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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
14/107

憤り

 騎士団長に連れられ城内へと入った俺たち一行。

 この城は城内に街があり、城壁に囲まれるこの町は国を回す経済力が詰まっている。

 そんな俺たちの目的地は鉄壁の城内のさらに奥にある王宮だ。

 俺は三日前まで、ここで働いていた。

 もっとも、任されていたのは王宮前と便所、それと客間などだけだが。


 城内の様子はやはり戦争中とだけあって活気が少ない。

 それでも首都だけあって人通りは多い。

 しかしなんだ、先ほどの戦いが負けと知っているなら住民は全員安全な場所まで避難していると思ったんだが……この状況は俺が戦争に行く前と変わりがないじゃないか。


 それを【勇者】様も思ったのか先を歩く騎士団長へと疑問をぶつける。


「ねぇフェル? なんでここの人たちは避難とかしていないわけ?」

「それは……その、王が絶対に大丈夫だと、避難などしなくともよい、と」

「……なにそれ? 情けない話だけどさ、私たちは現に負けて命からがら逃げだしてきたんだよ?」

「…………」


 【勇者】様が騎士団長に詰め寄るも、騎士団長は顔を背け、それ以上黙して語らなかった。




 王宮へとやってきた俺たちは何の待ち時間もなく通され、ついには王が待つ謁見の間にたどり着いたのであった。

 謁見の間に入るのは実はこれが初めてで、謁見の間のはずなのに国の重鎮と他国の重要幹部しか入れないという。

 そんな謁見の間に入れるのだ、緊張しないわけがない。


「うわぁ……」

「これは……!」


 そしてえっけの間に一歩踏み入れた時の感想がこちら。

 決して、感嘆の混じった入った感想ではない。

 ドン引きの感想だった。


 謁見の間の中は目が眩むほどの金ぴかで、ハッキリ言って趣味が悪い。

 床・柱・天上・壁・装飾品・展示物・水を引き上げる噴水までもが全て金でできていた。

 唯一金色でないのがこの場にいる人と、玉座までの道に敷かれたレッドカーペットくらいだろう。

 いったい、この空間だけでどれくらいの人の生活が賄えるというのだろうか。


 隣にいる【魔王】様もこの空間には良い印象を持たなかったのか、眉を寄せてしかめっ面をしている。

 というか【魔王】様、いつの間にカラーコンタクトなんてしたんです?

 両目が緑色になっていますよ……って、そりゃそうだよな、緋色の瞳のままだったら魔物ってバレるからか。


 そんななかで【勇者】様だけがこの空間に何のリアクションを示さず、ただじっと険しい表情で玉座を見つめている。

 【勇者】様ならこの謁見の間に入ったことがあるのかも。

 ちなみに、玉座に王の姿はない。


「来るよ、二人とも私のそばを離れないで」


 この謁見の間に来てから口を開かなかった【勇者】様が唐突に口を開き、俺たちに釘を刺した。

 それから間もなくして端の方からぞろぞろとこの国の重鎮連中がやってきたではないか。

 その先頭を歩く老人こそ、この国の王である『マハト』王なのだった。


 マハト王は赤いマントと如何にも王様みたいな服を着ており、錫杖を持つ両手には宝石でゴロゴロとした指輪が填められている。

 そして、王の証である王冠は、王冠にしては大粒の宝石がこれほどかと言わんばかりにあしらわれていた。

 その姿は、一目で贅沢の極みを求めてきたかわかるような姿。


 この男が、この国のトップ……!

 民の前に一度も姿を現さず、絶対王政を強要してきた暴君っ!

 俺も初めて姿を見たが、こんな一目で不快感が湧き上がる人物だったとは。


 【魔王】様もこの姿に不快感を感じたのか、親の仇を見るような眼で見ている。

 魔物の王であった【魔王】様の姿はマハト王とは対極の姿で、色褪せた茶色いローブに動きやすい冒険服のところを見ると、あまり贅沢はしたくない性格なのかもしれない。


「……よくぞ来た、【勇者】とその従者よ」

「御拝謁にあがり、光栄です陛下」


 そう言ったマハト王に対し【勇者】様は恭しく跪き、定型文を並べる。

 俺と【魔王】様は【勇者】様に倣って同じように跪いた。

 【勇者】様はともかく【魔王】様が何の躊躇もなく跪いたのが驚き……って【魔王】様ものすごく嫌な顔をして跪いていらっしゃいますね。


「軍の早馬にて結果は当に知っておる。……敗れたそうだな、【勇者】?」

「その通りでございます」

「その通りでございます……だと?」


 途端にゾワリと背筋をミミズが這いずり回るような感覚に襲われる。

 明らかに怒りを孕んだ言葉が王の口から放たれたのだ、これに冷や汗をかかない輩はいない。

 【勇者】様が額から一筋の汗を流しているところを見ると、相当ヤバい状況のようだ。


 俺は王の顔を見るのを止め、深くうなだれる。

 あんな化物の顔なんか、とても直視できない。


 マハト王は類稀なる才覚と能力(・・)で商人から王まで上り詰めた異例の人物だ。

 そんな人相手に顔を見られるのは、まずい。


「……お言葉ですが、陛下は私に辺境の――」

「言い訳など聞きたくはない……! どんな理由であれ貴様(・・)が就いておきながらこの様は何だ!? 貴様がわが軍に属する将であったのならば晒し首にしているところだぞ!」

「――申し訳、ございません」


 理不尽、圧倒的理不尽。

 【勇者】様の口振りからすると何か王に頼まれ事をされていたみたいだ。

 だから【勇者】様はあの場所に遅れてきたのか。

 その悔しさは、【勇者】様の苦悶に満ちた顔が物語っていた。


 しかし、マハト王は止まらない。


「【勇者】よ、貴様がいかに【七英雄】に名を連ねる者とは言え、それ相応のケジメしてもらわなければならぬ。どうだ【勇者】よ、民に無様な姿をさらすのと――」


 マハト王はそこまで言うと、おもむろに跪く【勇者】様の前まで歩いてやってきて、


「――掃除、どちらがよい?」


 マハト王自らがはいているピカピカに磨かれた靴を【勇者】様の前に差し出した。


「っ!」


 あの野郎……自分が何を言っているのか分かってんのか?

 俺は再び顔を上げ、マハト王の方を見る。

 マハト王はニタニタと下種な笑みを浮かべて【勇者】様を見下しているところを見ると、本人は心底楽しんでいるようだった。


 【勇者】様、そんな奴の靴なんか掃除する必要なんかないですって。

 だからその近づけた顔を早く離すんですよ!

 やめてください、やめて、あなたは何も悪くなんかない、やめろ!


 しかし、そんな俺の願いも空しく、この空間にただただ、【勇者】様が()で掃除する音だけが響いていた。



◆ ◆ ◆



「さっきは情けない姿を見せて……ごめん」


 王宮から出てきた俺たちの中で真っ先に口を開いた【勇者】様はそう俺たちに謝罪した。

 その姿はとても見ていられるような姿ではなく、俺は目をそむける。

 いくら【勇者】と言えど、まだ十八の少女なのだ。

 その精神が繊細な少女にあの王は……!


「アラン、手に血が滲んでおるぞ」

「……ありがとうアラン。私のために怒りを持ってくれるだけで嬉しいよ」


 ……俺は気付かないうちに血が滲むほど手を握りしめていたらしい。

 しかし、返ってその痛みで少しは冷静になれた。


「【勇者】様、この国から出ましょう。この国にいる理由はないはずです」

「……そうだね、もう……この国にいる理由はない」


 俺は【勇者】様のその言葉を聞くに否や【勇者】様の手を取って城門へと歩みだす。

 【勇者】様はその俺の行動に一瞬目を見開いたが、何も言わずに俺に引かれるままにしてくれた。

 これで精神が参っていないはずもない。

 だったら少しでも早くこの場所から離れないと。


 だが、それを拒む者が現れた。


「ちょっと待ってください!」


 背後から聞いたことのあるような声が飛んできた。

 俺たちは何事かと振り返ると、そこには鎧を着こんだままの騎士団長様が走ってきている姿が目に飛び込んできた。

 その姿に、【魔王】様は少し顔をしかめる。


「どうしたの? フェル」

「あぁ、これは【勇者】殿。なんとお声を掛けてよいのやら……」

「普通に接してもらえると私としてはありがたい」

「……わかりました。実は、一つ聞いておきたいことがありまして……」

「何かな?」


 この騎士団長、よくのこのこと【勇者】様の姿を見せれたよな。

 当の本人はあの地獄に行かずにこの城で傍観していただけなんだから。


 しかし、これも騎士団長様に言っても仕方のないこと、この騎士団長様もマハト王の命令で戦場に赴くことが出来なかっただけなのだろうから。


 騎士団長様はしっかりと息を整えてから【勇者】様を見据え、どこか嬉々とした感情を孕みながらこう言った。


「あの伝説の牙獣バハムートを倒したって本当ですか?」

「あぁ……倒したけど私じゃないよ。ほら、そこにいるアランが倒したんだよ」

「……あなたが?」


 話題はバハムート。

 そのバハムートという言葉が出てきた時点で【魔王】様はどこか愁いを帯びた表情になったのを、俺は見逃さなかった。

 聞けば【魔王】様にとってバハムートはペットのような存在だったようで、俺としてはペット殺しと見られてもおかしくない。

 しかし、それを全く話題にしない【魔王】様の優しさが嬉しく、俺たちも話題に出さなかったのだが、不幸にも騎士団長様によって話題が上がってしまった。

 早急に話題を終わらせる必要がある。

 【勇者】様もそう思ったのか話を切り上げようと気を使ってくれた。


「本当だよ。でね、私たち急いでいるんだ。本当ならアランの武勇伝を聞かせてあげたいけど、ここは勘弁して」

「……そうですか。なら、せめて貴方のフルネームを聞かせてください!」


「アラン=レイト。この国軍に三日前配属された元掃除係りですよ」

「へっ?」


 その俺の言葉を聞いた騎士団長様は呆気にとられた顔をし、俺を見つめている。

 大方どこぞの有名な客将とでも思っていたのだろう。


 だが残念、俺はただの三十路前のおっさんだ。


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