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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
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49/107

希望を祈れば、その時点で希望は無い



◆ 一般ぴーぽー ◆




「んあ……朝か」



 目が覚める。

 目覚まし時計を見れば長針はアラームが鳴る三分前をさしていた。

 アラームが鳴る前に起きることはこれまで多々あったが、これまでで一番寝覚めが悪い。


 よりによってあの夢を見るとは。


「はぁーあ……」


 俺が十歳の頃、いつもの様に親父に連れられて旅に出たのだが、行き付く先がまさか獅子竜の住む巣だとは思わなかったよ。

 あそこで親父はいなくなり、俺はそこのエメスさんという獅子竜に育ててもらった。

 育ててもらったと言っても、十二歳までで、それからは全寮制の中学校に入ったから実質二年間お世話になった。そこで、俺は親父から金具を受け継ぎ、エメスさんから必殺技の獅咆哮を受け継いだ。


 獅咆哮を受け継ぐ修業は別に熾烈を極めたわけでもなかったから端折るが、今思えばとてつもない技を受け継いだんだよなぁ。なんてたって、竜の咆哮を剣で放てるんだから。

 だが、耐久の問題で金具でしか扱えず、他の剣で放とうとするならばボキッと折れてしまう。


 ……金具って、ホントは聖剣か何かなんじゃね?


「…………」


 なんかこの夢を見るたびに段々と霧がかかるみたいに思い出せなくなって言っている気がする。

 人は人を忘れる時、最初に声を忘れると言う。俺は既に親父の声を忘れた。

 顔はまだ何とか覚えている。獅子竜たちは親父を名前……モップ=レイトと呼ばずに“せーおー”と呼んでいたが、まさか精(力)王とかそんなんじゃないよな?


「アラン、起きているかのー?」

「ん?」


 やたらと薄い玄関の扉をノックする音と共にとある女性の声が聞こえてきた。

 目覚まし時計をチラリと確認すると、俺が起きてから既に三十分以上経っていた。


 そんなにモノローグをべらべらと喋っていたのか……?


「起きてるから入って来ーい!」


 とりあえず扉の向こう側にいる人物に入るように促すと、少し間を置いてからガチャリと扉の開く音が聞こえてきた。

 俺もとりあえず布団くらい畳むか。


「おはよう、アラン……って、寝坊かえ?」

「いんや、起きてはいたんだがボーっとしていてな」

「……疲れが溜まっておったのかの?」


 玄関からリビングに繋がる廊下からひょっこり顔を出したのは、俺の仲間のイリシアだ。

 あの日……実技訓練の後にあったイリシアの告白以来から、妙に距離が近い様な気がする。

 まぁ、仲間の心配をするのは当たり前のことなんだから俺の思い過ごしだろう。


 あの時……イリシアは俺に大好きと言ってくれた。

 分かっていたことだが……改めて言われると何か胸が温かくなるな。

 俺もイリシアのことが好きだし、ラルも好きだ。仲間のことを嫌いになるはずがない。


 ちなみに、口調は今まで通り【魔王】口調だ。

 曰く、二人の秘密にしたいとのこと。

 女の子は誰かとの秘密ってホント好きなんだなぁ。


「ほれ、早う顔を洗うのじゃ。ほれほれ」

「うーい……」

「本当は妾が朝餉(あさげ)を作れれば良いのじゃが……何分(なにぶん)下手での。乙女としていかがなものと思うのじゃ……」

「いや、イリシアはよくやっているよ。それに、今では掃除洗濯だって出来るじゃないか」


 イリシアはこうやってあの告白以来何かにつけて世話を焼いてくれている。

 自分で炊事も練習しているそうなのだが、一度“初めて”味見をしてみたところ、気付いたら翌朝だったそうだ。自分で気づけるってすごいことだよ、イリシア。


「アラン、食卓の上に握り飯を結んでおいたからの。お新香と一緒食べるが良いぞ」

「おふ、はひがとう」


 洗面台に向かい、歯を磨いていると背後からそんな声が。

 さすがにお握りは失敗しないらしい。


 早々に歯磨きを終え、顔を洗うといそいそと食卓に着く。

 食卓の上には昨日のうちに炊いておいたご飯で作られたお握りが湯気を上げている。

 自然に頬が綻んでいくのがわかる。なんか、良いな……こういうのって。


「着替えはここに置いておくゆえの」

「ん、ありがとう」


 イリシアが作ってくれたお握りに舌鼓を打っていると、イリシアが俺のスーツやワイシャツを持って来てくれた。


 仕舞っている場所って教えていないはずだけど……深く気にしたらダメか。


「イリシアは朝飯食べたのか?」

「うむ。もう済ませたぞ」

「なんなら俺のところで食べていくか? 朝飯くらい作るぞ?」

「それはプライドが赦さんのじゃ。少しくらい見栄を張らせえ」

「そういうものなのか?」

「そういうものなのじゃ」


 そういうものなのか。


 お握りを食べ終え、スーツに袖を通し、財布や部屋の鍵を持つ。

 後は……大丈夫だな。忘れ物はない。


「準備は出来たかや?」

「おう、大丈夫だ」

「ならば、往くとするかの」


 ちなみに、イリシアもここの学校の教員だったりする。

 イリシアはもっぱら二年生の魔法専攻の授業を担当している。

 イリシアは魔物だが、魔法を扱えるのかと心配していたのだが魔力を使うという根幹は変わっていないので何とかなっているそうだ。

 ちなみにラルは学生として学校に編入している。時々勉強が分からないと言って泣きついてくるが、もう既に俺は因数分解すらあやふやになってきている。役には立てない。


 だからだろうか?

 俺とイリシアは教員専用の寮のためお互いは比較的近くだが、ラルは学生のため女子寮だから放課後はなかなか会えない。

 ましてや、門限が厳しいので遅くまで出歩けない。部活動も時間が決まっている。

 更にセキュリティが厳しいときた。女子寮から教員専用の寮まで会いに来るのはほとんど不可能。逆もまた然り。

 イリシアと俺はいつでも会えるのにな。


「む。アランよ、寝癖が跳ねておるぞ」

「ん? いつもの癖っ毛だろうよ」

「縮毛と寝癖は似て異なるもの。どれ、かがむのじゃ」

「パッと見わかんないって」

「妾はお主が笑われるのは嫌なのじゃ。早うかがむのじゃ」

「ったく……」


 寮から出ていざ学校へ向かおうというときにイリシアからそんなことを言われる。

 ぶっちゃけ寝癖と癖っ毛なんて見分け付かないと思うのだが、イリシアがそう言うのならばお言葉に甘えよう。


 イリシアは懐からいつも使っているのであろう紅い櫛を取り出し、俺の髪を梳かす。

 少しこそばゆいが、悪い気はしない。なんだか子供みたいだと思うが……まぁ、役得だと思おう。


「ほれ、終わったぞよ」

「ん……やっぱり天然パーマは直らないか」

「矯正を掛けるしかなかろうて」

「俺の髪はな、矯正を掛けても三十分で元に戻るんだ」

「なんと面妖な……」


 そんなことを話しているうちに学校に着く。

 やっぱりアレだな、頭が良い人と話すのはとても楽しい。

 引き出しが多いのもだし、会話の中から言葉を拾うのがとても上手い。

 しかし、イリシアとの沈黙も悪くない。イリシアとの沈黙は心地よい沈黙だからな。


「では、後での」

「おう、やってくるわ」

「…………」

「ん? どした?」


 この学校には職員室が三つあり、それぞれ学年別に別れている。

 イリシアは二年生の担当なので、ここでおさらばなのだが、イリシアは俺の顔を見たまま微動だにしない。何か俺の顔に付いているのだろうか?


「のう、アラン? 一つ訊ねても良いか?」

「なんだ?」

「アランは頑張るという言葉を使わぬの。何か理由があるのかえ?」

「あぁ、簡単なことだよ。頑張るって言葉は例え結果を残せなかった場合でも言い訳になるからさ。 負けたけど頑張った……なんてバカみたいな話はないだろ? この世界の悪いところは努力すれば偉いとか、頑張れば許されるとか、そんな風潮だと思うんだよ。だから俺は頑張るなんて無責任なことは言わない。まぁ、“頑張り続けろ”って人には言うが、それは相手が頑張っているなぁって思った時だ。それ以上頑張れなんて言わないよ」

「なるほどのう……」


 イリシアは俺の持論に数回頷いた後、納得したのか何やら満足した顔になった。

 そして、


「ではアラン、“やってくるでの”」

「おう、やってこい」


 俺の朝は始まった。


「先生って、ロリコンだったんですか?」

「うぐ!? なんだ、浅菜か……」

「なんだとは随分とご挨拶ですねぇ」


 イリシアを見送った後、俺も一学年の職員室に向かおうとした時だ、背後から何やらトゲのある言葉が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには俺が担当する生徒の浅菜美琴がニマニマと笑いながら立っていた。


 ロリコンとは失礼な、イリシアはれっきとした成人だぞ。


「イリシアは仲間だ。そんな関係じゃないぞ」

「ふーん……ねぇ、先生。【勇者】様とイリシア先生、どっちが好みですか?」

「話を聞いていたのか?」

「いやですよぉ、好みの話なんですから下心無しで、どっちが魅力的か訊いているだけじゃないですか」


 好みの時点で下心ではないのか。


「そもそも、俺なんかが見向きもされないから、そういう感情は不毛なんだよ」

「仲が良さそうですけど?」

「仲は良いと思うが、むしろそうじゃないとやっていけんさ。それに、俺がそう言う邪な感情を持った時点で、この旅は終わりを迎えるモンだろ」


 まぁ、ムラムラはしていますが。


「ふーん……まぁ、今回はこっちが折れてあげます」

「何様だ」

「大切な大切な生徒様です」

「浅菜、お前に特別な特訓をしてやろう。泣き言を言っても終わると思うなよ」

「そ、そんな殺生な!」


 浅菜とそんなやり取りをしている合間に朝の職員会議が始める時間だ。

 俺は浅菜を適当にあしらい、俺は一学年の職員室へと向かう。


 一学年を担当している教員たちは中々に明るい人たちばかりで、若い人も多い。

 二学年で教育実習生がある程度慣れてからこちらに来ることが多いそうなので、自然と若い人たちが多いって寸法だ。


 なのだが……、


「……ん?」


 職員室に入るなり俺を何やら心配そうに見つめてくる教員たち。

 いったい彼らに何があったのだろうか?


「あら、レイト教諭。おはようございます」

「おはようございます、理事長」


 自分の席に着き、職員会議の準備をしようと引き出しに手を掛けたところ、不意に俺に投げかけられる声が。

 声の主を探るために顔を上げると、俺の隣にこの学校の理事長が立っていた。とてもニコニコしながら。


 なぜ理事長がこんなところに?

 俺は何かやってしまったのか?


「レイト教諭、職員会議の前に少しお話があるのですが、よろしいですか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 理事長が俺に話?

 嫌な予感しかしないよ。


 理事長は俺の隣の席に座り、こちらを向く。

 俺もそれに倣い、理事長の方を向く。


「レイト教諭は聞いたことはないですか? ギルドの方にドラゴンの討伐以来が出されたことに」

「あ……知ってます。ギルドの方へ仕事を探しに行ったら下位のランクにあったのを覚えています」


 俺がイース・ロンドに来て初日のこと。ギルドに行ったときに目に止まったのでよく覚えている。

 結局あれは何だったのだろうか?

 まぁ、今となってはどうでも良いが。


「実は、その依頼が本当だという情報が入りました」

「えっ?」

「ドラゴンはSランクの猛者でも苦戦を強いられる魔物。普段ならばSランクの者たちが徒党を組んで討伐へ向かうのですが……その討伐のための情報収集をしてほしいのです」

「俺が、ですか?」


 俺の問いに対して理事長はうなずく。


「万が一のことがあっては問題なので、ここにいる誰よりも腕が立ち、確実に帰ってこれる斥候と言われれば貴方しか思いつかないもので」


 随分と信頼されているな、俺。

 しかし、斥候か……別に戦うわけでもないし、実際にドラゴンに会うわけでもないから危険性は低い。

 ドラゴンに遭遇しないという保証はないが、中々においしい仕事ではなかろうか。


「ちょうど一週間、一学年は修学旅行で学校を留守にします。そこに関しても貴方が適任だと。報酬はこれくらいでどうでしょうか」

「えっと……六桁!? やります、超やります!」


 即決。

 そんな大金を積まれて斥候をやれなんて首を縦に振らないわけがない。

 もちろんやらせてもらおう。

 ちょうど生徒たちもいなくなることだし、少しの休暇だと思えばいいのかも知れない。


 ん?

 ちょっと待てよ。


「理事長、それって同伴者もありですか?」

「えぇ、大丈夫です」

「それは生徒でも?」

「……まぁ、貴方なら大丈夫でしょう。生徒のためにもなるでしょうし、生徒との同伴を許可します」


 それなら話は早い。

 浅菜、特訓するぞ?


希望を神に祈れば、自分の中に希望はないですからね。

希望ってものはそんなもの。

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