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【連載版】あの日、妻と子を殺したあなたへ ―見殺しにされた私は、愛する夫と我が子と幸せに生きます―  作者: 星谷 明里


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32話 幸せ

 夜空に銀色の星が瞬く美しい夜のこと――


 アルバラード辺境伯邸を、優しい月明かりが照らしていた。

 マテオが三歳になった年の秋の日に、ヴィオラとレアンドロには二人目の子が産まれた。


「エレーナの瞳は、ヴィオラと同じですね……なんて可愛いんだ」


「でも、髪の色はレオ様とマテオと同じですわ。とても綺麗な金色……」


 ヴィオラは生まれたての娘の頭にそっと触れて、愛しげに見つめた。


「可愛いエレーナ……生まれてきてくれてありがとう」


「あかちゃん、かわいいね」


「マテオの妹だよ。エレーナというんだ」


 エレーナを覗き込んだマテオの頭を撫でて、レアンドロは柔らかに微笑んだ。


「エレーナ……ぼくのいもうと?」


「そうよ。マテオはエレーナの兄様になったのよ」


「にいしゃま……」


 エレーナを見つめ、笑顔を見せたマテオに、ヴィオラとレアンドロは微笑みを交わした。


「愛しいヴィオラ……マテオに続いて、こんなにも可愛い子を産んでくれて、本当にありがとうございます」


「かあしゃま、だっこ〜」


「マテオ、母様はもうねんねの時間だから、父様が抱っこしてあげるよ」


 レアンドロは屈んでマテオを抱き締めると、ヴィオラに微笑みかけた。


「ヴィオラ、マテオは私が寝かせるので、ゆっくり寝てくださいね」


「レオ様……ありがとう」


「エレーナはエッダが見てくれます。医師たちもいますから、安心して休んでください」


「ええ……」


 控えていた医師たちにエレーナを託すと、ヴィオラはマテオをそっと抱き締めた。


「マテオ、母様におやすみなさいは?」


「かあしゃま、おやしゅみなしゃい。ねんねしてね」


「ええ、母様はねんねするわね。可愛いマテオ、おやすみなさい」


 ヴィオラはマテオの柔らかな額に口づけをした。

 静かに部屋を出ていくレアンドロに微笑みかけてから、ヴィオラは柔らかな寝台へと沈んだ。

 その後すぐに、医師やメイドたちがエレーナを連れて部屋を出て行った。


(エレーナは、眠ってくれるかしら……)


 ヴィオラは、生まれたばかりの小さな娘を思い浮かべながら、眠りに落ちていった――


「オムツもお風呂も任せてください。ヴィオラは安心して休んでいてくださいね」


 マテオを熱心に育てたことで、すっかり育児に慣れたレアンドロは、マテオだけでなく、生まれたてのエレーナの世話も率先して行った。


「エレーナと少し散歩をしてきます。マテオとゆっくり寝ていてください」


 エレーナが夜泣きしたとき、レアンドロはいつもエレーナを抱いて月明かりの下を歩いた。


(マテオの時も、同じようにしてくれていたわね……)


 窓の外からは、柔らかな響きの低い歌声が微かに聞こえてくる。レアンドロの子守歌だ。

 ヴィオラは窓辺に立つと、娘を抱いて夜の庭園を歩く夫の姿を眺めた。その愛おしい光景は、彼女の心を温かく満たした。


「ヴィオラ……その、貴女にこれを――」


 エレーナの首が座った頃、レアンドロは白い小箱をヴィオラに差し出した。


「これは……?」


「開けてみてください」


 少しだけ恥ずかしそうな、期待を滲ませたレアンドロの眼差し。

 ヴィオラが小箱をそっと開けると、中には花を模した金細工の美しい髪飾りが入っていた。丸い花びらには、澄んだ紫色の宝石が煌めいている。


(なんて素敵な髪飾りなの……)


「宝石や部品は取れないように作られています。これなら、ヴィオラも安心して着けられるかと思って……」


「レオ様……」


 ヴィオラの胸を熱く包んだ感情は、言葉にならなかった。

 三年前、マテオが生まれて間もない頃、レアンドロはヴィオラに紫色の宝石のアクセサリーを贈ろうとした。最高級の大きな宝石の付いたネックレスとイヤリング、そして指輪のセットだった。

 けれど、ヴィオラは『子供が小さいうちは着けられないから』と遠慮したのだ。


(レオ様は、わたくしのために……)


 様子を窺うレアンドロに、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。


「とても嬉しいですわ。……ずっと大切にします」


「……気に入っていただけましたか?」


「ええ、とても……毎日付けますわ」


 ヴィオラにとって、この髪飾りは特別な宝物になった。

 それは嬉しそうに笑ったレアンドロは、ヴィオラから髪飾りをそっと取ると、彼女の髪に留めた。


「とても、よく似合っています……愛しいヴィオラ」


 幸せそうにはにかんだヴィオラは、その日から毎日その髪飾りを着けて過ごすようになった。

 エレーナが髪に手を伸ばすようになると、ヴィオラは髪を後頭部でまとめるようになり、髪飾りは後ろに留められた。

 紫色の宝石は、ヴィオラの美しい黒髪をいつも彩った。

 その姿を、レアンドロは愛おしそうに見つめた。


 そして、レアンドロの優しさは、ヴィオラの体が回復してからも変わらなかった。


「ヴィオラ、お疲れさまです。蜂蜜入りのホットミルクとパンケーキです。少し休憩しませんか」


「レオ様こそ、お仕事もあってお疲れでしょう? 今日の夜は、わたくしがエレーナを見ますわ」


「夜くらい、ゆっくり休んでください。ヴィオラは、私たちの子を命懸けで産んでくれたでしょう? 私も、出来ることをしたいんです」


「レオ様……」


(本当にお優しい方……わたくしは、世界一の幸せな妻だわ)


 いつでもヴィオラを想い、気遣ってくれるレアンドロを、彼女も心から愛した。


 ◇


「辺境伯閣下、おはようございます」


「ああ、おはよう」


 エレーナが産まれて半年が経った頃、レアンドロは娘をおぶって執務室にいた。黒い礼装には、白いおんぶ紐が幾重にも巻かれている。


「あう〜」


「エレーナ様は、本当に愛らしいですね」


「そうだろう? ヴィオラにそっくりなんだ」


「将来が楽しみですね」


(瞳の色はヴィオラ様だけど、顔立ちは閣下にそっくりだけどなぁ……)


 嬉しそうに表情を緩ませるレアンドロに、ロレンツォは何も言わず笑顔を返した。


「エレーナ、お利口さんにしていてくれよ」


「だ〜」


「…………心配だ」


「えっ?」


「私の愛するヴィオラに似て、こんなにも愛らしいんだ。将来、おかしな男が寄ってこないように、大切に守ってあげないと……」


(いや、その心配は必要なさそうな気がするけど……)


 何せ、エレーナは『氷の貴公子』と呼ばれたレアンドロによく似た顔立ちだ。近寄り難い雰囲気の美女に成長するのでは――ロレンツォはそう思った。


(まぁ、もしヴィオラ様そっくりに育ったら、邸から出さないだろうから……閣下似で良かったんだろうな)


 庭からは、マテオのはしゃぐ声が聞こえてくる。

 レアンドロは、窓に視線を向けたロレンツォに小さく笑いかけた。


「マテオが赤ちゃん返りをしていてね、ヴィオラを独り占めする時間を作っているんだ」


「なるほど。それでエレーナ様をおんぶされているんですね」


「ああ」


 キリッとした表情で頷いたレアンドロに、ロレンツォは口元をきゅっと結んだ。背後で、エレーナが小さな手足をばたつかせているのが見えたからだ。


「赤子をおぶって仕事をする辺境伯なんて、きっと閣下くらいですよ」


「そうか?」


「はい」


 執務室に、二人の小さな笑い声が響いた。


 ◇


 すっかり日が沈み、邸を柔らかな月明かりが照らしていた。


「ふぅ、やっと寝てくれましたね……」


「レオ様のおかげですわ。いつも感謝しています」


「感謝しているのは私の方ですよ。こんなにも愛らしい子を二人も産んでもらって、いつも感謝の気持ちでいっぱいです」


 ヴィオラとレアンドロの二人は、子供たちの寝顔を見ながら囁きあった。

 部屋の明かりは全て消され、窓からは優しい月明かりが差し込んでいる。

 エレーナは赤子用の柵付きのベッド、マテオは二人が眠る大きな寝台の真ん中で寝息を立てている。


「ヴィオラ、こちらへ来てください」


 声を潜めてそう言うと、レアンドロはソファに腰掛けて、小さく手招きをした。

 ヴィオラは彼の隣へと、静かに腰を下ろす。


「そこじゃなくて、ここですよ」


 レアンドロはヴィオラを抱き寄せて、膝の上へと座らせた。少し恥ずかしそうに彼を見上げたヴィオラは、その胸に体を預けた。

 レアンドロの胸から聞こえる柔らかな鼓動と、その温もりに、ヴィオラは幸せそうに頬を寄せた。


「ヴィオラ、無理はしていませんか?」


 髪を撫でる優しい手の感触に、ヴィオラは淡い笑みを浮かべた。


「一人で抱えずに、何でも話してくださいね。……私たちは、夫婦なんですから」


「レオ様……」


 ヴィオラは愛しげに彼を見上げると、その頬にそっと唇を寄せた。

 頬に触れた柔らかな熱に、レアンドロの頬は淡く染まる。


「レオ様、大好きですわ。愛するレオ様の妻になれて、わたくしは世界一幸せです」


 そう言って微笑んだヴィオラに、ほんの僅かに眉を寄せたレアンドロは瞳を滲ませた。


「私も、ヴィオラを愛しています。世界一幸せなのは、私も同じです」


 レアンドロはそう囁くと、ヴィオラの額と頬にそっと口づけを落とした。


「愛しいヴィオラ……エレーナが歩けるようになったら、また一緒に菫の花畑に行きましょう。家族四人で……」


「ええ、楽しみにしていますわ」


 二人は、それは幸せそうに微笑みあった。


 二人分の小さな寝息が響く静かな部屋を、柔らかな月明かりが照らしていた――




【あとがき裏話】


レアンドロ「エレーナ! 一体どんな男なら婚約すると言うんだ?!」


エレーナ(18歳)「あら、わたくしは、お父様よりも素敵な方でないと結婚できませんわ」


ヴィオラ「困ったわね……そんな方、この世界のどこを探しても、きっと見つからないわよ」


マテオ(21歳)「ははは。エレーナは言い出したら聞かないと思うよ」


レアンドロ(ああ! どうすれば良いんだ!! このままでは、エレーナは……)


レアンドロ「――はっ!?」


ヴィオラ「レオ様、大丈夫ですか? うなされていましたわ」


エレーナ「ばぶー」


レアンドロ「……夢だったか」

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