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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
82/107

世迷言



◆ ◆ ◆




「いや、ホント神代の連中は性格悪いな」

「アラン程じゃないよー?」

「笑顔で言うことじゃないっつーの」


 風呂上がりにお互いに牛乳を胃に流し込みながらそんなことを話す俺たち。

 まさかエルトが実は俺を落とすつもりで諦めたように浴場から出て行こうとしたとは、まったくもって騙された俺。

 俺が負ける形でこうなってしまったのだが、満面の笑みを浮かべて本当に嬉しそうなエルトを見ていたらどうでも良くなった。


 しかし、晴れて“友達”となったエルトは、やはりこうしてみると女にしか見えない。

 油断していたら忘れそうだ。


「一つ聞いていいか?」

「んー?」

「何で男なのにメイド服を着ているんだ? というかそもそも何でメイドなんだ?」

「うーんとね、御隠居様の趣味、だったかな?」


 先々代【魔王】か!

 あの親父さんの仕業か! グッジョブとしか言いようがない!

 俺が同じ立場なら同じくメイド服を着せてメイドにしていただろう。趣味が合いそう!


「さて、僕は仕事に戻るね」

「おう、やってこい」


 なぜか赤い薄型ネグリジェを着ているエルトは手慣れた手付きでメイド服を着ると、一足早く脱衣所を出て行った。

 きっと、ベッドメイクだとか式神メイドたちの事とかあるのだろう。もう遅い時間だと言うのに、働き者だなぁ。


 ちなみに、エルトの一人称は“僕”のようで、お互いに敬語もやめた。

 友達だと言うのに、敬語はむず痒くなると言う俺の要望だ。


 俺も牛乳を飲み終え、傍にあったビールケースに牛乳瓶を入れると、バスタオルで頭を拭きながら浴場を出る。

 脱衣所から出ると、蒸した空気とはまた違った空気が俺の肺を満たし、また違う気分にさせる。


 そう言えば明日は魔王城決戦なんだよな。

 早いとこ寝て明日に備えなきゃなぁ。明日には全てが“片付く”かも知れないんだし、全てが“終わる”かも知れない。

 ホントなら何か思うことがあって、眠れないとかのイベントがあるのだろうが、俺にはそんなことなかったぜ。


 そんなこんなで上下スウェット姿で廊下を歩く俺。

 早く部屋に戻って寝ようという気持ちのせいか、心なしか歩くスピードは速いものだった。


 しばらく歩き、髪の毛が乾くころに部屋が見えるところまで着いたのだが、部屋の前に人影が。

 俺は人影が見えた廊下の曲がり角で動きを止め、反射的に廊下の角に隠れる。

 廊下の曲がり角から様子を見てみるが、その人影は少し薄暗い明りのせいかよく見えない。

 どうやらその人影は俺に気付いていないようだが、そこから動く気配は全くない。

 時々、俺の部屋の扉をノックしているのか、腕らしきものが良く見える。腕の細さからして女性だろう。


 ……もしやエルトか?

 いや、それは無いな。エルトが俺のところに来るなら、浴場へ行くはずだ。

 いくら俺がもう浴場を出ていると思っていたとしても、あんな風に扉をノックすることはあり得ない。俺がまだ戻っていないのだから、大人しくその場で待っているのが正しい行い。

 それを分からない人ではないはず。


 それに、エルトなら客室の鍵くらい持っていてもおかしくない。


「…………」


 考えていても埒が明かない。

 あの人物は俺を待っているわけだし、俺が行かないと退いてくれそうにない。

 更に、自分でこの神代は世界で一番安全な場所だと言った手前、こうして廊下の曲がり角で隠れている方がバカバカしくなってくる。

 あの人物は少なくとも敵ではないのだから。


 俺はゆっくりと、しかし警戒は怠らずに人影もとい己の部屋へと向かう。

 その人影はこちらに気付いたようで、扉に背中を預けて俯いていた顔を上げる。

 揺れる後ろで結った長い髪。背丈は女性にしては高い方。女性らしく可愛らしい寝間着を着ている。


 そこまで情報が出ているんだ。

 もう予想くらいは付いていいはずだ。


「何してんだ、ラル」

「アラン、どこ行ってたの?」

「ちょっと風呂にな。そう言うアンタは?」

「アランを待ってたんだよ」


 俺の部屋の前で待っていたのはラルだった。

 ラルは笑顔で俺を見ているが、その姿はどことなくぎこちないもので、笑顔も貼り付けたようにも見える。

 その意味を分からない俺ではない。きっと、俺に後ろめたい……というより接し辛いものがあるのだろう。

 しかし、その接し辛さがあってもなお笑顔を向けて話しかけてくるんだ。これから一山あると言っているようなものだ。


 ラルは俺がどう応えるか気になっているようで、頻りに俺の顔色を窺うように俺の顔を覗き込んでいる。

 その表情は翳りのあるもので、断って落胆の色に染まるラルを見て見たい好奇心が出てくるが、ここは飲み込む。

 おそらく、後でその落胆の色を見る羽目になるはずだから。


「あのことだろう? ここじゃなんだから場所を移そうぜ」

「う、うん。じゃあ、私の部屋においでよ」


 嫌に軽く応えた俺にラルは若干引っかかる節があったのか、少し不安そうな表情になるが直ぐに翳りのある笑顔になる。

 話場所に選んだのはラルの部屋。俺は特に疑問を持たずに部屋に招き入れられた。


 部屋の間取りは俺の部屋と特に変わらず、強いて違うものと言ったらラルの対魔機が壁に立て掛けられていることだけだろう。


 ラルは部屋の明かりを点けることなく、俺に座るよう促してきた。

 だが、部屋の中は月明りで照らされているため、むしろ部屋の明かりなんて点けたらこの月明かりが無駄になってしまう気がした。


 とりあえず俺は部屋に置かれているウッドチェアに座り、ラルは自身のベッドに腰掛ける。

 ラルの表情は依然として笑顔だが、眉尻が下がっているのが丸分かりである。

 その表情の意味するものとは、なにか。


「それで、さ」

「うん」

「聞いてくれないかな、私の世迷言を」


 世迷言。

 今、ラルは世迷言と言った。

 世迷言とはとるに足らない不平や愚痴のことを言う。

 ということは、ラルが今から話すことは冗談のように世の中に不満を漏らすことだということ。


 俺は何も言わず頷き、聞き役に徹することにした。

 こういうのは大概、己の中で答えが出ていて、それに賛同してほしくて人に話すもの。

 それを、今からラルの話す内容で察しなければならない。間違えても相手が望んでいない答えを言ってはいけない。


 いつから話とはこんなに面倒なモンになったのだろうか。


「あのさ、私とアランが出会った時のこと覚えてる?」

「忘れるモンか。今まで何度も話の引き合いに出されてりゃ、忘れるモンも忘れらんねぇよ」

「そっか」


 出会った時のことと言えば、俺の人生が大きく動いた時のこと。

 あの時、俺が生き残らずに死んでいたらどうなっていたのだろうかと何度も考えたことがある。

 俺が結果的に二人を助けたことになるが、俺がいなかったら二人はどうなっていたのだろう。二人とも、地面に激突して死んでいたのかも知れない。俺がいなくとも二人は助かっていたのかも知れない。

 どう考えても答えは出てこない。


「あの時さ、正直アランのことは信用できなかったな」

「おぉ、辛辣」

「だってさ、何の変哲のない兵士が、あの伝説の獣を倒したんだよ? もしかしたら【魔王】の差し金かも知れないって思ったこともある」


 確かに、今考えてみたらおかしな話だ。

 俺が竜から教わった獅咆哮が無ければどうなっていたのかも分からん。

 大体、なんであんな不確かな行動に出たのか未だに納得がいっていない。身の丈以上の敵と対峙するなんて普通じゃ考えられないことだし、いくら獅咆哮が強いからと言ってたった一発で沈められるものなのだろうか。


 でも、あの時は死ぬかもしれないと言う必死もあったのかも知れない。

 火事場の馬鹿力と言う信用ならん力が発揮したのかも知れない。

 要因は結構あるが、確証は何一つない。


「でもさ、旅をしてみたらわかった。思いのほかアランって弱点がいっぱいあるんだけど、私たちよりも確実に強かったんだもの」

「おいおい、俺がラルとの手合わせには一度も勝ったことが無いのは一番知ってるだろう?」

「知ってる。強いのは何も腕っぷしだけじゃないし、ここ一番ってときに力を発揮できなきゃ意味もない。それが出来るからこそアランは私たちよりも強い」


 ラルは俺を買いかぶりすぎだ。

 俺は金具が無ければ何も出来ない三十路のおっさんだ。

 でも、諭されて金具は俺の強さと言うことには納得した。金具は俺にしか使えない、だから俺の強さだ。

 しかし、精神では全く持ってひ弱なのは自覚している。何事にもまず自分の安全を最優先する協調性のないやつだ。


 ましてや人のことを考えず蹴飛ばして自分のことを最優先させた男だ。

 能力が無ければこの二人は俺に付いてこなかっただろう。


「それで……それでね、私はアランのことが大好きになった。ううん、大好きになることが約束されていたの」

「……それは」

「うん、分かってる。アランの能力のこと」


 ついに出た。

 この話の本題。俺の能力について。

 今まで、イリシアの好意は実際に口に出されて知っていた。

 しかし、ラルの方はまだ分からない状況で、【神】の言葉でラルも俺のことが好きだと言うことが分かった。ラルも俺の能力の被害を受けていたんだ。


「俺は知らないうちにラルを……二人を……!」

「うんとさ、それってアランが知らなかったものなんでしょ? だったら、アランに罪は無いじゃない」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……」


 ラルは、戦おうとしている。

 わざわざこうして、自ら言い難いことに果敢に挑んでいる。


 今ラルは向き合おうとしている。

 それを踏まえた上で言う。ラルの恋心は、偽りだ。


「あのさ、アランのが考えていることを当ててあげよっか。その想いは偽りのもの、違う?」

「……いや、あっているよ」


 そう、そうなんだ。

 ラルやイリシアの行為が偽りのものだって気付いたからには、向き合うには心を歪ませるしかない。

 しかし、俺の心は歪ませることを選ばなかった。ましてや、相手のことを考えたらなおさらだ。


 ラルの心を操り、イリシアの心を操り、それを喜んで受け取る俺ではない。

 ラルにはラルの心がある。それに、俺と言う心も許さない。それが偽りでなかったとしても、俺と言う存在がラルと共にするということを誰が赦すだろうか。


 誰も赦すはずがない。相手は【勇者】、かたやこっちはただのおっさん。どう考えても吊り合うわけがない。

 ラルの相手はそれ相応のイケメンか猛者でないと。


 現実は非情だ。

 その想いが偽物の時点で、赦されるはずがない。


「……あのさ、私……さっきの話を聞いてから私なりに考えてみたんだ。私、バカだからあまり難しいことは考えられなかったけど、それでも私なりに考えてみたんだ」


 そう言って俺の眼を見て話すラル。

 そのラルの表情はちょうど月明かりに照らされ、少し幻想的に見えた。

 その幻想的な光景に俺はなにも言えず、しかしラルの眼をしっかり見ることは忘れず、次の言葉を待った。


「大事なのは、今誰が好きで、誰を好きなのかって。だって、人の感情なんかコロコロ変わるもの。以前好きになった人がいるからと言って、新しい人を好きになっちゃいけないなんてことはない」


 その間も笑顔を崩さず、俺にその翳りのある笑顔を向けている。


「私は……私“が”アラン“を”好きなの。これには偽りだとか本物だとか関係ない。今、誰が、誰を好きなのかが大事なの!」

「ラル……」


 今、誰が好きで、誰を好きなのか、か。

 そこには偽物だとか、本物だとかは関係なく、大切なのは前述したこと。

 人の恋心は上書きが出来るもの。そのうえで、大事なのは今の己の感情……ということか。


 人の恋心には様々なものがある。

 男が保育園の先生に惚れるように、女が学校の年上の先生を好きなるように、憧れや情景のようなものから、生涯の伴侶を決める将来の憧れまである。


 その中で、誰もが言うだろう。

 保育園の先生が好きだとしても、学校の年上の先生が好きだとしても、それは恋ではない。ただの憧れだ、と。

 しかし、本人の間ではそれが恋なのだ。それも、かなりの頑固で譲らないものだろう。なんせ、本人の中では本物なのだから。


 ラルが言いたいのは、偽りで出来た恋心だとしても、その恋は決して偽物ではない、と。


 なかなかどうして、心が揺れる言葉じゃないか。

 こんなにも、俺のことを好きになってくれる人がいたんだな。しかも、本物だと言い張って。


「……分かった。それを踏まえて、応えるよ」


 俺がそう言うと、笑顔だったラルの表情が引き締まり、俺の眼をしっかりと見る。

 その間は二人の息遣いしか聞こえず、月明かりだけが俺たちを包む。

 長くとも短い時間。瞬きさえせず、鼓動は早まる。


 そして、決めた答えを言う。


「済まん」

「…………」

「……済まん」

「……そっか。それなら、仕方ないね」


 俯き、震える声。

 それ以上、俺もラルも何も言わず、ただラルの吐く息だけが震えている。

 俺はゆっくりと立ち上がり、ラルの部屋を出て行こうとする。


 ラルは結局、俺が断った理由を聞こうとせず、代わりに俺が部屋を出て扉が閉まった瞬間、か細い女性の泣き声が聞こえて来た。

 この不平な世に、世迷言を叫ぶように。

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