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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
48/107

物語は常に作者の悪意によって歪む



◆ ??? ◆




 ぬかった。

 見上げれば天井にぽっかりと空いた穴から青い空が見える。

 首を動かす動作で首枷に付いた鎖がジャラッと鳴り、俺がこの地に結び付けられているのを再確認させられる。


 ぬかった。

 首だけではない、腕や足にも枷は着いている。それを繋ぐ鎖の先には杭があり、深々と地面に刺さっている。

 視線を下げる。


 ぬかった。

 これではイリシア陛下を妄想して一緒にお弁当を食べることも出来ない……!


「ちくしょう……」


 そんな悔いの言葉が何百回目のカウントを告げる。

 こんなことになったのは完全に俺のせいだが、こんな枷を着けて俺の自由を奪ったのはセイラ他ならない!


 事の発端を話すと、俺がアレクというところで人間に扮し、イリシア陛下を助けただからだそうだ。

 俺はもちろん怒った。カムチャッカインフェルノウくらい怒った。

 俺を泳がすのではなかったのかと。

 そして、理由を聞いた時、己の愚かさを呪ったね。


 あの時、セイラは言った。

 俺を見逃すと。


 あの時、セイラは言った。

 イリシア陛下には拘わらないと。


 そうだ。

 言葉の違いだ。

 あの時、セイラはイリシア陛下には拘わらないと言い、俺は見逃すと言った。

 つまり、俺は今回限り見逃すという意味だったのだ。

 そして、愚かにも俺は直接手助けをして【魔王】バルログの逆鱗に触れたのだ。

 極め付けはセイラの去り際の一言、次はもっとバレない様にしろ、と。


 俺はバカだ。

 そんな言葉遊びにも気づけず、開き直った様がこれだ!

 辺境の地の洞穴で、特殊な鎖によってその身を地面に縫い付けられている!


 こんな……こんなことがあって……!


 あ、でもイリシア陛下が助けに来るという一/一無限対数という確率がある限り俺は諦めんぞ!


「……あぁ」


 ……そっか、俺……諦めてるんだ。




◆ 一般ぴーぽー? ◆




「親父ー。疲れたー。まだー?」

「もう少しだ」

「それさっきも聞いたー」

「さっきお前が根を上げたのは五歩前だぞ?」


 親父と歩いてもう三週間。

 世界を旅してきてこんなに街につかない旅は初めてだ。

 いつもなら長くて二週間程度で街に寄って食料とか色々買うんだけど、今回はそれがない。


 周りは断崖絶壁に囲まれた一本道。

 ころばしや輪入道なんかに遭遇した時には逃げ道はない。

 それくらいの一本道。


 いつもながら目的地の無い旅。

 時々、嫌になる時があるが、それ以上に楽しいこともある。

 ジパングに寄った時なんか豪傑本多平八郎忠勝や百万石の主にだってあったこともある。

 親父は変なところで顔が広い。

 顔はゴリラ+ラクダ×二をした顔なのに。


 将来の顔……なんだよなぁ。


「ほら、見えたぞ」


 そう言って親父が指差した先は今までの断崖絶壁に囲まれているような場所ではなく、すり鉢状に開けた場所だった。

 そして、すり鉢状に空いた穴の中央には一件の家が建っている。

 その家の煙突から煙が出ているのを見ると、誰かが生活しているのがわかる。


「親父の友達?」

「あぁ、親友だ」

「親友……」


 今まで沢山の親父の友達に会ってきたが、“親友”という人物に会うのは初めてだ。

 きっと、親父の中でも特別な存在なのだろう。

 そして同時に、ここが旅の終着点だと、何故だかわからないが確信した。


「来たか」

「えっ?」


 空が暗くなった。

 雲が太陽にでもかかったんだろう思ったけど、違うようだ。

 簡潔に言うよ、大きな竜が俺の真上にいる。


「久しぶりだな、赤獅子。いや、【竜王】と呼んだ方が良いか?」

「久シブリヨノウ、セーオウヨ」


 羽ばたき、舞う塵。

 水音を立てる僕の足元。

 うん、お漏らししちゃった。


「ソシテ、倅カ?」

「あぁ、紹介するよ。俺の息子のアランだ」

「あ、あ、あ」

「フムウ……肝ハ据ワッテオラヌノダナ」

「竜を見るのは初めてだしな。無理もない」


 巨大な体躯、空間を抉る鉤爪、長くしなやかな首、麒麟を彷彿させる頭、地面を覆う翼、丸太の様な尾、全てを弾く緋き鱗、それらを支えるずんぐりとした脚。

 すべてが図鑑で見た通りの姿。

 竜の中でも頂点に君臨する伝説の竜。

 その名は、獣の頂点に君臨する幻獣になぞらえて“獅子竜”と言う。


 好きなものは幼い動物の生血と言われ、尤もな快楽は抵抗する者を嬲ること。

 特に処女の生血が好きで、首を捻って噴き出した血を文字通り浴びるように飲むのだと言う。

 鼻息だけで地面は腐り、植物は育たない不毛の大地と化す。

 ブレスは全てを焼き尽くし、灰は疎か概念すら燃やし尽くす。

 その爪は一度振るえば地面が耕され、幾人もの人を刺し連ねてあばばばばばばばばばばばばば――


「コラッ! 二人して小さな子を苛めて楽しいのかい!?」

「ウ、コノ声ハ……」

「おい、留守だって言ったよな!?」

「…………」

「おい、目を見ろよ……」


 光。

 すり鉢状に空いた穴の最奥、つまり一軒の家の辺りから突如光が溢れたと思ったら――


「まったくもう! アンタら二人ともいい歳してガキなんだから……ったく!」

「ス、済マヌ……エメス」


 もう一匹の獅子竜が現れました。

 もうね、俺の脳内キャパなんてとっくにオーバーして何故だか今なら世界の心理を覗けるような気がしなくもなくて何か対価を払えだとかうっふーん。


 もう一匹の獅子竜はそのまま地面へと降り立ち、何故だか発効し始めたと思ったら、そこには初老の女性が立っていた。

 もうこれ以上何も驚くことがあっても大丈夫なのか、俺の頭至って冷静に「あ、人に成った」と結論付ける。

 そして、人に成った獅子竜……エメスさんは俺の方へ歩み寄り、頭を優しく撫でた。


「ほら、もう驚きすぎてスタンドでも出しそうな顔してるよ? おぉ。よしよし、怖かったねー。もう大丈夫だよ?」

「うん、大丈夫」

「虚ろな目でそう言われても信じられません」


 虚ろな目?

 そんな馬鹿な、俺はまだ死んだ魚の眼にはなっていないはずだ。


「エ、エメスヨ……」

「アンタはいつまでその姿でいるつもりだい!? 首が痛くて疲れちまうよ! それに、そんな喋り方で威厳が出ると思っているのかい!? はやく戻し!」

「す、済まん……」


 THE 肝っ玉かぁちゃん。

 エメスさんが赤獅子と呼ばれた竜に喝を入れると、赤獅子は見る見るうちに意気消沈して人の姿になった。もう片言でもない。


「よく来たね【聖王】。何もないところだけどゆっくりしておいき」

「世話になる」

「でも、この悪戯については許した覚えはないからね」

「うっ……」


 どうやら親父と赤獅子はこのエメスさんに頭が上がらないようだ。

 どこの世もやはり母は強いんだな。




◆ ◆ ◆




「それで? ここに来たってことは、やっぱりあのことかい?」


 獅子竜一家に夕飯をごちそうになり、ようやく俺の精神が安定してきた時だ。

 エメスさんがそう切り出したのは、親父にコーヒーを出した時だった

 親父はエメスさんからコーヒーを受け取り、一口啜る。


「あぁ」


 肯定。

 当然俺には何のことかわからないが、獅子竜一家の表情を見るに大人の話というやつなのだろう。

 子供は大人しく黙っているとする。


「そうか、もうそんな時か」

「いつか来るとわかっていても……辛いものがあるねぇ」

「済まん、付き合わせるような真似をして」

「いいんだ。約束したではないか、我は【聖王】の味方だと」

「……済まん」


 うわぁ、シリアス。

 ダーシリアス。子供が入り込める隙間なんてありゃしないや。

 よし、ミニチュア魔物模型で遊んでいよう。


 くらえ、アンデットの胃液攻撃ー。


「出発はどうする」

「我は今日にでもよいぞ」

「【太閤竜】たちには?」

「もう既に話は通してある」


 ぎゃー。

 反撃、聖十字斬りー。


「そうか……」

「あの子はどうするんだい?」

「…………」

「……そう。安心しな、あの子は私が面倒を見るよ」

「……頼む」

「任せな、世界で最強の剣士に仕立て上げるよ」


 うぎゃー。

 躯が、躯が融けるぅー。


「今年でいくつだい?」

「十歳になる」

「十歳……そんな歳で孤児にさせるんじゃないよ?」

「……善処する」

「嘘でも首を縦に振ってほしかったよ。ほら、アンタ。さっさと準備をし! ほら【聖王】も、あの子にしばらく留守にするくらい言いなさい」


 ふぐぅ……。

 このままでは、このままでは終わらぬぞォ!

 この世界を総べし、この世界の王となるのは……この我だァッ!

 貴様は、殺すだけでは飽き足らぬ! 磔にし、貴様と関わりの薄い者から徐々に、徐々に近しい者を目の前で嬲り殺してやるッ!

 クアハハハハ! 見せてやる、この我が世界の王たる姿を!


 なに!?

 俺の聖十字斬りを耐え抜いただと!?

 今のは精霊王より受け継ぎしお前を亡ぼす為の起死回生の剣!

 もう一度、もう一度放てるのか……俺に!

 い、いや……やるしかないんだ! 俺がやるしかないんだ!

 行くぞ、俺が……俺がこの世界を救うんだぁああああああああ!!!!


「アラン」

「ん? 話は終わったのか親父?」

「あぁ、ちょっとこっち来い」


 自分の世界にトリップしていた俺を呼び戻したのは親父の俺を呼ぶ声だった。

 何やら神妙な顔をしているので、真面目な話なのだろうが……かつて親父がここまで真面目な顔をしたことがあっただろうか?


「なに?」

「お父さんな、ちょっと出かけてくるわ」

「え? 俺は?」

「お前はエメスさんのところでお世話になれ」

「うん、わかった。いつごろ帰ってこれそう?」

「直ぐ帰る。遅くとも盆には帰る。ナスとキュウリに割り箸でも刺して待っててくれ?」

「うん? わかった……」


 盆?

 盆って何だろう?

 たまに親父はどこか知らない国の風習や昔話を例えに出してくるから時々理解できないことがある。

 まぁ、直ぐに帰るって言ってんだから、直ぐに帰ってくるんだろう。


「赤獅子、俺はもういいぞ」

「そうか、こっちも準備は済んだ」

「ほら、【聖王】はちゃんと金具を持った? アンタは腰痛の薬も持っていかなくちゃ!」

「エメスよ、少し心配症ではないか?」

「心配をしすぎても何も悪いことはないでしょ? ほら、アランちゃんもお父さんをお見送りするよ」

「うん」


 エメスさんに言われて外に出る。

 今夜は真ん丸な月が出ていて、雲が一つもない。大きな月だなぁ。


「では、行ってくる」

「エメスよ、後は頼んだ」

「誰に言っているんだい? それよりも、自分の心配をすることだね」

「いってらっしゃい、親父」

「あぁ、行ってきます」


 そうして、親父は獅子竜に戻った赤獅子の背に乗って夜空へ旅立って行ってしまった。


 それから数か月後。

 俺とエメスさんの元へ、親父の愛剣だった金具だけが届いた。

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