二 鎌倉人形美術館
自分の事を指差した響也が、視線を無言で雛守と合わせる。
「ああ、お前と同じだ!」
「……そうなのか?」
今度は彩を質す。
「そのっ……お髭を……口におひげを蓄えあそばしたら、そっくりそのままと存じまする」
視線だけを上向かせ顔を紅く染める彩の言葉を聞いて、烏帽子を被り口ひげを描いた響也の顔を連想した雪城舞と風祭美樹は、目を見合わせると堪らず吹き出し、哄笑を爆発させた。
「 よせー! 笑うな!! 」
夜の藤沢市鵠沼。
今も下町情緒が残る閑静な住宅街の自宅で、葦舘留美はノートPCと睨めっこの最中だった。
アンティーク・テディベア一体の画像と商品説明が表示されていた。
「28,000円かぁ……う~む…………」
出品者は最高額として48,000円を即決価格としている。
この英国チャドバレー製40年モデルの子は、顔立ちが器量良しの上ゴールドロングカールモヘヤのロスも殆どなく、表情は笑顔でありながら媚びないイノセントさ。
左足裏のタグはチャドバレー社の物。とても80年以上前のコンディションとは思えず、もし専門店であれば50、000円以上は付けるだろう。
3日前出品されてからすぐ目を付けていたが、未だ誰も入札していない。
もっとも安く落としたいのが人情だから、2万8000円をはたく人が居たとしても直ぐ行動は起こさず、ギリギリのタイミングで入札してくる腹かもしれない。
値を吊り上げたくないので、迷っている人間が入札させぬよう油断させておく訳だ。
もし競り合いが始まったら、相手より少しずつ上乗せして入札する。
留美は即決価格を出そうと思えば出来たが、やはり成るべく安く抑えたいのでギリギリまで様子を見て、もし競合したら45、000円まで達した時点で即決価格を入れ強制終了させると決めた。
学生の留美が、何故ネットオークションで数万円も注ぎ込めるのかと言えば、自分も持ち前の器用さを生かし、小さなテディベア始め羊毛フェルトを使った動物達やドール用の衣装(OF)などを製作し売りさばく事で、かなり収入があるからだった。
加え、その潤沢な資金を支える柱が〔ブライスドール〕と呼ばれる人形の改造だった。
サイズ1/6リカちゃん人形のボディでありながら、巨大な頭部を搭載している。
一種異様なアンバランス人形で、初めて存在を知った時は、さすがの葦舘留美をして
「なんじゃこりゃ? キメェェェー!!」と一歩引かせたがある時、改造を施したカスタムブライスの画像をネットで見て以来嵌ってしまった。
実際、カスタマーの中でもトップクラスは、一体の入札価格が30万から50万円近くまで達する有名人がいて、留美は『マエストロ』と呼び、尊敬している。
彼女の場合、基本はアイホールを削って丸みを帯びたぱっちり目。
テカテカの表層をマット(つや消し)加工するのは基本で、透明肌への着色を施す。頬の赤みは薄く抑える。濃くしたり、眉を描いたりはしない。好みが分かれ、入札者を選んでしまう恐れがある。
留美がカスタムする子のイメージは、澄ました表情の〝おしゃまさん〟で一貫している。
立っているだけで訴えかけてくる様な上目遣いの表情…………。
落札者の中には『このブライスちゃんは〝魂〟が宿っているみたい』という感想を評価欄へ寄せてくれた人もいて、留美は誇りにしていた。
努力の甲斐があり彼女のカスタムブライスも、毎回出品する都度3万から5万円台の入札はザラで、7~9万円へ達する事もある。こうして彼女は(一般JKとしては)豊かな財産を築き上げたのである。
「まあ今夜はこれくらいで…………」
即決で落とす野暮天は居そうもない。早期終了は〝なし〟と設定されているから、勝負は7日目である。留美は次のタブを表示した。
裏サイト【鎌倉の深淵】――おどろおどろしい字体のタイトルが掲げられた掲示板のTOPがモニター上に映し出される。メニューの中から『噂』→『江ノ電沿線』→『長谷駅周辺』へ進む。《緑の子》項目に情報レスが追加されていた。
(キタ――――――――!!)
これが謎の幼女、いわゆる『六根少女』を示す暗号だった。
ハンドル〔長谷まなこ〕を名乗る目撃者が、森の中へ逃げてゆく途中だという六根少女及び動物のヌイグルミと思しき二つの後姿を撮影し、インスタグラム上で公開していた。
投稿者は『着ぐるみか?』としていたが、作り込みを疑われ【ネタ】【自演乙】などのコメが。
元々過疎っていたサイトだが、数少ないユーザーも懐疑的である。
「ほほう。……なる程…………」
胴体部分の背中しか写っていないが、留美は一目でピンと来て、クマのぬいぐるみじゃないかと直感した。
それだけではない。緑の子は身長が約60センチという噂もあって、これはビスクドールの一般的な大きさ(抱き人形のサイズ)とほぼ一致する。
嘗て、鎌倉には人形美術館と銘打つ建物が存在していた。
留美が情報を得たのは西洋アンティーク関連のアイテムを探して大和骨董市へ出かけた折、デッドストックの図録を発見したのが切っ掛けである。
施設はたった2年間で閉館し、カタログ中のあるページに今回の情報と関係するのではと思わせる作品二体が収録されていたのだ。
(フッフッフッ。ひとつ葦舘留美探検隊を結成して、現地調査いってみますかニャ~)
翌日昼休み。今日もテディベアの知識が豊富な葦舘留美を頼って、クラスの女子生徒仲間がメーカー不明のビンテージベアの鑑定を依頼していた。
「このあいだ原宿へ出かけた従妹が、大江戸骨董市でゲットしたんだけど」
「どーれどれ? 見せてみ給え」
彼女は十数枚の画像をスマホで示す。古いものは大抵タグ類が欠落していが、結果1930年代のドイツ・シュタイフ製オールドモデルではとの判定を下した。
「留美、あなた随分詳しいわね」
「えっへん。ダテに〔テディベアを愛でる会・鎌倉〕の会長をしてませんので」
彼女は横へ視線を向ける。ついさっき裏庭で食事を済ませた雪城舞は、遮那堂かほるや他の女子と会話している。
鎌倉人形美術館の元所在地は雪ノ下である。
そこでは【一体の生き人形と動くぬいぐるみが学芸員達に匿われ住んでいた】という奇怪な噂が流れていた。この情報も予てより鎌倉裏サイトへ書き込まれ留美は知っている。
六根少女と繋がるのではと直感した所以だった。
(舞の実家って、人形美術館が在った場所の近くだし何か知ってるかも。……そのうえ彼女、お金持ちなんだよねぇ。かませて置いて損はないでしょ)
雪城氏は元々、京の都で朝廷に仕えた下級貴族である。
鎌倉時代の前期、頼朝の要請で下向しこの地へ根を張った。幕府成立に尽力し様々な献策を行い、有力御家人として代々幕府を支えた家柄であった。
彼等が屋敷を構えた地が雪ノ下であり、鎌倉では旧い名家だ。
現在では市立病院や福祉施設、親のいない子供達への育英基金・苦学生対象の奨学金援助など、社会事業に多額の私財を注いで社会へ還元する慈善家としても知られる。
三十七代目当主・時久の新妻瞳子はある晩、見知らぬ女の子が遠くから駆け寄ってくる夢を見た翌朝つわりが起こり、懐妊しているとわかった。
彼女が誕生した直後、父方の祖父と大伯母の間でこんな会話が交わされている。
「どうしたのですか? 難しい顔をして」
「ああ。生まれた孫娘のこと鶴岡八幡宮の宮司に命名と運勢判断を頼んだろう」
「そうでしたね。問題でも?」
「冒頭〔舞〕の一字として薦める理由は良いんだけれども、後の運勢を述べた部分だが……
『〝此の人の天格が権謀術策を用いやすき性格なれども、謙譲と人への同調を心がくれば知謀才略あり精神確実にして百事意のまま大発展すべき生涯の運格〟――』とあるんだよ」
「それが何か?」
「だって女の子だよ。権謀術策だとか陰謀を企むみたいな書き方されて、本当だろうか?」
「そりゃあ女の子ですもの。計略の一つや二つくらい巡らせますよ」
「ええっ!? そういうものなんですか?」
「そうですとも」
(いやはや女って、おっかないものだな)
舞のグランパ雪城時雨は、姉・那由他の言葉を聞いて思った。
十六年後。健康で美しく成長した孫娘は地元の高校へ入学し、今何をしているのかといえば。
『 イヤ――――ッ、コワイわよ舞っ、やめて! 』
――――級友達を相手として恋バナならぬ、怪談話に花を咲かせていた。
「……例えば名越切通し周辺は昔からキツネが多くて、狐火もよく目撃され現代でも近所の人達が化かされるともっぱらの噂ですわ」
上下線六つから成り立ち、お化けが出るとして有名な逗子市・小坪トンネル上の名越切通し。
現在の火葬場(誠行社斎場)は真上ではなく、付近であるという表現が正確で、その先が曼荼羅堂やぐら群である。
名越切通しの説明版と地図の周辺の地表は細かな白い破片が多く見受けられ、近辺の発掘調査で大量の火葬人骨が存在したと判明。
曼荼羅堂跡付近は平地が多く中世の火葬場として使われ、崩れ込んできた可能性があった。
「私が直接中学校時代の友達から聞いた体験談。低学年頃、その子は友達を誘って三人で例の《お化けトンネル》へ肝試しに出掛けたのですけれど……」
だが真っ昼間の事なので、小坪隧道も逗子・名越の隧道もまったく異変がなく、全然恐くもない。
そこで急きょ予定変更、名越切通しを探検し、ガイコツを見つけよう!(ここら辺が子供)となって山林へ分け入りました。
だいぶ山道を進んだ頃、突然後からクラスの別の友人が『オーイ』と声をかけつつ、喜び勇んでスキップしながらかけ寄って来る。
「……?! ………………」
三人は戸惑い、怪訝な空気に包まれた。




