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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
50/107

タイトルが思いつかない



◆ ◆ ◆




「修学旅行……」

「いつまで言っているんだ。それよりも警戒しろよ、開けた場所だからいつ見つかってもおかしくないんだから」

「うぅ……青い空、真っ白な砂浜、美味しいイカ焼き……。恨みますよ、恨みますよ!」

「大きい声出すな、見つかる……ほら見つかった! 剣を抜け!」


 金具を抜刀し、目の前に迫り来るハウンドドックを牽制しながら距離を保つ。

 隣にいる浅菜もショートソードを抜刀して、俺の影に隠れながらハウンドドックと対峙する。


 分かっていると思うが、俺たちがここにいるのはドラゴンの情報を集めるために、目撃情報のある村へと向かうためだ。


 正直言って、俺と浅菜の二人じゃキツイ。俺がいかに甘やかされてきたかがわかるね。

 最初、これくらいなら俺でもできると思っていたのだが、実際やってみて早くもキツイものだとは実感し始めている。


 これまで俺が特に苦労もせずに旅を出来ていたのはあの二巨頭のおかげだ。

 そして、それを俺もそのうちの一人だと思い込んで勇み込んだ結果がこれだ。今まで俺が魔物たちと渡り合えたのは規格外の二人が相手をしていたからで、俺単体で渡り合えているわけではない。

 見て見ろ、あれほど危惧していたハウンドドックと戦うのはこれで十四回目だ。

 さらに浅菜はまだ学生。満足に魔物と戦ったことのない素人同然。戦力は俺一人。

 ここまで来れたのは獅咆哮と金具のおかげと言っても過言ではない。


 しかし……、


「はぁ……はぁ……終わった!」


 少し前なら確実に仏さん目掛けて一直線だったハウンドドックの群れに対して、なんとか一人で対抗出来るようになっている。

 着実に成長している証だ。これには俺も素直に嬉しい。

 ラルとの特訓のおかげだ。


「凄い……ハウンドドックの群れを一人で……」

「何が……凄いだ……! 満身創痍なのが、見て、わからんのか……!」

「うぅ、すいません。お役に立てず……」


 俺は疲労によりその場にかがみこむ。

 けれども悠長に休憩している暇はない。早くこの場を離れないと血の匂いを嗅ぎつけて、いつ獣がやってくるかわからない。


 この戦闘によって左大腿部に裂傷を負ってしまった。走れない程度ではないが、このまま放置していれば菌が入り込んで化膿してしまう。どこか休憩できるところを探さないと。


「浅菜、近くに休憩できそうな場所は見えるか?」

「見渡す限りの平原です……。とても腰を落ち着ける場所は……」

「そうか、分かった……」


 そうならば仕方がない。

 俺はメディカルパックから消毒済みの保体を取り出し、患部より心臓寄りの場所をきつく締め付ける。

 止血するには圧迫が一番。少なくとも俺の知識の中ではな。

 けれど、締め付けて止血するのは最終手段だと聞いたことがある。なんでも、止血すると血が廻らなくなって患部より下が壊死してしまうとかなんとか。


 どっちにしろ、早く治療しないと。


「先を急ぐぞ。周囲を警戒し、森などがあったら優先的にそこを通るぞ」

「わかりました」


 これが一般的な冒険者の旅か。

 あの二人がどれだけ凄かったのか嫌でもわかる。ましてや、あの二人がいるだけで魔物が寄り付きにくくなってたのもあるし、気が楽だった。


 くそ、天狗になっていた頃の俺を殴りたい……!


「ん? せ、先生! あれって目的地の村じゃないですか!?」

「あ? ……遠目でよく見えないが、何かあるのは間違いないな」


 いっそ辞世の句でも読もうかと思っていた時だ。

 浅菜が遠くに村らしきものを見つけたらしい。だが、ゲームなどのし過ぎで目が悪くなってしまった俺には何かの影がポツリと見えるだけだ。


 とにかく、向かってみよう。




◆ 勇者 ◆




「んんー……なんか平和だなぁ」


 窓の外に広がる雄大な空を見上げ呟く。

 この学校に編入してからもう二週間は経とうとしている。

 早いなぁと思いつつ、黒板に書かれていることをノートへと写す。ぶっちゃけ内容はちんぷんかんぷんだけど。


 私は中学までしか通っていなかったから、高校生に憧れることもしばしばあった。こんなところで叶うとは思いもしなかったけど、中々に楽しいものだね。


 最初、ここに編入してきたときはもう大変。

 私が【勇者】だと知るにいなや質問のオンパレード。好きな人はいるか、好きな食べ物は何か、嫌いな教科は何か、今までどんな魔物と戦ってきたか……なんて私生活から旅の内容まで色々な質問が私に投げかけられてきた。

 当然、答えられるものは答え、答えられないものは上手く濁したつもり。例えば、イリシアの素性とかさ。


 今になってようやく落ち着いてきたところ。

 私の席は窓側の一番後ろと言う絶好な席。ましてや初夏の暑さを和らげてくれる優しい風を御身に受けられる席。

 そして、一番眠たくなる席でもある。


 私の学年は三学年で、やはりと言ってよいか受験勉強のための授業ばかり。私は中学校までしか行っていないし。

 だから、私には意味がないと言うか、さっぱりわからないというか、詰まる所授業についていけてない。

 とくに古代文字についていけない。例えば、この「一人で見る夢は夢だが、誰かと見る夢は現実だ」と言う言葉の意味が分からない。そもそも、古代文字すら読めない。

 下の方に訳が載っているから読めているのであって、この分自体がどの言葉を意味しているのか分からないの。

 なに「現実」って。読めないんだけど。


 ということで、もちろん授業に身が入るわけない。

 だから、外に広がる空を見上げるのだ。


 ……アランは今、何の授業をしているのかな?

 というより、一学年って修学旅行じゃなかったっけ?

 ってことはアランは引率としてて着いて行ったのかな?


 ここに来てからアランに会う機会が減ったから、あんまり話せてないなぁ。

 アランは意外とおしゃべり好きで頭の回転が早いので、アランとの会話はとても楽しかった。

 アランとおしゃべりしたいなぁ……。


「はい、今日はここまで」


 先生の声と同時に授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

 それと同じくして騒がしくなる教室。私も背を伸ばして固くなった躯をほぐす。


 ふぅ、アランに会いに行ってみようかな。多分一学年の職員室にいるだろうし。


 そう思い、席を立とうとした時だ。視界の右側に影が映り込む。

 視線を右に向けると、そこには私と同じクラスの男性が立っていた。

 端正な顔立ちで、とても優しい性格をしている同級生。名を保人くんという。

 噂では熱狂的なファンクラブまであるそうだ。


「ラルちゃん、授業中上の空だったけど、何か悩み事?」

「ううん、悩み事なんてないよ。ただ授業についていけないなぁって」


 保人くんは何かにつけて私に親切にしてくれる。

 まだこの学校に馴染めていない時も声を掛けてくれたのも保人くんだった。

 私に声を掛ける人は対外好奇心か私の名声にあやかろうとする人たちだけど、保人くんにはそれらが一切感じられず、私を普通の女の子として接してくれる数少ない人物。だから、私も保人くんに心を開こうとするんだけど……。


「……ッッッ」

「フーッ! フーッ!」


 保人くんのファンクラブの皆さんから凄まじい妬みが送られてくるんだよね……。


 でも、保人くんはそれに気付いていないのか構わず私に話しかけてくるからさぁ大変。

 だけれど、ファンクラブの皆さんは妬みの視線を送ってくるだけで、具体的な嫌がらせなどはない。

 訊けば、保人くんから話しかけるのは保人くんの自由だから、話しかけられる人には何の罪もないということだとか。私から話しかけるのはダメなのか。


 だから、私は何の気兼ねも無く保人くんと話すことが出来る。


 けれど、今はアランと話がしたいので、保人くんには悪いけど会話を終わらせよう。


「ラルちゃん、もしよければ僕が勉強を教えようか?」

「ごめんね、保人くん。私ちょっと職員室に行かなきゃ」

「ちょうどよかった。僕も職員室に行く予定だったんだよ」

「でも、私一学年の職員室に行くんだよ?」

「なんで一学年の職員室に?」

「それは……」


 私は言葉に詰まる。

 アランに会いに行くと言えば良い話だけど、何故かその言葉が出てこない。

 その言葉を保人くんに言うのは、とても恥ずかしくとも思えてきた。なぜだろうか。


 恋する中学生じゃあるまいし。


「ちょっと一学年の先生に用があってさ」

「へぇー……」


 言えないなら別の理由を話すまで。

 これなら嘘は言っていないから別に問題はないと思う。


 けれど、保人くんは目を細め、まるで私の目の奥を見るようにジッと見る目てくる。

 何もやましいことはない。


「その先生って、アラン先生?」

「な、なんでわかったの?」


 しかし、保人くんはお見通しのよう。

 アランに会いに行こうしているのがバレているようだ。


「簡単だよ。だって、アラン先生はラルちゃんと旅をしていて、気軽に話せる相手。そして一学年の担当をしているのだもの。それくらいなら僕にだってわかるよ」


 にっこりと笑う。


 確かにそうだ。

 私が一学年の職員室に行ったって、用という用がアランに会いに行くしか見当たらないもの。

 私は自分で保人くんにヒントを与えていたんだ。


「じゃ、じゃあ、そういうことだから……」


 そろそろ行かないと休み時間が無くなる。

 幾ら十五分あると言っても人一人と話していたらあっという間だ。

 ほうら、もう五分経っている。


 ということで私は保人くんの隣を通り過ぎて教室の外へ向かおうとする。

 だけど、私の動きを止める言葉が、保人くんの口から放たれた。


「アラン先生ならいないよ。なんでも理事長のお願いで留守にしているそうだよ」

「えっ?」


 ピタリ。

 後ろ髪を引かれる。


「それホント?」

「本当だよ。だから言っても無駄だと思うよ?」


 そう、なんだ。

 だったら一声かけてくれてもいいじゃん。何か用事があったらどうするのさ。

 ホント、アランは詰めが甘いというか右を見て左を見て右を見ないというか……もう、イライラするなぁ。


 私は再び自分の席に戻り、少し投げやり気味に椅子に座る。

 それを見た保人くんが苦笑し、また変わらず話かけてきた。


「なんだか不機嫌だね」

「だって、声くらいかけてくれてもいいじゃない。勝手に居なくなったら……」

「勝手に居なくなったら?」

「……まぁ、いっか。保人くん、次の授業ってなんだっけ?」

「魔法学だよ。イリシア先生が来るんじゃないかな?」


 いなくなったのなら仕方ないと無理やり結論付けて頭を切り替える。

 別に寂しいとかそういうことじゃないけど……なんだろ、この感情。


 今までに……何度かあった。

 一度目はお父さんにパンツを洗われた時、二度目は亥斗が告白してきた時、三度目は――


「皆の者、おはよう」

「あ、イリシア先生、今日は早いね」


 ――三度目は、イリシアとアランが楽しそうに話している時だった。


「ラル、そう言えば聞いておったか? アランはここ一週間留守にするそうじゃ」

「うん、さっき聞いたとこ。まったく酷いよね、声も掛けないなんてさ」

「まったくじゃ」


 授業が始まる十分前だというのに、もうイリシアは教材を持ってやってきた。

 それで時間を余していたのか、イリシアは教卓に教材を置いて私のところまで来る。

 そこで保人くんは空気を読んだのか、私に一瞥をして自分の席まで戻って行った。


 イリシアを席に座りながら見上げる。

 ここ最近、イリシアとアランの距離が近くなったように感じる。

 きっかけは……一週間とちょっと前。ルートビッヒから逃げてきたフェルとアランが対決した時から。

 あの日、何かあったの……?


「…………」

「…………」

「…………」

「……イリシア」

「……なんじゃ?」


 耳鳴り。


「…………」

「…………」

「……放課後、ちょっといいかな?」

「うむ、正面玄関で待っておる」


 今日も、授業に身が入らなかった。

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