Ⅵ 葛藤
雪城舞は内心どう思っているのか気になったが、いざ臨席すれば自然な笑顔とお嬢様言葉でやたら話しかけて来て、全然くったくが無い。
今や女子間の交流は、完全なミキシング状態へ突入だ。
但し、御狼沙織だけは気まずさ、負い目もあって私の方からは話し掛けていない。無論、あっちからもそうだ。後悔先に立たず。
――つまらんコトせず大人しく座ってりゃ、遮那の方から話しかけて来ただろう絶対。…………いや、それでも敵対的な態度を取ったかも。あの時は心が荒れていたんだ。まあでも先は長い。そのうち短い言葉でも二、三かける機会は訪れるだろう。
五月上旬、前年後期から生徒会を率いてきた現会長が、マジで退き役職を遮那へ引き継いだ。
彼女が正式な地位の禅譲を受けたGW明け。
一年α組に編入生が来ると、理事長名の通達があった。
担任からはその天才性と、六つという年齢しか聞かされず「可愛い子だぞ」という触れ込みだった。
『女児か?! 女児が来るのか!?』『まさかのラノベ展開』『外見が幼稚園児みたいな教師とか?』
阿呆な男子共がざわめき、女子はただ好奇心を抱いて待っていた。
初めて6歳の天才児・鴨川セリが紹介され教壇へ立った時、教室中が息を吞んだ。予め通告済みだったから、小さな女の子が紹介されて驚いたんじゃない。
老婆の様な白い髪、光の無い虚ろな目。幼児とは思えない、生気や血色の失われた顔――――――――。
( 何があったんだ、あの子!? )
クラス代表として期待だけを膨らませて迎えたという遮那も、表情を曇らせていた。私でさえ驚いたくらいだから、痛ましい気持ちで胸が詰ったのだろう。
「きっとあなたは、黙っていられないと思っていましたわ」
彼女の心の動きを一早く察してやって来たのが、親友の雪城舞だった。
「で、まずはどうされるおつもり?」
「あの子が今すぐ必要としているのは、周りから注目されること。A・S・ニイルの名文で、愛の反対は憎しみではなく無関心だとあるでしょう。私たちがあの子を『ちょーカワイイ』と感じて『妹ゲットだぜ!』と考えている事を、行動で示せばいいの」
「あ、妹としてGETしたいんだ。やっぱり」
「そぉ~~~よ♪」
私こと叶仁子が冗談半分皮肉混じりで訊ねると、笑顔の遮那は胸を張り当然みたいに言ったが、こっちは内心どーだろかなぁ、と思いつつ見守った。
やがて遮那&舞二人のコンビネーションは、ごく短期間でセリを年相応の活発な女の子へと変化させてゆく。
信じられぬ魔法を見せられた思いがする。
現在では白い髪も、青みがかった光沢の射す艶やかな銀白色となった。
『あの子は天使の卵だわ』
最初、セリを一目見て指摘した遮那の言葉を思い出す。
私はなおさら彼女を尊敬し……いや、正直惹かれ始めていた。
それまで約二ヶ月の付き合いで分かった事柄。
彼女はしっかり者で聡明で、社交的な上親切。いつも堂々としていて成績も良い。
生徒会長とクラス委員までやっていて、何時勉強しているのか分からないけど、優等生だ。
だからと言って、無粋で野暮な秀才って訳じゃない。気さくでおどけ好きで、私達はいつも笑わされていた。
別に受け狙いでやるのじゃなく、自然と周りを笑顔へ変える人柄だった。
本人は真剣だが、図らずも笑いをとってしまう人が実在した。
そして遮那には、ずっと昔から好きな男子がいる――――――。
初めてそれを聞かされたのは、彼女の小学校以来の親友・雪城舞の口からだった。その男子は、彼女よりも遮那と長い付き合いだという。いわゆる幼なじみだそうだ。
最初私は信じられなかった。
何故ならソイツ、豪田悟は全く遮那と不釣り合いな男だったから。悪人ではなかろうが、軽率で幼稚で下らない悪ガキみたいな男子。そんな印象しかない。
間もなく夏休みを迎える7月15日。一度だけ男子達も入れて、皆で昼食をとった事がある。
其処で私は、彼女の方が豪田へ想いを寄せていると認めざるを得ない、決定的な場面を見せつけられた。
その時ベンチに座った豪田悟は、隣の男子と夢中で会話を続けていた。やがて、さり気なく隣へ座った遮那が、曲げわっぱの中に並べた海苔巻きを差し出した。
豪田は彼女の方へ碌々目もくれず、容器のそれをつまみ食いしながら話し続けていた。相手の男子が奴を挟んで「オレも、良い?」という素振りをする。
彼女は豪田の手前、ダメとは言えず差し出そうとした。途端「おお、いいよ。遠慮すんな」と言った風で、わっぱを遮那の手からもぎ取り差し出した。
(あっ!)そう思った私が、横の舞の顔を見ると、彼女は憤りというより諦観した様な表情を浮かべている。
でもそれだけじゃなかった。彼女は別段怒ったりする様子もなく、馬鹿話を続ける豪田の邪魔をしなかったが、ある瞬間そっと奴の顔に手を伸ばした。
途端、この一挙手も「ジャマ」と言わんばかり腕を払い退け――――遮那はそれを自分の口へ運んだ。
〝 ズ キ ン 〟
私は軽い衝撃を受けた。いや、……何かが胸の中で疼いた。
(なんだ?! 今のは?)
彼女は間違いなくアイツの口元についたご飯粒を取って、自分の口へ運んで食べたのだろう。でも、引っ掛かったのはそのことじゃない。私は知らず知らず、右手を胸の前まで持ってきていた。
側で立っている舞は、やはり諦めを含む悲しげな微笑みを浮かべていた。
遮那は元々、アイツのため中学時代から昼の弁当を作って差し出したがつれなく拒否され、仕方なく友達同士分けて食べる事を繰り返すうち教室で始まったのが〔ティーパーティー〕の原型であるらしい。それならそれで、こっちとしては結構な話しだが。…………どうも引っ掛かる面白くない経緯だ。
(ヤロ~、何様のつもりだ? あんな良い子に慕われながら)
ムカムカとして気分が悪かった。こんな気持ちは初めてだ。
「そうなんだよね。……シャナは豪田クンのこと『サトル』って呼んだりするけど、サトルくん本人は決して名前では呼ばない。いつも『生徒会長』とか『生徒会!』とか〝遮那堂〟って呼ぶの……なんだか幼馴染みだっていうことすら知られたくない風だし。とげとげしくて、シャナがかわいそう」
目前でこんなマセたセリフを言っているのが、嘗ての『天使の卵』鴨川セリだ。
私は、六歳児(当時)が大人(JK)の恋愛で意見を垂れる姿が神々しく目が眩んだが、健気だけどまだ早いだろと思って、頭をクシャクシャと撫でて突っ込んでおく。
「コノ、こしゃまくれた鉛髪のチビ助ぇ」
「 ぷう~~!! 」
頬を膨らませたセリが、両腕をグルグル回転させながらこっちへ向かって前進して、ポカポカポカ! 全開で殴り付けて来た。
追い詰められた子供が泣き喚きながら逆襲する、対イジメッ子戦法《やけくそ突撃》だ。
「イテッイタタ! このォ、あっち行けチビぃ~~~っ」
背が高くリーチもある私は、おデコを押えて引き離すと、ローリング・ノックも虚しく空を切る。
これで卵は孵っているのか?! 雛だとしても、お尻に殻がついた状態じゃないの?
ともあれ。
私の知っている遮那堂かほるは、本来何時も前向きで明るい子だ。でも、こと恋愛問題が絡むと彼女が彼女で無くなる。その相手と言われる豪田悟も、同じ男子の間ではバカが付くほどのネアカで通っているのだが、何故か幼馴染みの遮那堂かほるが対象だと、よそよそしい態度でぎこちなさを感じさせる。
本来社交的な彼女が、好きな男子との関係で暗い表情で悩む。という事は、その恋愛が決して幸福なものではないからだろうと私は思う。
「それはね、互いが強く意識し合っているからですわ」
舞はそう取り繕うが、例え遮那と小学校以来の長い付き合いで親友だとしても、そこまで言い切れるものだろうか。
何時しか遮那の近くで、切なさを感じる自分を発見した。
繰り返すけどタッパがある私は、話していても自ずと彼女の首筋のあたりを覗き込む様な位置関係だ。
それは9月〔ジェズイット祭〕最終日の後夜祭。
後片付けを終え、皆が楽しむ打ち上げ花火とキャンパスファイヤーを見守っていた時の事だった。
隣り合った遮那と何気ない言葉を交わしていて、炎の光が彼女の白い肌を照らすさまを見た。温かな血潮を彷彿とさせるオレンジ色の華奢な襟足を、そのまま抱きしめたい衝動に駆られた。
(ヤバイ……! これは)
封印した筈の、かつての苦い思い出が甦る。幼い頃、近所の愛しい女の子を抱き締めてキスをした。
結果、大声で泣かれ絶交されたあの時のトラウマを。――――遮那が単なる女友達であった内は、何でもないと自らを偽る事も出来た「これは友情なんだ」と。……でも彼女と幼馴染みの、忌々しい豪田への想いを知ってしまった今は、もう認識せざるを得なくなっている。
――ワ タ シ ハ〝 遮 那 〟ニ 恋 ヲ シ テ ル ン ダ …………
昔だってあの子を親友だと思ってた。ずっとそう信じていたんだ。でも駄目だった。嘗ての二の舞だけは……彼女から次拒絶されたら、私は二度と立ち上がれない。絶対――――――
年が明け、共通テストを乗り切って迎えた2月上旬。
ぶらついていた図書館で何気なく捲った本の数行に、私の目は引き寄せられた。
[思春期の同性愛的な傾向は、誰しもが通る正常な異性愛への発達過程である]
[男子と比べ精神的に早熟な女子は、同年男子の幼さへの倦厭から同性に惹かれ易く――]
(…………!)
そうとも。これは一過性の症状だ。私は決してレズビアンなんかじゃない。男子への興味がからっきし無くて、女の子以外好きになれない、なんてことは。元々父さんは大好きだったし。
(ファザコン?! これはこれで問題か?)




