目前
◆ ◆ ◆
コンコンコン。
「…………あ?」
コンコンコン。
「……朝か」
脱力感と共に起床。
窓から差し込む日の光がやけに眩しい。カーテンを閉めるのを忘れていたのか。
目を開けてみれば天蓋が見えるからして、ここはベッドの上か。道理で人をダメにしそうな柔らかさだと思った。
コンコンコン。
……どうやって帰って来たのか思い出せねぇ。
昨日、二人から決意を聞かせてもらった。その内容は似ているようで違う、表裏の答え。
分かっていたことだが、中々に辛い結果だった。二人の辛さに比べれば俺の辛さなんて俺の比にならないのだろうが。
コンコンコン。
さっきからうるせぇな。
誰かが扉をノックしているのか。これだけ反応が無ければ諦めて帰ればいいのに。
それでもなおノックをしているということは何か用があると言うのだろうか。【神】ならぶち破ってくるだろうし、先々代【魔王】なら扉を使わず素通りしてくるだろうし……あの二人か?
なんだよ、こちとらトラウマがさっそく心を蝕み始めているってのに。休む暇を与えてくれないのか。
…………あぁ、ダメだ。
思い出すだけで涙腺が緩む。俺ってこんなに女々しい男だったのか。
あそこで、あそこでイリシアの申し出を断っていたらどうなっていたのだろうか。
今頃、お互いに笑顔で、隣にいてくれたのだろうか?
「っ!」
何を考えているんだ俺は。
そんなことをする勇気もないくせに、そんな無責任なことを考えるんじゃない。
俺が一番分かっているはずじゃないか。イリシアと添い遂げることがどんなに茨の道か。
それを歩む勇気と実力が無いくせに、いっちょまえに後悔をしているんじゃねぇ。
コンコンコン。
後悔するくらいなら、する前にそれを回避できる道を考え付かなかった自分を恨め。
これは自分で選んだ道だ。そんなに後悔するんならいっそのこと死んじまえ。誰かに言われた通り。
どうだ、そんな覚悟も無いくせに。
それを考えると言うことがどんなに愚かか分かったか。
コンコンコン。
「…………だっああぁあああああああああああああああああああ! うるせぇ!」
いい加減に俺の心は限界だ。
昨日のことで気が立っているのかも知れない。
だが、仏の顔も三度までというが俺は六回も我慢したんだ。どうだ、仏の懐さえ超えたぞ俺は!
名残惜しいベッドの別れを告げて飛び起きる俺。
この傷心しきった俺の心はやさぐれ満々だ。例えルナさんであろうとシルさんであろうと俺は不機嫌MAXで応対できる自信がある。
まったくもってその二人には関係のないことだが、生憎俺はクズ野郎だ、文句は受け付けねぇ。
今なら無想転生習得待った無しだ。今の俺の心を癒せる者などいない。
そして、少々乱暴に扉を開け放つ。
引き戸なので、相手には当たらないが、突然開いたことに少し驚いたみたいだ。
我が天使ことエルトが。
「あ、起きた? イリシアさんから聞いたんだけど、こうやってちょっと無理矢理にでも起こさないと起きそうにないって言われたから……ごめんね、ちょっとしつこかった?」
「いいや、爽やかな朝だ。朝からエルトの顔を見れて最高だ」
「え、えぇ? そ、そうなんだ。おはよ、アラン」
「おう、おはよう」
やべぇ、なんだこの浄化されそうな笑顔は。
お産の神々はなんでエルトを男として生ませたんだ。恨むぞ。
エルトに朝の起床をしてもらえるのなら怒らない。俺、怒らない。
「あのね、今日は僕も朝ごはん作ったんだ。料理長から聞いたんだけど、アランは和食が好きなんだってね。お味噌汁を作ってみたんだけど、良かったら食べてほしいなぁ……なんて」
「食べる。ぜってぇ食べる」
「そう? 嬉しいな」
あぁ、もうその味噌汁をフェニックスの尾とかライフボトルの代わりに売り出せばいいんじゃないかな。
とあるコンソメスープ並に力を発揮できるに違いない。
しっかし、エルトの手作りか。
しかも俺に作ってくれたなんてこれが喜ばずにいられるか。
「……なんだか昨日と雰囲気が違う……? 僕に対して物腰が柔らかくない?」
「オメェ、分かってないな。俺は友達は大切にする方なんだぜ?(シンは除く) ましてやこんな美少女……じゃない、こんな荒んだ心を潤してくれるんだ。嬉しくないわけがない」
「ん? なんだかよく分からないけど、良かった」
にっこりと笑うエルト。
目の保養とはまさにこのこと。これからグロテスクな戦場に行くのだから、これくらいの事は赦してくれよう。
よく分かっていないエルトはクエスチョンマークを頭に浮かべたが、直ぐに笑顔になる様は女神と言っても過言ではない。
そこらの女の子より女子力が高く、なおかつ傾国の容貌を持つのだから世の男性が放って置かない。
だが男だ。
悲しいことだが、男だ。
「なんじゃ、朝から鼻の下を伸ばしおって。傍らにこんな美女がいると言うのにの」
「イリシア様、おはようございます」
「うむ、おはようなのじゃ」
エルトと楽しく会話をしていると、扉の脇からひょっこり頭が現れた。
その頭は緋色の髪を持っている。言わずもがなイリシアだ。
イリシアは俺の顔を見てジトっとした目で見てくるが、別に俺には何の疚しいことは無い。
そんな姿を見て、俺はイリシアは昨日のことは触れないという意思を感じ取った。
触れないのなら、触れてほしくないということ。無かったことにしろとは言わないが、話題には出すなとのことだろう。
ハッキリ言って、イリシアの表情はあまり芳しくない。やはり昨日のことを引き摺っているのだろう。目も心なしかまだ腫れているような気がする。
それでも、彼女は気丈に振る舞おうとしている。それを妨げることを誰が出来ようか。
「おはよう、イリシア。ところで、美女はどこだ?」
「目の前におるじゃろうが」
「エルト、オメェは美女なんだとよ」
「えぇ? なんだか複雑な気分……」
いつものようなからかい合い。
どことなくぎこちないような気もするが、誰もそのことを口にしない。誰も口にしようとは思わない。
昨日は何があったか、誰も訊きはしないだろう。訊こうとしたら、重い悲しみに包まれることだろう。
それを分かっているからこそ、このような振る舞いなのだ。
しかし、それすらも笑い話に変えてしまおうとする者が目の前にいるのを、俺は知らない。
「ふん、もう良いわ。アランは妾のことが大嫌いなのだからの」
「んなっ!?」
口端が弧を描き、こちらを挑発するイリシア。
蠱惑的で耽美な笑み。まるで、私をふった報いだ、とでも言うような笑顔。
悪戯な言葉は、イリシアの中では既に過去のものだと決別しているかのよう。
それは、とてもこちらにとっては願ってもないこと。
前述した“無かったことにはしないが、話題にはしない”とは矛盾しているが、そうやって飄々と話される方が心は幾分か楽である。
「えっ!? ダメだよ、アラン。仲良くしなきゃ」
「嫌だなぁ、イリシアさん。それは言葉の綾……というかイリシアの方から言わせたんじゃないか」
「申したのはアランであろう?」
「ぐぬぬぬぬ……」
食い付いてくるのはもちろん隣にいたエルト。
凄く凄味のある眼力で俺に詰め寄る彼。思わずイリシアに救いを求めるが、イリシアは面白がって手を貸してはくれない。救いは無いんですか。
しかし、そこに気まずさや落ち目は無かった。
至って、普通に見える異常な会話。その異常さを知っているのは二人だけだが、もちろんそれは口には出さない。
それが暗黙の了解のように。
「ほれ、妾は腹が空いたのじゃ。早う食堂へ行こうぞ」
「そ、そうだな。ほらエルトも、早く味噌汁が飲みたいぜ」
「うーん……何か引っかかるような……」
ようやく出してもらえた助け舟のおかげでこの状況を打破することが出来た。
だが、この話題はもう出ないであろう。なんとなくだが、そんな気がする。
ともかく、それは暗黙の了解なのだ。それ以上気にしても仕方がない。
大人しく食堂へと向かおう。
しかし、今の俺は寝間着姿(上下スウェット)。
この姿で行くわけにもいかないので、二人は先に行ってもらい、俺だけ遅れていくことに。
おそらく、もうこの部屋に戻ってくることも無いので準備を万全にしていく。
金具を腰に差し、この旅の間でもはや相棒格になった麻袋を肩に引っ提げて部屋を出る。
麻袋の中は衣糧や医療用品、それに路銀だ。旅を始めた頃に比べれば随分と軽くなった麻袋。
それが二ヶ月前の話だと言うのだから、意外にも日にちは経っていない。着ている愛用の服や防具もどことなくくたびれている。
それが、俺たちが歩いてきた証拠。
「あ」
「お」
廊下に出ると、少し先から歩いてくる人物が見えた。
その人物は俺を見ると一瞬だけ止まったが、直ぐに歩き始める。
その人物とは俺が危惧していたもう一人の仲間。ラルだった。
「おはよう、アラン」
「あぁ、おはよう」
当然のごとく、ラルの眼は若干腫れており、目下には薄い隈が出来ている。それも薄化粧で隠しているためによく見ないと分からないもの。
隠すってことはなるべく触れてほしくないものだと思い、俺はその隈については何も触れないことにする。
「いよいよ、だね」
「えっ?」
「今日でしょ、魔王城に突入するのって」
「あぁ、そうだったな。どことなく現実味が無くて呆けていたよ」
「大丈夫? アランも要なんだからしっかりしてもらわないと」
……ラルも昨日の事なんか無かったかのように接してくる。
これで恐れていた事態は免れたことになる。ここで昨日のことを引き摺る……ましてや口に出してあーだこーだ言っていては、今日で全員全滅だ。
それが無いのだとしても、心の中で引き摺っていないことを願う。そんな人がいるのだとしたら、正気を疑うのだがな。
ぎこちなさが残る中、俺たち二人は肩を並べて食堂へと向かう。
そう言えば、ラルは知っているのだろうか。昨日、俺とイリシアが一悶着あったことを。
知っていたとしても、知らなかったとしても、口に出さないのだから関係は無いが。
食堂へと到着し、奥へと移動する。
すると、昨日あの二巨頭と話した場所に【神】と先々代【魔王】、それとイリシアが座っているのが見えた。
俺たちも盆に自分が食べる分を乗せて向かう。当然、エルトのお手製の味噌汁も持ってだ。
「遅かったなお前ら。こちとら三十分前からスタンバっているってのに随分と偉い身分だな」
「アンタより偉い身分がどこにいるってんだ」
「そらアレだよ。俺が台頭する前に支配者みたいなことをしていた【YHWH】とかだよ」
「過去にブッ飛ばしておいてよく言うな」
【神】の嫌味を嫌味で返して席に着く。
席順は昨日と同じなので説明は省く。先々代【魔王】が苦笑いをしながらこっちを見ているが、その意味が全く分からないので会釈して朝食に手を付ける。
味噌汁の具は豆腐か。
分かってんじゃねぇか、エルト。
「ヤロにそんなことを言えるのは君くらいなものだよ」
「そりゃどーも」
先々代【魔王】から忠告染みた御言葉をもらうが、適当に受け流す。
【神】は敬う気はないし。俺よりも強大な力を持ってはいるが、何故か恐怖とかそう言う感情は湧きあがらない。
いや、これでは怒られてしまうな。主に世界から。
「うし、オイお前ら、食べながらで良いから聞け」
朝食を摂り始めて五分くらい経ってからのこと。
意外にもテーブルマナーがしっかりした【神】が口を開いた。
恐らく俺を含めた三人は何のことか想像がついたはずだ。これから訪れる最終決戦を。
「神代の中庭あるだろ? そこの噴水前に【魔王】ちゃんが用意したポータルが置いてある。用意が出来たら声掛けろ、それを起動させるから。まぁ、【魔王】のところに行くのは楽勝だと思うぞ。なんせ、俺が誇るパーティーを貸してやるんだからな」
「……俺はいつでも」
「妾もじゃ」
「私も」
予想通り、その話の内容は魔王城への突入の話。
ポータルは昨日も訪れた中庭に設置してあるとのこと。そこから魔王城へ行くらしい。
ということは、以前から神代と魔王城は繋がっていたということなのか。お互いの総大将のところに直通可能なポータルがあるとか……この世界はゲームじゃないんだぞ。
「君に魔王城の地図を渡しておく。といっても、複雑な造りじゃないから迷うことも無いだろう。エントランスホールを真っ直ぐ抜けたら謁見の間、そこを通り抜けたら【魔王】の部屋だ。頼んだよ」
「恩に着ます。とりあえず真っ直ぐ進めばいいんですね」
「そうだが……少し気を付けてほしい。どうやら、私が保有するポータル全てがどこか調子がおかしい。確かめてみたところ正常には動くようだが……もし、異変を感じ取ったら直ぐ様にこちらに戻ってきてくれ」
「わかりました」
先々代【魔王】から魔王城の地図を受け取る。
手書きだがとても見やすく書かれており、先々代【魔王】の言う通り複雑な造りではない。
エントランスホールを抜けたら直ぐに謁見の間があり、その奥の細い通路を通って【魔王】の寝室がある。漫画やゲームと違って至って侵入者に優しい造りだ。
それでも、この細い通路で挟み撃ちに遭いそうだ。罠を仕掛けていないとも限らない。
そして気になる先々代【魔王】の言葉。
先々代【魔王】が管理するポータルの様子が何かおかしい様だ。
その何かまでは分からないものの、正常には動くようだ。まさか壊れているということは無いだろうな。
そうなったら辺鄙な場所に投げ出されてしまう。正常に動くと言うのだから信じよう。
それに、ポータルは先々代【魔王】しか起動できないわけだし、大丈夫であろう。
こういうのがフラグって言うんだよな。
「では、朝食を摂り終った後、中庭の噴水前に集合してくれ。私は調整のため先に行っているよ」
そう言って先々代【魔王】は立ち上がり、食器を片付けに行く。
一挙一動に紳士が溢れる人だけど、エルトにメイド服を勧めた変態紳士なんだよな。なんか仲良くできそう。
二人の方を見ると、二人とも肝が据わっているのか至って普通に朝食を味わっていた。
俺は今更ながら緊張してきたってのに。仕方ない、味噌汁をもう一杯飲んで落ち着くとするか。
◆ 魔王 ◆
おかしい。
心が安定しない。
昨日、私が頼んでおいて……断ち切っておいて、肝心の私が何にも変わっていないなんて。
彼に望まない言葉を言ってもらったのに、なお愛おしく思う私の恋心。
今朝は彼に気を遣わせてしまった。何でも無いように装っていたのが筒抜けだったのか、彼は優しい表情で私に接してくれた。
嬉しかったのと同時に、情けなかった。彼は立ち直っているのに。一番辛い彼が。
チラリと彼を見る。
彼はこの決戦前だと言うのによく食べる。
今だってお味噌汁をおかわりに行ったところだ。私なんて感情と感情の板挟みでお腹に入っていかないのに。
流石は彼、今食べておかないといけないということを分かっているのだろう。それなのに私は……。
思い直した私はパンに齧りつく。
けれど、緊張して唾液の無くなった口内に水分を必要とする乾物は上手く咀嚼できない。
無理に呑み込もうとしてむせてしまう。咄嗟に水を飲もうとしてコップを掴むが、先ほど飲み干してしまったので空だ。
「ほら、大丈夫か?」
声がした。
私の心に一番響く声。その声だけで私は幸せな気分になれる。
その声の持ち主は彼、アランだ。
彼はその手に牛乳の入ったコップを持っており、私に差し出している。
私は受け取り、ゆっくりと飲む。
すると、むせ返る喉は落ち着き、無事にパンを飲み込むことが出来た。
恥ずかしい限りだけれど、彼のおかげで助かった。
この歳になってご飯も満足に食べれないなんて恥ずかしい。けれど、彼はそのことを笑ったりはしない。
こういう時だ、彼がとても輝いて見えるのは。でも、彼は輝く姿はあまり見せない。
彼はいつもは剽軽のように振る舞い、情けない姿を見せることが多い。例えば、魔物に囲まれた時。それでも実力は高いのだから侮れない。
だけど、時々、本当に時々、彼は輝く。
仲間のために走る時、覚悟を決めた時、大事なことを叫ぶ時。
彼は己を曲げずにひた走る。どんな権威者に諭されても、どんな巨富に誘われても、彼は己を曲げない。
そんな彼が、時々羨ましい。
そして、愛おしい。
だから、なおさら【魔王】のところへは行きたくない。
私たちが【魔王】を倒してしまったら、その時から彼とは敵になるのだから。
◆ 勇者 ◆
おかしい。
これはおかしい。
二人の様子がおかしい。
アランは分かる。
アランは昨日のことがあったばかりで、私に気を使っているということが痛いほど分かる。
昨日、私はアランに告白し、そしてふられた。
アランは悩んだ末に私の告白を断り、優しい彼は私のことを傷つけないように気遣ってくれた。
今朝のことだ。アランは私のことを気遣って昨日のことには触れなかった。私の顔を見て若干悲しそうな顔をしたから、私も触れなかった。
ううん、触れたらお互いに火傷することは分かり切っていたから暗黙の了解みたいなものだと思う。
無意識のうちに、そう言う約束をしたんだ。
……でも、イリシアの様子もどことなくおかしい。
イリシアがアランを見る目がどことなく熱を帯びていて、その一挙一動に優美さが無くなっている。
その代わりイリシアには艶美な雰囲気が漂っている。一言で言えば、男に恋する乙女。
そんな雰囲気がイリシアから出ている。
もしかして昨日、イリシアも何かあった?
見ている限りでは、お互い了承を得て健全な御付合い……っていうわけでもなさそう。
……ダメね。
私の残念な頭じゃ何かわからない。
でも、私はアランを諦めない。だって、私の気持ちは、今の気持ちは偽りじゃないから。
今でもアランが好き。だから、私は【魔王】を倒したら、もう一度アランに告白する。
こればっかりは悪いけど、イリシアには引いてもらう。
アランを射止めるのは私だ。アランは巨乳好きだと言うことも知っている。この分では私の方が有利だ。
……決して私は巨乳というわけではないけれど。
だから、今は【魔王】を倒すことだけを考えよう。
私は【勇者】だ。非公認だけど、【勇者】を名乗るなら【魔王】には負けられない。
私は、戦う。
◆ 一般ぴーぽー ◆
朝食を終えた後、俺たちは身支度を整えて中庭に集った。
各々の表情はとても勇ましいもので、とても頼りになる仲間。
これから、この旅の集大成が訪れるんだ、自然と顔が引き締まる。
中庭には神代メンバーを含めた皆が集まっていて、残りは俺たちだけのようだ。
エルトは動きやすい様に七分丈の灰色のズボンに黒いタンクトップ姿。目のやり場に困る。
【断刀】様はいつも通りの姿。シルさんもいつも通りの姿。
ルナさんはいつも通りの姿なのだが、背中に大きな長巻を背負っている。どう見ても扱えるようには見えない。
「来たか」
「まさに主人公だ」
そして、噴水の目の前に【神】と先々代【魔王】がいた。
二人は俺たちが到着するのを見ると、口を開き、道を開ける。
「覚悟は良いかい」
「もちろんです」
「是非も無し」
「出来てます」
先々代【魔王】が俺たちの覚悟を聞き遂げると、噴水の目の前に手をかざす。
すると、ポータル特有の青い水を湛えるような光が漏れだし、波紋を浮かべる。
この先が、魔王城なんだ。ここに足を踏み入れたら、魔王城。
この旅の終点。長いようで短かったこの旅。
俺は二人の顔を見る。
二人は俺の視線に気付くと、揃って頷く。
覚悟を問うなんて愚問だったか。
俺は苦笑し、目の前のポータルを見つめる。
そして、深い深呼吸をする。
「行くぞ」
俺はポータルへと足を踏み入れ、目を瞑る。
そして、次に目に入ってきた光景は――
「はっ?」
百鬼夜行だった。




