34 目算外
「ところで霧隠彩くん。聞くところ、君は過去から来た人でまだ存命中のルイス・フロイス師やロレンソ了斎氏の姿を見たし、声も聞いた事があるそうじゃないか。私にとって、あのお二人は信仰の大先輩なんだよ」
両手を背中へ回したドミニコは、少し前屈みな姿勢を取りながら告げた。
「とても興味があるんだよ。ぜひとも、貴重な証言を頂きたいと思ってね」
彩は無言であった。
「ん!?」ドミニコは笑顔で返事を促した。
「……あ、いけね……」ようやく思い至った土御門響也は、声を発した。
「あのな彩。自分にとって話すと都合が悪いとか知られて嫌な事以外、なんでも返答していいから」
「御意」
(なんだ!? こんな日常会話すらいちいち許可を得ないと話せないというのか?)
苛立つよりも思わず吹出してしまいかねぬ気分で、神父は言葉を待つ。
「それはあなたが本心から知りたき内容では御座るまい」
「な何?」
「ここへ来て得た情報がある。イエズス会は政治や戦争に介入してはならないとの掟がありながら、それを自ら破っていたそうな。秀吉の大陸出兵への協力を約束していたコエリョなるバテレンが、二度に渡りキリシタン大名への援助も要請していた事実。あのルイス・フロイスなる男もそれに賛同していた事も、よく存じておりまする」
「キ、キミは一体、何を言い出すんだ?」
「パードレどのが似非日本人とは思いませぬが、当時の方々がバテレン奴隷斡旋業者の一党であった事はわたくし自身が目の当たり致した事実で御座いまする。ただ遠い昔の話でもあり、パードレどのがあそこで寝ている人攫いの一味と混同してはおりませぬ故。何卒、我が主への偏見だけは抱かれぬ様に、希望致しまする」
校舎向こう、木造教会のある方角を指し示しながら、彩は慇懃な態度で頭を下げ要望した。〝寝ている〟というのは無論、中へ安置されているルイス・フロイス及びロレンソ了斎の事である。
(おいおい……今のって、かなり毒を含んだ言い回しじゃね? 神父さん怒ってるじゃん)
響也でも分る。神父はニセ日本人で、拉致犯。人身売買の仲間だと言外に皮肉ったんだと。
神父・ドミニコは口元を歪め、眼鏡の蔓をつまんだ右手を小刻みで震わせながら内心の憤慨を露わしている。フロイスはイエズス会からこの国へ派遣された先輩宣教師で、ドミニコ自身の言葉通りお手本であり、誇りと言い換えてもかった。
「まったくとんでもない生徒だ。言うに事欠いて奴隷斡旋だ? 一体いつの時代の話をしてるんだ! 当時の宣教師が奴隷貿易の片棒を担いだなど、ひどい言いがかりだ」
感情的な発現や態度を避ける為とはいえ、無言で背を向けてしまった彼は、あたかも敗北を認め【人攫い】を肯定してしまった様な焦燥感を覚えた。
あんな嘘つきを放っておけば教会への誹謗中傷を続けて、偉大な先輩達の名誉まで失墜しかねない――神父・ドミニコはそう危機感を強めた。霧隠彩が過去からやって来たと称している事を、少なからぬクラスメートが信じている。このままでは2年α組の生徒達全員がイエズス会に属する自分への偏見を抱き、反発心から教導も一切受け付けなくなるだろう。
――今でさえα組の生徒は教導を煙たがっている。耳を貸さないのでは説得は無理だろうし、私にできる事ではないな………………。
初めて接触して以来、霧隠彩が周囲の生徒達へ悪影響を及ぼす〝元凶〟と確信を強めた神父ドミニコは保険医・渡来摩季のもとを訪れた。
「やあどうも。先生が赴任して来られたのと、私が派遣されて来た時期が殆んど一緒だったとか。奇遇ですな」
「まあ、そうでしたか」
「先生はカウンセリングの知識や経験が豊富な方だと聞いています。ある生徒の事なのですが、ひとつ相談をと考えまして」
「どうぞお掛けください。詳しくお伺いします」
本来、学院生徒のプライバシーに関わる相談は、本人か相談を受けた教職員の依頼でもなければ聴くことはない。だが聖職者は懺悔を受ける宗教者という特殊な立場で、また学校敷地内設置の教会教導師は、教師に准ずる位置付けから相談内容の聴取程度のことはできる。
「多少頭のイカレた・・・おおっと、失礼。……心の障害を抱えている子でしてねぇ。自分を『四百年以上前の戦国時代からやって来た』人間だと信じ込んでいる様です。ウソも百篇唱えれば真実になると言いますが、最近ではクラスメート達だけでなく、教師の中でさえ本当の事だと思い込む馬鹿・・・じゃない、コホン。…………気の毒な方が居られる様子で。正気を取り戻して差し上げたい。……と、こういう訳なんですよ」
「その生徒は2年α組の霧隠彩ちゃんの事でしょうか?」
「ええ、その通り。ミス渡来もご存知でしたか」
あの映像は事件直後から動画サイトへも投稿されているが、当然真実とは思われず最近では特にアクセス数やコメントも少ない。




