21 摩利支天
*前回までと予告を少し。
主君である土御門響也を尾行して、図らずも高校デビューを果たした戦国の少女忍者・霧隠彩。そこで個性的な生徒達と新たな出会いを果たす。お嬢様策士、トリックスターのコスプレ職人、天才幼女、少々気難しいボーイッシュ麗人。どんな学校にもいる男子生徒達……クラス代表を兼ねる生徒会長・遮那堂かほるは半信半疑のまま、奇異な服装で大刀を背負う、謎の少女を相手として取込み外交を始める。本当に彼女は過去の世界からやって来たのか? 訪れた土御門神社で遮那堂は悪魔と遭遇し、クラスも怪物の襲撃を受け、あげく学院生徒すべてが〝聖典の著者〟その一端を垣間見ることに――――?!
では引き続きお付き合いよろしくお願いします。
ルイス・フロイス学院の制服は上下とも白いので、中心辺りで生徒会長と話しながら歩く見慣れぬ黒っぽい扮装の、しかも裹まれた長い物を背中へ襷掛けした少女は、見立てに依れば連行される不審者みたいで随分目立つ。
弁当やサンドイッチなどを広げ、憩いの時間を過ごしていた複数の塊が、彼女達の姿を見て
(誰だろう?)という目で見ている。
なるほど彩の服装は、変わった取り合わせだった。
上着は紺色綿製の合せ道着。その縁を濃紺で両サイド2本のグレイラインが入った100%ポリエステル製、所謂〝芋ジャージ〟の中へ入れ穿いており、セパレート部分は紫色の胴巻きで引き締め、覆っている。
ただでさえ大きめ目なサイズでだぶつき気味の上に、細長く切った焦茶色の布を、膝下から裾口へかけゲートル巻き。下は黒い足袋で草鞋を履いている、という具合だ。
彼女の話によると、ゲートルを巻いたのは脚絆を緊急で揃えられず、下の着物は大きめな方が
「動き易いから」という。
ジャージの方は、響也の中学時代のお古なのかな? と遮那堂は思ったが、全体として地味な色調の物という点で共通している。
これらを叶仁子の監視をモノともせず、葦舘留美は抜け目なく洩らさず聞き留め、記憶している様だ。
(ゼッタイ、新しいコスチュームの構想を練っているんだ)と、それを見たセリは確信している。
この女児も、度々コスプレ衣装を押し付けられ、無理やり着せられている犠牲者の一人であった。
海へ向かって左手隅、植え込み付近の範囲が大きく空いていた。数人がその辺りをセッティングし、振り返って手招きした。
「ここ私たちお気に入りの場所でね、いい眺めでしょう。お天気の良い日は、必ずこの場所なの。大抵の生徒はカフェテリアの方へ行ってしまうから」
「 かふぇ、てりあ。にございますか 」
「彩ちゃん。それはですねぇ~~、セルフで飲食を……」
「ちがう違う、大食堂のことよ。彩ちゃん」
ロールパン頭(ツインドリル)とニーソックスがトレードマークという扇谷要のおっとりした言葉を遮り、前髪を右分けしたエンジェルストレート&ロングヘアの風祭美樹が、分かり易く要約する。
10人程が確保した場所へ集い、彩には中心辺りへの着座を奨めた。全員が腰を下ろそうとしたら、彼女だけ正座するので「彩ちゃん彩ちゃん、少し足を崩して。こうするといいわ」と言って皆が手本を示し、同じく横すわりして貰った。
二段の重箱を包む風呂敷を遮那堂が広げると、四隅のスペースができた。
他の女子生徒たちは、自分用と別に持ち合わせた料理の入れ物を、銘々置き始める。
その間、少女の右側頭部へ配われた髪飾りを示して、遮那堂は質問した。
「ねえ彩ちゃん、その髪飾り。ひょっとして桔梗の花を模ったものでしょう?」
「如何さま、左様で御座ります。かほる殿におかれては、よくお気付きで」
「…………こう見えても、ちょっとは詳しいの」
「何せ、お隣が花屋さんですものねぇ。遮那は」
「私はてっきり星かと。紫色で変だとは思ってたけど」
名前で呼ばれるのは遮那堂も予想外だったが、すぐ嬉しい気持ちを感じた。
意味深長な言い回しで隣の店を持ち出した親友の雪城舞や、風祭美樹だけでなく、彼女が名前で呼ぶ友人たちも〝遮那〟の方が通りが良いせいか、普段『かほる』と呼んでくれる者は居ない。
その少女へ、次の疑問をぶつけてみた。
「もう一つ。彩ちゃんに聞きたいことがあるんだけど、イイかな?」
「なんなりと」
「響也はあなたが学院へくる事に反対していたけど、あなたがついて来ても気付かなかった。歩いているとき尾行するのは忍者だから簡単としても、途中で彼は乗り物を利用して下の駅までやって来た筈。その間、見つからないよう何処へ隠れていたのかな?」
「はい《動く御座敷》は吃驚致しましたが。忍びには『摩利支天隠形術』という法咒がございますれば。印を結びて真言を誦え参らし、何時いかなる時も、己の姿を秘して覚られず、変幻自在に進退せしむること平易に御座ります」
「動くお座敷って?!」
「江ノ電? の事でしょうねぇ~~……」
日浦咲は後ろ髪二箇所と、両サイドの髪を三つ編みして顳顬部分へアレンジした、叶仁子に負けず劣らず背の高い女子生徒である。彼女は漠然と推測した答えの確認がてら、扇谷要と顔を見合わせ囁きあった。
だが遮那堂かほるはまた一つ、信じ難い発言が飛び出したので、そちらを確認した。
「今の『隠行』って言うソレ。姿を眼に見えなくして、側へ寄っても分らなく出来るっていう意味?」
「将しく、仰る通り」
「うひゃ――――っ、そりゃスゴいわっ。男子諸君にゃゼッタイ渡せない技術だね!」
「だっ――てろっつの、アンタは!!」
葦舘留美が調子はずれた横槍を入れたので、叶仁子は首根っこを掴み引き戻した。
当然、留美と違い仁子は信じておらず(ンな馬鹿な。出来っこない)そう考え、遮那堂もすかさず核心へ踏み込んだ。
「彩ちゃん。姿を見えなくすること、今この場でも出来る?」
「生憎では御座いますが…………術の奥義は他見を憚るもの。ご要望には添えませぬ」
最初は申し訳なさそうな口調。しかし途中から毅然と予想通りの答えを返してきた少女を見て、仁子は留美を捕り押えながら、ヤッパリねぇ。と腹の底で冷笑した。
会食の準備はすっかり整い、弁当箱やタッパーの持ち主がそれぞれの蓋を開くと、卵焼き・各種天麩羅、唐揚げやコロッケ。(タコさん)ウィンナー、エリンギ&チーズのベーコン巻き、うずらの卵入りミートボール・牛と小松菜炒め、チキンのトマト煮込み・ネギ味噌ハンバーグ、マカロニとカニ蒲のサラダ、きんぴら牛蒡やホウレン草の胡麻和え・サンドイッチ。――――などなど、色とりどり様々な惣菜が並んだ。
「まあまあっ……! これはなんと、華やかなもので御座いますなあっ」
彩は感嘆の声をあげ、周りを取り囲む人々の顔をキラキラと光る目で眺め回した。
それほど期待いっぱい表情を輝かされると、みんな得意な気分で、次々と自慢の一品を少女へ勧めだした。
「 美味しゅうございまする。これは何という食み物に御座りましょう? 」
彼女は食べ物がカルチャーショックらしく、どのメニューでも味への驚きを示し『旨い、美味しい。これは何?』を連発するので、みんな面白がってあらゆるおかずを差し出した。
卵焼きの味に驚いて「甘露、甘露。これは、どんな鳥の卵でございましょう!?」とはしゃいだり。
おそらく厚焼き玉子を見たことが無く、砂糖が混ぜてあるという事実も知らないらしいが、中でも彼女が関心を示したのはキャラクター弁当、巷で言うところの『キャラ弁』であった。
「これは、いづれも食する事が出来るので御座いますか?」
「もちろんっ、食べてみて!」
キャラクターの顔を崩すので気が引けるのか、ためらい気味の彩を「いいの、いいから!」の合唱で背中を押し口へ運ばせると、これも『美味しい』と喜んだので、持ち込んだ女子本人も「作った甲斐があった」と大層満足気な表情で、胸を撫で下ろした。
締め括りは林檎や柑橘類、パイナップル、サクランボなどのデザートで舌鼓を打ったが、取り分けリンゴでウサギを飾り切るシンプルな趣向を『やあー、此れもひとかたならず愛らしゅうて』などこよなく感歎するため、周りの女子達も爽やかな興奮を感じずにはいられない。
ここで、ある懸念を抱いた遮那堂かほるが尋ねた。
「さっきから随分食べてるけど、彩ちゃんお腹は大丈夫なの?」
すると少女は笑顔で振り向き、恬として言った。
「はい! 纏めて十人前を食する事も出来ますれば。また、七日食わずとも飢えを覚えることは御座いませぬ故。どうぞお心遣い無く」
全員が返答を聞いて唖然となり、続いて「スゴーイ!」「信じらんないっ」とその健啖ぶり、相反した強い自己抑制への驚きを隠さず、羨ましがる事しきりだった。
* * *
わたしはこの学校で始めて『恋心』を知った。
いつも教室一番乗りで花瓶のお花を生けていると、次に大抵はその人が教室へやって来る。
土御門響也くん ……優しいひと……。
「ハヨッ おいの!」
独特の挨拶で話し掛けてきてくれて。
それだけじゃなく「今朝も花、キレイに生けたな」とか「無理し過ぎるなよ」とか やさしく言葉をかけてくれるの………………。
何時しか私は、土御門くんと二人だけでお話しするホンの少しの時間を 何より待ちわびていた。
そして学校へ来る前、故郷で祖母から言われたことを思い出した。
「きっとおまえは其処で、生涯の友だちや家族と出会うことじゃろう」
(――――家族……!?)
祖母は「フチはの〝トゥスクル〟(巫師)じゃから分かるんにょ」と笑った。
「まさか。ひょっとして……その『家族』って……そ、あ あのうっ………………」
ひとり想像して(妄想を膨らませて)顔を火照らせていた。
土御門くんは優しいだけじゃなく背が高くて、王子様みたいな整った顔立ちの素敵なひと。みんなはどういうわけか〝ぐうたら〟とか〝昼行灯〟とか、ひどい場合は《呆也》だなんていう人もいる…………。
でも、土御門くんゴメンなさい。申し訳ないけれど……あなたがステキな人だって 気付いているのは、私だけでもいい。…………その方が……。
そんな時――――二年生へ進級したある日。 突然あの子が現れた…………!
* * *
御狼沙織はクラスメート達の輪から離れた場所で、響也と関係があるという少女の姿を、言い知れぬ不安に駆られながら見守っていた。




