陸 風評
春の開花時期ともなれば多くの家族連れで賑う絶好の花見ポイントで、彼女達はシートを敷いて陣取り、あらかじめ大会運営を通じて申し込んだ仕出し弁当と飲み物を囲んでいた。
二年生2人は、同学年の彩と余り言葉を交わさなかった。
部外者の先鋒が勝利を重ね、自分達を楽々上位予選まで運んでくれるという気後れ。
また遠巻きで立っている他校の出場選手達が、こちらを見ている気がしていた。
もしそうなら、どんな会話を交わしているのか――……内容は余り好意的でないだろうと思え、居心地は良くない。
一年生は後輩の立場で話しかけ易いのか、彩の使う不思議としか思えない進退を誉めそやし、どうすればあんな技を揮えるのか、虚心のまま尋ね知りたがった。
初出場で緊張していた彼女達は出番が無い事への引け目を感じておらず、落ち着いた物腰・古風な言葉使いも相まって、ひたすらミステリアスな先輩が頼もしい様だ。
すっかり打ち解けた彩と後輩3人は、会席料理が元である刺身や天ぷらなど豪華な松花堂弁当の内容を見て、コンビニの幕ノ内とは全然違うと楽しげなトークに花を咲かせていた。
そこへ、春原芽衣子が帰ってきた。
「あ、しゅしょう、どこ行ってたんですか」
「お先に頂いてま~す」
頭を下げる後輩達の元へ戻った春原は、曖昧な会釈をして憂鬱な面差しを浮べている。
彼女の情動を、彩が見逃がす筈はなかった。
「主将どの。お顔の色がすぐれませぬが」
「あのね、霧隠さん。……昼以降の試合は、もう棄権しようと思うんだけど」
後輩も含めた部員達全員が、声も無く驚いて顔を見合わせる。
「はて?! ここまできて、如何なる仕儀でございましょう?」
「不正を疑われる可能性があるの。これ以上は迷惑をかけるかも知れないし」
「春原殿は、わたくしめの剣技が、欺罔であるとお思いか」
彩の穏やかな問いかけを、彼女は否定した。
「……ううん。そんなことないよ」
「それでは、お断り致します」
「………………」
「剣士ならば、およそ剣に関わりし事で、斟酌できましょうや」
「…………」
「最早『 途中で投げ出すこと、罷りならぬ 』との主命を受けております故」
「……」
「わたくしは『令』をまっとう致しまする」
『予選も上位へと選抜が進み、午前中に比べて随分人が多くなってきた様ですなぁ、うん』
『敗退校の人達は、皆結果を見届けたいんでしょうねえ』
『この自由剣道放送(仮称)も、翌日の男子大会をメインと考えてリハーサルを兼ねてのつもりでしたが、女子がこれだけ面白くなるとは。――失礼ながら、嬉しい誤算であります』
午前中の3試合で15人抜きを達成した時点で、彩への注目度は俄然高まった。
前回の優勝校、高崎明央の副将・威坂志乃武と早くも並んだダークホース。会場内では、強者出現の情報が素早く伝達され、拡散してゆく。
《やばい子みたいだよ。小柄だけど、めちゃめちゃ強い。バンブレのタマちゃんみたいだ》
《動きは早いとか遅いよとか、人によって言うことバラバラで、よく分かんない》
《気合の声を発してない。実は強いんだというなら、ズルイ》
「ミイラ高校とかいう学校の生徒らしいよ」
「どうして【ミイラ】なんて呼ばれてるの?」
「学校の創設者である元校長のミイラを、校内へ安置しているからだって」
「げ~、うっわあ……なんで、そんな悪趣味なコトを……」
午後の試合でも、相変わらず彩は不動で、相手の積極的な働きを引き出そうとする。
対戦相手は、自分で見て彼女の返し技のパターンは理解している筈だが、初心者さながら避ける事は出来ずという恰好である。
打ち込みを返されては一本目と同じ負け方を繰り返した。
時おり戦意を喪失し、士衛館の中堅小笠原聡子と同様、逃げ腰を咎められ敗北する選手もいた。
『他のパートからは、気合いの声とかぁ、竹刀で打ち合う音が聞こえてるんですけど』
『打ち合うシーンが全く無いですからね。矢太郎さんも、先ほどご指摘なさってましたが』
『ほいほい。まあ譬えてみるなら、墓場の静寂ですか。ハッハハハ……』
誰しもが自覚無きまま、彩の位に戸惑い気圧されていた。
甲高い掛け声を上げるのみで中々踏み出さず、体の均衡を取るよう床面を小さく跳んだりするのは、迷いや動揺・怯えた心理の表れである。
やがて、彩の打ち込みを見ていた審判達と観客席の愛好家多数が、一つの技を追想し始めた。
『 彼女のあれ、合撃打ちじゃないのか?! 』――――――
午後5時を少し過ぎたが、まだ日は高く外は明るい。
アリーナの観客が減る事は無く、唯一つ集約された眼下の試合場へ、多くの人々が熱い眼差しを向けている。
決勝の七戦目を迎え、両陣営の選手達5人がコート線上に並んで、紹介のアナウンスを受けた。
途中先鋒・次鋒が面を付け、審判員紹介の後双方一礼、三歩中央へ歩み寄り正面に礼をする。
マスコミ関係のTVカメラを始め、動画・静止画を収める多くのレンズが見守る中、再度両者向き合って一礼し、分かれていく。
いよいよ最後の試合が開始された。
流石、強豪校で知られる高崎明央の選手達は、猛々しいこと比類がない。様子見という言葉は無い即斬の気風を漲らせていた。
貫徹の先制攻撃は、嘗ての時代で【殺人刀】と呼ばれた重ね技。
気合の連続攻勢で相手を圧倒し、反撃の遑を与えぬうち制圧する。
だが、その刀法を使う者達を悉く屠る業として、彩の活人剣は完成されたもの。
彼女たち先鋒・次鋒・中堅の3名は誘われるまま釣り出され、少女が敢えて晒したがら空きの面を狙ったあげく、返し技で小手を取られ容易く敗退していった。
相手校の副将・威坂志乃武は、α組クラスメートの日浦咲・叶仁子をも超えた上背を誇る大女(彩からすれば)であったが、試合なので当然気迫も違う。
殺気とまではいかずとも、隠しようも無い闘志を全身から発散させていた。
――なるほど。拾伍名を累次倒して、剣鬼と称された所以か。
他方、警戒して慎重な姿勢も見せているのは、相手を油断させ隙を作り出すための姑息な振りであった。
少女は【一見礼儀正しく振舞うが、奸佞邪知で不敗の驕りを内包する人物】と見る。
はたして試合開始が告げられて早々、断乎として案山子扱いはさせじとばかり、彩が中段星眼へ構えた竹刀の先を、自分の剣先を使い腫れ物類同ちりちりと撫で回し始めた。
その瞬間判った。
笑止の至り、対手は自らの竹刀を物打ち(中結)辺りまで滑り込ませながら巻き上げ、あわよくば彩の竹刀を宙に弾き飛ばしてやろう、と考えている。
彼女がその企みを外すと併せ、下段への変化を遂げ誘いをかけると、相手は乗った。
気合いの絶叫諸共、面を狙うと見せ掛け、竹刀に弧を描かせて胴を薙いできた。
彩は躱すことなく不動のまま竹刀を跳ね上げ、打ち下ろす痛打を相手の膝頭へ見舞う。
足を残して体勢を崩した瞬間を逃さず、返す刀で流れるような突き上げをノドに入れた。
竹刀の剣先を一点とするなら、アルファベットの〝N〟或いは〝Z〟線を結ぶ動きで、その速さは文字通り稲妻である。
対手は足裏を見せて後方へ吹っ飛び、仰向けに大の字で倒れた。
『 つっきゃあああああああぁ――――――――――っ! 』
『オオおっとォ、霧隠選手が突きだぁ! 突きがドストライクで入ってしまったぁ!!』
『ウヒャアッはあ、なんてこった! あの剣姫・威坂志乃武が、まるでボロ雑巾みたいじゃあないかっ――――強いなァ、あの娘!』
『ああ、でも旗、旗、無効ですよっホラ! はた振ってますもの』
《我等NLW》の中継がクライマックスを迎えた時、背広のズボンとワイシャツ・ネクタイ姿の2名が此方へ接近して来るのが見え、メンバーの地団駄ふみは嫌な予感が擡げて緘黙した。
「もしもし。ちょっとぉ~よろしいですか?」
『ええっ、――――はあっ!?』
「申し訳ありませんが、大声で迷惑している方がいるので。切り上げて貰えませんか?」
『な?! 横から突然……誰だねっ、キミらは」
「運営の警備担当の者ですが」
『保安要員? わたしらなんも悪さはしとらんよ』
『……あのう、これから大詰めなんです。見逃してもらいたいんですけどぉ』
「観るのも撮るのも中継だって構わないですよ。マナー守って、大人しくして頂ければ」
『だ黙っていたら、実況解説ができないじゃないすか!』
観客の一人が振り返って、運営に訴え出した。
「彼らふざけた事ばかり言って、ずっとハシャいでて煩くて仕方ない」
『ちょー~っ、ナニを言っとるのかね、あんたは?!』
「 早く連れて行っちゃってよ。邪魔だから 」
「あ、それじゃ~騒ぎを止めるのが難しい様なら、少し会場の外で話しましょうか」
『 キ、キミね、わたしゃ剣道三段だよ! 』
「ほうそりゃ凄いな、私なんか五段どまりでね。さあ出ましょ出ましょ!」
何時しか警備員は4人まで増えていた。結局彼らはこの様子も含めてギリギリまで中継を続け〔ニコプン動画〕などのモニター画面がコメントの弾幕で埋め尽くされた。
副審2人が僅かな時間差で前下の旗を左右へ振り、中断も兼ねて主審が右手の両旗を真上に掲げ合議が始まった。
結果突きは無効とされたうえ、彩は反則1回を取られた。
スポーツ化の進む現代剣道では、足への打突が禁止されていたからである。
春原主将は試合のあと質した。
「あの時、何でヒザを打ったりしたの? 一打目を弾いたあと、直ぐさま突きを入れた方が速かったんじゃない?」
「されば、敵の踏み込みが浅きものと知れたからで御座います」
「どういう意味?!」




