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Ⅶ 衝突

 多分それなりの男が現れたら、私だってきっと――――……


 ところで、私ってどんな男が好みなんだろう?

 背丈は、やっぱり私より(父さんみたく)背が高くなきゃダメ! ……なんて事は無いか。でも、どちらかと言えば高い方。スポーツマンでも文科系でも両方でも良いけどさっぱりした性格で、男友達同士みたいな会話を気安く交わせるヤツ。


 だがクラスの男子共は全員ダメだ。ガキ以外の何者でもない。

 向こうだって、私みたいのは好みじゃないだろうし、真っ平ゴメンだろう。


 その時、微かな声が聞こえて来た。


 {……落ち着いて。ねえ、どうなさったの?}


 ――雪城舞?


 声を潜ませているが、舞だと確信した。もう一人誰か居る? ……遮那か!? 啜り上げる微かな音もする。私は足音を立てぬよう、声の方向へ歩み寄った。


 参考図書と哲学書の棚が交わった角隅辺りで人の気配がする。私は美術全集が収まった書架の蔭から耳ダンボ状態で声を拾う。今さら現れて声を掛けるのは、躊躇われる雰囲気だった。


 泣いているのはやはり遮那だ。――――


 ……只ならぬ気配の中、切れ切れの会話内容を繋いで行くうち、私は驚愕した。


 総合すると彼女は、自宅ベランダ越しに豪田悟の部屋へ忍び込み、服を脱ぎ下着まで投げ捨てた挙げ句、ベット上で毛布だけを纏い帰宅を待ち伏せて、迫ったという。


 名目は、誕生日の贈り物。

 入ってきた豪田は当然驚き、続いて怒り出して口論になったらしい。


「さっちゃんが守ってくれた体よ 見て! 疵一つないっ……!」


 幸いあいつは背中を向けたまま『出て行け!』と拒絶して取り合わず、間違いは起きなかった。


 …………私が知ったつもりでいた彼女の、想像し得ない行動で衝撃を受けた。


 (信じられない! ――――なんて馬鹿な真似するんだっ)


 脱ぎ捨てたものを再び着て、涙ぐみながら窓をくぐり屋根伝いで部屋へ戻ると、ベットに突っ伏してずっと泣いていたらしい。

 捨て身のアプローチは拒否され、彼女のプライドも決定的な傷を受けてしまった。


「……どうしてそんな事をなさったの? かほる」


 普段仲間の前では呼んだことのない本名を呼び、痛手を負った彼女の心を舞が抱きとめる。二人が固い絆で結ばれた親友同士だというのを、改めて思い知らされた。でも今重要なのはそんなんじゃない。


「かほる。……男の子というのは幾ら好きな相手でも、いきなり裸で出てこられたら戸惑うだけではありませんの。ね、……」


 唯一の救いは、彼女自身も「後悔している」と言っていた点。でもそれは飽くまで、豪田の機嫌を損ねてしまった自分への咎めだ。

 これは二人だけの……いや、バカ男のアイツも入れれば三人の秘密だけど、図らずも秘密の共有者№4になっていた。


 当然だが、絶対他言は無用。舞も秘密を守るだろう。でも私は心底ほっとした。入学以来、始めてあん畜生へ、心からの喝采を送った。


 ――良くやった! いや、ヤラなかった! 褒めてやるっ……いいぞ、この意気地ナシ!


 だが豪田《ヤツ》が遮那の身体を守った、とはどういう意味だ?


 言葉通りなら、あいつは相当深刻な危機から彼女を助けた事があるのか。

 いっそ舞を尋問したいが、立ち聞きした身には難しい。もし訊けたとしても、事情が分からないと返答される場合も有り得る。遮那のプライベートな情報だし、知っていますけど話せません。では角が立つ。


 以前から含む所のあった私は、豪田への明確な敵意を抱いた。



          *          *          *


「お母さん!」


 教室で心ともなく女性教諭をそう呼んだ級友は、みんなから嘲笑いの洗礼を受け真っ赤な顔で俯いた――――この時、別の男の子が言った。


「実はオレもさぁ、そう呼んじゃった事があるんだよね」


「へえっ!?」


「だからさ、咄嗟にゴマかそうと思ってよ。言ってやったんだ」


「え、えっ……何を? なんていって?!」


 『 先生、愛してるっ!! 』


 爆笑が教室中を包み込む。

 最初失言した級友への嘲笑は、直後ギャグで上書きされウヤムヤ……。これを同じ教室内で見ていた当時9才の私は心から感心して、いっそう彼のことが誇らしくなった。


 助け船を出したのは、私の幼馴染みで命の恩人、豪田悟。――さっちゃんだった。


 彼は、学校でもヒーローだった。クラスで無視《シカト》の申し合わせがあり孤立させられている子がいると、頃合いを見計らってさり気なく話しかけるのは 何時も必ずさっちゃん。それを見ていた別の子も声をかけ始め、結局仲間はずれは雲散霧消した。


 イザとなったらケンカも強く、話題の中心で人気者の彼を「無視してやろう」と呼びかける者は皆無だった。

 そんな彼は〝ゴータ〟というアダ名でも呼ばれていて『さっちゃん』と呼んでいたのは私だけ。それも他の友達は誰一人として知らない。


 ――私は、ずっとさっちゃんみたいになりたかった。


 高学年のころ突然一念発起した私は、代表委員へ立候補した。

 中学に進むと、今度は生徒会長を務めた。


 〔信頼と結束・正義〕の理念の基、いじめ撲滅運動も起こした。楽しい学校生活の実現を掲げた校内浄化も、みんなの協力で成功を見た。

 それもこれも、大元はさっちゃんが示してくれた事。


 二人で喜びを分かち合えるかな――――。


 でも 進級・進学するごと、周りの笑顔と反比例してさっちゃんの笑顔を見る機会は減って行った気がする。

 もうちょっと可愛げのある女の子でいられたら良かったんだろうか。


 あるいは、もっと儚げな子でいられれば……………………。 


          *          *          *



2月某日。5時限目が終了した後の休み時間。

 机上で腰掛けたアイツが、男子仲間との馬鹿話しを盛り上げている。周囲への配慮は無さ気で、身体は斜めだ。机と机の間の通路を半ば塞いでいる。私は傍若無人な振舞いが癪に障った。


 (まあ、いい機会ってワケだね) そう感じた。


 私は馬鹿の体で狭まった通路を構いなく進み、肘でもってドンッと奴の腕と脇腹を打った。


「……ンだよ!」


 話しを中断させられ肩を縮めて振り返った豪田は、眉を寄せて不快そうな顔で言う。


「ジャマだっての、バーカ」


「ちぇっ。生意気なオトコおんなが……」


 聞いた瞬間、私はソッポ向いて駄弁りを再開しかけたアイツの頭を、平手でぶん殴った。

 〈バチッ〉――めっぽう良い音が轟く。


 (しまった!)

僅かな慙愧が私の脳裏を走る。つい思いっきり頭を張り倒してしまった。殺意とは行かないまでも、こっちの内心抱いてきた憎しみが、明白な形であいつへ伝わるレベルだろう。


 ――あちゃ~、ヤバい! こりゃ反撃来るよ。


 思うが早いか、奴はきつい視線を向けて振り返ると、物も言わず私の左側頭部を平手で打った。


 同じ様な怒りが込められた一発だが、先手を打ったのが自分とは言え、やはりカッと頭に血が昇って、私も再び右手で打ち返す。

 相手は左腕でそれをガードして、残り片方の腕で私の頭を殴るつもりが、近くへ寄り過ぎていたこっちの頭を巻き込む形になる。


 ヘッドロックされまいと、頭を低くしてすり抜け互いの胸倉を掴んだ挙げ句、取っ組み合いが始まった。


「甞めるなよ! 女だからって、何でもほいほい許す訳じゃねぇぞ!!」


「ホザけ、できるもんならやってみな! 相手してやるっ」


 大層な騒ぎへ発展した。女子の仲間達が私を止めて、豪田も男子連中から「女相手にマジギレしてんじゃねえよ」と窘められて、渋々ながら引き下がりかけた。でも、アイツの最後の捨て台詞は中々気の利いたものだった。


「いい加減女装やめて、カミングアウトしやがれっこのヤロー!」


 ヤッパリもう一発、二発ぶん殴ろうと前へ進むと、こっちの方は最終的に日浦咲が、両腕を伸ばし間へ立って距離を取り「二人とも、これぐらいで止めときな」そう言って押し止めた。


 彼女はフェアな立場だった。普段なら男子を睨み付けるが、私が先に手を出す所からずっと見ている。

 今回は、私の方がやり過ぎていると感じたのだろう。


 誰か呼んだのか遮那が教室へ入ってきた。到着した頃は大分収まっていたが、私は彼女の顔をまともに見られない。

 そのまま咲の手で教室外へ連れ出される間際、遮那が豪田に声をかけて、側へ近づいて行く様が視野に入った。



          *          *          *


 自分で言うのも何だがオレって軽《チャラ》っぽいと思うし。


 道化でみんなを笑かすのは自信あっても、クラスをリーダーシップで引っ張るなんて考えられん。わざわざ面倒ごとを引き受ける奴の気がまったく知れなかった。

 しかもソレをほいほいこなして行くって、ほんとアレは昔のあいつと同一人物なんだろうか?


 泣き虫で、引っ込み思案で、オレの後を付いて周ってばかりいたじゃねぇか。


 小さい時分のあいつ――――――――


 ……夏の暑い盛りだった。


 大きな金だらいへ水を張っただけの即席プールで、あいつと素っ裸で行水したことがある。もちろん、まだ男も女も関係ない歳の頃だ。互いの両親が笑顔で見守っていた記憶がある……そう、はっきり憶えている。


 俺は、おじさんもおばさんも大好きだ。まるで本当の息子同様、可愛がって貰った。

 理由はおそらく、おじさんと親父が子供の頃から親友同士で、現在まで家族ぐるみの付き合いがある親しい隣人だから。


 学生時代、冗談半分「将来お互い嫁さん貰って、娘と息子ができたら結婚させるか」なんて話していたら、本当に男女が生まれてしまって驚いた。なんて、さも楽しそう(嬉しそう?)な思い出として語られると、いかんせんこっちは冗談とは思えず、つい意識してしまう。

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