から打ち明けていたわよね?! 私は二人を守る、それだけの理由で奴ら悪魔を滅ぼすと決意したって。
全人類や国や、まして母さんや私を放り出して疎外した公爵家のためなんかじゃない! だからフォン・リーベトゥルムとは名乗らないし、世界の命運など知った事じゃない!
私は征くっ! ふたりの元へ!!」
碧く美しい瞳の奥底に巨大な光の炎を点じ、決然と言い放った少女の気迫で仲間達は唯ただ圧倒された。
彼女が神威を発現させると、全身のみならず瞳の色までが黄金の輝きを放つが、荘厳さは不思議な安らぎも感じさせる。
自然と涙が零れ出て、あの光が自分達の懐かしい故郷ではないかと思う程だ。
しかし、いま少女が発するネガティブな波動は、魔王と類似したもの。
歴史上初の女性勇者であり、現在17歳。出征当時14歳という年齢も前代未聞である。
使命感が強く誠実な一方で
『論理が感情へと転化しやすく、不安定で危険な側面も併せ持つ』・・・・
予め教会から警戒を促がす神託内容を知らされてもいる。
望むままの行動を許せば、次は彼女自身が異世界の人々にとって
【恐怖の大魔王】へと変貌する恐れがあった。
それだけは必ず阻止せねばならない――――――――
「 帰ってきました!! 」
一同、茫然として駆け込んで来た情報官の顔を見る。
「冒険者一行がたったいま帰還したとの報告がありました。尚、パーティーメンバーは全員無事! 損害は数名の軽傷者のみ、との事です!」
「 おおお、おおっ……おっ…………!! 」
少女は天を仰ぐと、顔を手で覆って上体を折り曲げ、声を洩らして泣いた。
「うううう、うっ…………フィン!! キイス…………!」
心底ほっとした思いで仲間達が見守る中、顔を上げた彼女は見せた事のない表情で訴えた。
「ふたりに……早く兄さん達と会いたいっ………………お願い……………………」
それは弱々しく幼い、子供の泣き顔だった。
ハイ・エルフは彼女をそっと抱きしめる。
(変ったわね、セシル…………初めて会った頃はあれほど無気力で心を閉ざし、感情を押し込めて出さなかった貴女が)
真実2人だけが守るべき世界のすべてであり、心の支えだったのだろう。
――……神様、感謝申し上げます。この子の家族をお戻しくださって……………………
§ § §
まだ紫陽花が咲き誇る、梅雨明け前の7月冒頭。
前期末考査は中間考査終了からわずか一月足らずのため、試験範囲は狭く点数を得やすい。
彩は相変わらず学年トップであったが、表情は物憂げでいつもの明るく朗らかな雰囲気がない。
彼女がこんな顔をする時は、土御門響也が原因と相場は決まっている。
生徒会長室で向い合う遮那堂かほるは、苦笑混じりの溜息をついて同情を示した。
「悪い御主君さまねぇ。…………これほど尽くしてくれる女の子を悲しませるなんて」
すると彼女は面差しを上げ遮那堂の顔を見ると、小さく首を振って否定した。
「いいえ、ご主君様からお叱りを受けたのでは御座いませぬ」
「あらまあ。それじゃどうしたって言うの?」
『 お前はダイヤの従者だろ! あいつの所へ戻って添い寝しろよ!! 』
「わたくしはご主君様を守護し奉る使命が御座いますのに、安眠の妨げであると退けられ、天井裏へ控える事すら許されてはおりませぬ。しかるにあの縫いぐるみは、夜な夜な寝所へ潜り込んだうえ添い寝までも…………口惜しや。もはや我慢がなりませぬ」
美樹と仁子はそれを聞きながら身を捩り吹き出すのを耐えている。
遮那堂にしても響也の布団へ入り込んで、後からジッと見ているスーティー・チョップの姿を想像してこみ上げる笑いを押さえるのに懸命だったが、御主君の事となれば何時も深刻な彩の前である。相談を受けていながら、迂闊な失笑は許されない。
右の頬と目尻を引き攣らせつつ彼女は思った。
――笑いを堪えるのが、これほど大変だとは思わなかったわ…………。
ともかく土御門神社の一風変った新しい住人の話なので、最も詳しそうな彼女が招請された。
「留美は確か、スーティーが喋ってること解るって言ってたわね」
「うんうん、めっちゃ分かるよ」(――ウソです!)
「よく縫いぐるみの言葉なんて理解できるな、留美」
「ジンコ何いってんの? スーティはれっきとした動物よ。クマちゃんだもん」
「ソッチこそナニ言ってる? 只のヌイグルミだろう。本物の熊ですらないじゃん」
「ぬいぐるみだって、熊を模して作ってるんだもん! 実物のクマさんと同じだもんっ」
「あんなクマがいるかっ!? 北海道のヒグマだって、樺太へ逃げ出すわ!!」
「留美ったら、こういう話題では結構くいさがるんだよね」
「〔テディ・ベアを愛でる会・鎌倉〕の会長ですからねぇ~~~~~……」
いま葦舘留美の自室机上には三冊の洋書絵本が置かれていた。
それはデア・ライト(Dare Wright)の
[Thg Lonely Doll]『一人ぼっちの人形』
[Edith & Mr.Bear]『エディスと熊さん』
[A gift fron The Lonely Doll]『孤独な人形からの贈り物』。
デア・ライトはカナダ生まれのアメリカ育ち。3歳の頃ある事情で家族が離散してしまう。
主人公の人形エディスは幼少期、作者デア・ライト自身の友達であった。
成長してモデル兼カメラマンとなった彼女は、27歳のとき再会を果たした兄と協力。フェルト人形エディス&2匹のベアのぬいぐるみを仲間として加えた上でぬい撮り。1957年、最初の写真絵本[Thg Lonely Doll]『一人ぼっちの人形』を発表したのだった。
これら一連のシリーズ中描かれている物語は、生き人形ダイヤ・ランドールとスーティー・チョップの源氏山(亜空間)暮らしと似通ったものである。
勿論、ソックリそのまま絵本通りという訳ではない。エディスはフェルト製ドールだがダイヤはビスクドールであるし、単なる少女人形ではなく魔女見習いであったが。
いつかこの両者を自分のメルヘン*ファンタジールームへ迎えることが、ドール×テディ・パラノイアを自認する葦舘留美にとって、夢を実現した甘美な世界だったのである。
神社へ出向いた遮那堂は、幼女人形と再会して事情を聞いてみた。
「キョウヤは寂しい思いを隠していたのデシ。だからスーティーは添い寝して慰めてあげようとしていたんだと思うデシ」
「分かった。かえって苦痛を与えたみたいだけど、嫌がらせという訳では無いのね」
「加えてもう一つ、ダイヤは気付いた事があるのデシ。……セリも悲しい記憶を持っているのデシ。たぶん縫いぐるみとの関わりでつらい思い出があるのデシよ」
件の留美は付き纏った挙句ベアの空手チョップを食らっている。
ツーカーの仲とは思えない。
国家が誕生する遙か以前、人間が小さな部族社会として点在していた頃は、洋の東西を問わず精霊が信仰され人々はそれが見えた。
古代日本でもアニミズムが社会を支配していて、動植物は勿論石ころ一つまで人間ほどではないが意識は宿っており、これ等と交信出来る者達も決して珍しくはなかったのである。
今も神道の〔八百万の神〕という表現にそれは名残、人々は使い古した器物をも魂が宿ると考えその汎霊観を《物の怪》と称する形で発露した。
古い百鬼夜行絵図では、使い慣れた道具たちから手足が生え行進する様が描かれている。
同じような絵図の模写でも、時代が下ると描かれる妖物は器物でなく、生物的な描写へと変化していった。
『神が創りたもうた人間以外の生ける芸術』と称えられた薔薇乙女シリーズは、伝説の域を出ない幻の傑作だが、ダイヤ・ランドールは紛う事なく実在の〝生き人形〟であった。
世間では市松人形の髪が伸びたという程度で大騒ぎをしている地域もあるが、この鎌倉界隈においては「ままあり得る」瑣末な出来事でしかない。
7月10日の正午近く。土御門神社境内の方々で芙蓉の花が咲いていた。
「おお、金剛石や。昼の掃除までやってくれたのかえ。…………いい子ぢゃのう」
老総帥が優しく頭を撫でると、ダイヤは無言のまま視線を下へ向けつつ微笑んで頬を桜色に染めている。
最初〔金剛石〕と呼んだ留美を蹴飛ばしたダイヤだったが、空夜翁の場合はどういう訳か腹も立たない様だった。
「さあヨシツネよ。お前さんもこっちへおいで。そろそろ一服せんか」
老宮司が少し離れた拝殿脇で掃き掃除をしていたスーティ・チョップにも声をかけると、彼は手を止めてクルリと鼻面を向けた。
「ではな、居間へ行ってみなでお茶菓子を食べようかの」
老翁に促された小さな女の子は、手をつないで母屋の方へ歩いて行く。肩に箒の柄を担いだスーティ・チョップがトコトコと追いかけて来て、その後ろへ従った。
「家族も増え、また一人孫娘が出来たみたいぢゃわい。賑やかになって楽しい楽しい……」
ありがとうございました。
次回のエピソード5をもって『鎌倉学院物語』編は終了となります。
更新は今しばらくお待ちください。




