第20話 天地開闢(てんちかいびゃく)
「ここが港町ヨーグルトか……」
レイラと別れて数日後、俺達は新しい町へと来ていた。
港町ヨーグルト。
海に面していることから、貿易や造船、漁業などが盛んな町だ。
「港町だから……やっぱり魚料理かな!?」
「なんでいきなり昼食の話してんだよ……」
メリスはすでに昼食が楽しみなようだ、まだ宿も決まってないのに。
「とりあえず宿を取って、それから依頼を見に行こうか」
「そういえば、ここはギルドでも依頼を扱ってるんだよな?」
町の地図を眺めているグリーが傾く。
冒険者ギルドには、依頼を扱っている所といない所がある。
チョコレート町は後者だったけど、この町は前者らしい。
「でも、ギルドに寄せられた依頼はギルド所属の冒険者に優先されるから、僕達みたいな旅の冒険者は酒場に行った方がいいかもしれないよ?」
「ん~でも、やっぱり良い依頼は冒険者ギルドの方にいくよな?」
「ギルドが信頼されていれば、ね」
どこの誰が受けるか分からない酒場より、町に根付いてるギルドの方に依頼は多くいく。
……でも、俺達が受けられるのは余ったものなんだよな……。
「まぁどっちでも良いと思うけど、参考までに、この町のギルドはとっても信頼されてるみたいだよ?」
グリーはそう言って、町のパンフレットを見せてくる。
パンフレットの最初の方に、ギルドが大きく載せられていた。
「ボランティアとかもしてんのか……」
「宣伝も兼ねてるんだろうけど、良い心がけだよね。
……それと、この町のギルド長は『大魔導師』らしいよ」
「ハ、『大魔導師』!?」
「兄さんそれ本当!?」
グリーの言葉に、俺とメリスは驚く。
『大魔導師』。
魔法使いの称号の一つだけど……この称号を持ってる人は、世界に100人いるかどうかって言われてる。
少なくとも魔法方面においては、A級冒険者よりも上だろう。
「すっごーい!!こんな短い間に『大魔導師』に二人も会えるなんて!!」
………二人?
「前に誰か会ったっけ?」
「………何言ってるのハディ」
「そういえばハディくん、最初に会った時名前聞いても分かってなかったね」
なんかバカにされてるような……。
「イアさんだよ!イアさんも『大魔導師』なの!!」
「え?あれ、でも、魔法使いの称号ってまだ上があったような……」
ランディアさんは『魔塔』だろ?
当然一番上の称号を持ってるはずじゃ……。
「ランディアさんは『魔塔』で唯一の『大魔導師』なんだよ。
……だから、こういうのはなんだけど『魔塔』においては末席なんだ」
「末席!?」
あのランディアさんが!?
「といっても、彼女は『大魔導師』では間違いなく頂点だから。
比べたらやっぱり劣るだろうけど……」
「それでも!『大魔導師』なんて滅多に会えるものじゃないんだから!どんな人なのかな~?」
「……そうだね」
うれしそうなメリスに、グリーは苦笑いをしながらこう言った。
「『紫黒の魔女』。結構厳しい人らしいよ?」
「いらっしゃーい!」
適当に宿を取って冒険者ギルドに入った俺達を、なんとも変わったあいさつが迎えた。
ギルドなのにいらっしゃいって……。
「見ない顔だけど、冒険者の人かな?本日はどんなご用で?」
その人はニコニコと笑みを浮かべて俺達に近づいてきた。
肩より少し長い金髪を一つに束ね、亜麻色の瞳でこちらを見ている。
顔は中性的だけど、声は少し低めだからたぶん男だろう。
「あの、依頼を見に来たんですけど」
「依頼!?うわーナイスタイミング!!」
ナイスタイミング?
「ギルド長ー!!冒険者の人達が依頼を受けたいそうでーす!!」
ギ、ギルド長!?
いきなり『紫黒の魔女』に会えるのか!!
「………ふぅん?」
奥から出てきたのは、……正直予想外なことに、若い女の人だった。
年齢はおそらく二十代半ばだろう、かなりの美人だ。
紫黒色の髪は背中よりも長いストレート、瞳は……なんと赤紫色、初めて見た。
ちなみに、髪の色も瞳の色も黒か茶色が一般的だ。
髪はたまに金色とか灰色とかいるけど、瞳はほとんどの人が黒か茶色、もしくはその系統だろう。
レイラといいこの人といい、珍しい瞳の人によく会うな……。
「………」
その人は俺達三人をじっくりと見て、こう言った。
「帰んなさい」
………え?
それだけ言うと、その人はまた奥へと下がっていく。
「ちょっ!!ご、ごめんちょっと待ってて!!」
男の人は俺達にそう言うと、慌ててギルド長を追いかけていった。
『なんであんなこと言うんですか!?せっかくのチャンスなのに!!』
『あんな小童共に受けさせる依頼なんてないわ』
『そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!!
今どれだけ依頼がたまってると思ってるんですか!?』
『あんたがやればいいでしょ、コウル』
『俺だけでこなせる量じゃないですって!!
期限が迫ってる依頼だってあるんですよ!?』
『休日返上で働きなさい』
『ここ二週間休日ゼロですってば!!』
……なんか奥から会話が聞こえてくる。
苦労してるっぽいなあの人……。
『あの三人にやらせれば俺の負担が減るんですから、こき使いたいならあの三人をこき使って下さい!!』
何か奥で勝手なこと言ってないか!?
『……仕方ないわね』
了承した!?
二人は俺達の前へ戻ってきた。
「どーも、ギルド長のプラム・ブラックネスよ。よろしく」
プラムさんはめんどくさそうに自己紹介をする。
……この人が『大魔導師』、なんだよな?
「ごめんね君達。この人こんな人だから」
「どういう意味かしら?」
「決まってるじゃないですか。ギルド長は性格がぶっきらぼう過ぎるんですよ。
そのせいで旅の冒険者は依頼を持っていってくれないし、新人はあまりに仕事がきつすぎてすぐに辞めちゃうし。
この前の町のボランティアだって断ればいいのに受けて俺達にやらせて、しかもその後依頼もこなさなきゃいけなくて。
それなのにギルド長は仕事そっちのけで研究研究!
本当に自分勝手っていうかわがままっていうか自己中っていうか……」
何かグチ言い始めてる……。
……あ、プラムさんの周りが黒く光った。
「ダークネスソード」
ジャキッ!
「………どういう意味かしら?」
「いえなんでもありません!!ギルド長はとても素敵な人です!!」
首に黒い剣を突き付けられて男の人は態度を180°変えた。
プラムさん今『詠唱』なしで魔法使ってたな。
応用魔法でそんなマネができる辺りさすが『大魔導師』ってところだけど、
完全に脅しだ!!
「それで、依頼を受けたいんですって?」
「え、あの俺まだ自己紹介……」
「仕方ないわね、10秒あげるわ」
「短すぎますって!!」
「9、8……」
「コウル・フレディア22才男!!このギルドのエース!!まぁギルド所属俺一人だけどね!!」
「……ちっ、3秒残ったわ」
「何で舌打ちしたんですか!?」
大変そうだなこの人……。
「と、俺ハディ・トレイト。D級冒険者です」
「私メリス・テーナス!!『魔導師』です!!」
「僕はグルード・テーナス。ハディくんと同じD級冒険者です」
忘れないうちに俺達も自己紹介をする。
「ふーん、で、依頼を探しに来たのよね?」
「あ、はい!」
「悪いけどよそ者に受けさせる依頼なんてないわ。
酒場と違って、ギルドは信頼が第一なの、万一不祥事なんて起こされたらたまったもんじゃないのよ」
プラムさんはいぶかしげな顔をする。
いきなりそんなこと言われてもな……。
「僕達は一生懸命依頼をこなすつもりです。
いきなり疑われてもどうしようもないのですが?」
「そうですよギルド長!この人たちをこき使いましょう!!」
真剣な顔で言うグリー。
コウルさんも言い方がちょっと気になるけど味方みたいだ。
「コウル、あんたは楽をしたいだけでしょう?」
「はい!!」
「………ダークネスソード・浮遊する剣」
空中に3本の黒い剣が現れ、
コウルさんの顔、首、左胸に突き付けられる。
「楽というかなんというか!!今日中にやらないとまずい依頼が二件もあるので!!」
「両方あんたがやりなさいよ」
「両方一日がかりの依頼なんです!!!」
剣を突き付けられつつコウルさんが必死に懇願する。
……大変そうだな、この人……。
「………仕方ないわね」
プラムさんは小さくため息をつき、黒い剣を消す。
「それじゃ、そのうちのどちらかをあんた達にお願いするわ」
「え、いいんですか!?」
「依頼の期限に遅れるなんて論外だもの」
なるほど、そりゃそうだ。
「これがその二件の依頼だよ」
コウルさんが二つの資料を持ってくる。
『近海の魔物調査』と『アクアポニックスの収穫手伝い』か……。
「……アクアポニックス?」
「へぇ、この町は養殖も有名って聞いてたけど、そんなのもやってるんだね」
「兄さん、アクアポニックスって何?」
興味を持ったのか、メリスがグリーに聞く。
「農業と養殖を組み合わせたものだよ。
養殖排水を水生植物に与えることで環境汚染を少なくして、同時に植物への肥料代を浮かせることができるんだ」
「……ごめんグリー、もうちょい分かりやすく」
「分かりやすく言ったつもりだけど……」
グリーは苦笑いを浮かべ、詳しく話し出す。
「流石に養殖は知ってるよね?」
「魚を育てて売る職業だろ?」
それぐらいは誰でも知って……あ、メリスが顔を背けた。
「養殖って水が大事なんだけど、ずっと同じ水で魚を育ててたら水が汚れるでしょ?」
「そりゃ生物を育ててるんだからな」
「だから定期的に水を入れ替えるんだけど、それを川や海に直接流したら環境汚染になっちゃうんだよ」
「あ、なんか聞いたことあるな、それ」
「でも、その汚れって植物の肥料になるんだよ。
だから、汚れを植物に吸収させることで環境汚染を少なくして、なおかつ植物に栄養を与える。
そういう利点があるし、植物と魚両方を収穫できる。
それがアクアポニックスだよ」
「なるほど、なんとなくだけど分かった」
「………つまり?」
ダメだ、メリスは分かってない。
「……つまり植物と魚を同時に育てる職業ってことだ」
「な、なるほど!!」
大ざっぱに概要だけを話す。
さすがにこれなら分かるみたいだ。
「おもしろそう!!この依頼受けようよ!!」
メリスが資料を持って言う。
なんか興味がわいたみたいだな。
「そうだな、俺もやってみたい」
「うーん……」
「どうしたグリー?」
グリーが顎に手を当てて何かを考えている。
何か引っかかることでもあるのか?
「いや、どうしてわざわざギルドに依頼を出したのかと思ってね……」
そういえば……、収穫なんて別に冒険者に頼む必要ないよな。
「簡単な話だよ。依頼を出さなきゃいけないような収穫物ってこと」
コウルさんがニコニコと笑いながらグリーの疑問に答える。
「そこでは魔草と魔魚を育ててるんだよ。両方低位だけどね」
「あ、なるほど」
それなら納得だ。
そういや牧場とかでも、冒険者を雇ったりするって聞いたことあるしな。
「低位ならそこまで危険でもないかな。問題は数だけど……」
「一日がかりでやらなきゃいけないぐらいの数、だよ。
ただ、慌てる必要はないから、ゆっくり確実にやってくれれば構わないよ」
「あれ、でも今日中にやらなきゃまずいんじゃ……」
「まぁ、いくらゆっくりやっても夕食までには終わると思うよ」
ってことは、八時間もあれば終わるのか。
「依頼料は1万5000Gだよ」
「おっ!けっこうな額ですね!」
「その分しんどい作業だけどね。
俺としてもこの仕事をやってくれるとありがたいかな」
さっきから思ってたけど、正直だなこの人。
「……この依頼主はお得意様だから、できればコウルにやって欲しいんだけどね」
「何言ってるんですかギルド長!!『近海の魔物調査』だって大事でしょう!!
ひょっとしたら危険な魔物がこの町を襲うかもしれないんですよ!?」
「で?」
「要するに、『近海の魔物調査』の方が楽ができるじゃないですか!!」
言った!?聞かれてもいないのに隠すべき本心を言った!?
「……たまにあんたの脳が心配になるわ」
「え?」
「……仕方ないわね。コウルも疲れてるみたいだし、たまにはいいか」
「本当ですかギルド長!?」
「ただし、手を抜いたら承知しないわ。
万一そんなことしたら、あんたの睡眠時間を半分にするから」
「絶対に手抜きなんてしません!!!」
なんでギルド長が冒険者の睡眠時間を管理してるんだ……?
「ほら、受けるなら契約書を書きなさい」
「あ、はい」
契約書に必要事項を記入してプラムさんに渡す。
「それじゃ、これが地図だよ。
町の外れだから少し遠いけど、せっかくだから町の観光もしていったらどうかな?」
「あーそうしたいところですけど、依頼の方が優先しないといけませんし」
町を観光してて依頼に遅れた、なんてシャレにならない。
ってか、どうせなら依頼を受けてない時に思いっきり遊びたいしな。
「殊勝な心がけね。
……実行できるかどうかは別問題だけど」
なんか、プラムさんはまだ俺達を信用してくれてないみたいだな。
まぁ、行動で示せってことか。
「連絡はこっちでしておくよ。
依頼主を不安にさせるといけないから、1時間以内には着くようにしてね」
「……大丈夫だと思います。
この距離なら30分あれば着きますから」
「まぁ、途中迷うかもしれないけどな」
今日来たばかりだから道なんて知らないし。
地図があるから大丈夫だとは思うけど。
「それじゃ行ってきます」
「行ってきまーす!!」
「行ってらっしゃーい!」
コウルさんに見送られ、俺達は依頼主の所へと向かった。
今回はそんなに危険な依頼でもないみたいだし、けっこう気楽にやれるかな?
サブタイトル解説
天地開闢
天と地ができた世界の始まりのこと。
ちょっと極端ですが、第三章の始まりということで使いました。
アクアポニックスについては、
魔物を使っているため実際のものと違ってたり、
ありえないようなことをしてたりするかもしれません。
広い心で見て頂ければと思います。
というわけで次回予告です!
「ハディだ。
……あんまり前置きが長いのもなんだし、
さっさと次回予告するか。
俺達は話をしながら依頼の現場へと向かう。
現場に到着した俺達は
初めて見る養殖場、農場を楽しみつつ、依頼を始めるんだけど、
……なんか、見たことある奴がいるぞ。
次回、冒険者ライフ!第20話『共存共栄』。
思ったよりも、この依頼大変かもな……」