雨乞いの巫女(1421文字)
ときは古代。人々がまだ、藁葺きの屋根の下で暮らしていた時代。
現代では信じられないだろうが、この時代には本物の雨乞い師がいたのだ。
──さて、名梨村というある小村が、長い間雨に恵まれずにいた。
「こんままじゃ、作物が全部枯れちまって、そのうちみんな飢え死にしちまう」
「んだんだ。ちっと高いが、上等なお布施を用意して、遠くのミヤコ山から雨乞いの巫女様に来ていただくしかねえ」
んだんだ、と村民の意見が一致した。
村で一番の織物と、あるだけの銅貨と、珍味の数々を持って、使いがミヤコ山へと向かった。
その二日後、村の使いは、雨乞いの巫女様と、その従者たちを引きつれて帰ってきた。
「みんなぁ、よろこんでけれぇ。うちの村の惨状をおつたえしたら、巫女様たち、すぐかけつけてくれたぁ」
わっと村民が湧く。
まるで天女のような召し物を着た巫女様は、あくまでも謙虚に頭を下げる。
「私は雨神様の思し召しを、ただ皆さまに施すために生きている身。お困りとあらば、いつでも馳せ参じます」
そうして、さっそく雨乞いの儀式が始まった。従者たちが儀式の場を整えたあと、菖蒲の葉を編んだ仗を振って、その真ん中で巫女様が舞い踊る。その舞はまさに優美で、天におわす神も、きっと見惚れるだろうと思われた。
舞が終わった。
「あとは、雨神様の恵みを待つのみであります……」
村人は固唾を飲んだ。空はまだ青く、高く日が照っていたからだ。
しかし、その中の一人があっと声を上げた。
「あっ、見ろお」
指さす先はなんと、ミヤコ山の向こうの空。そこから、灰色の雲が昇ってくる。
「ああ、間もなくでございます」
巫女様が呟いた。村人たちは轟くような歓声を上げた。
雨雲が村へ届くのを待つ間、村人たちは巫女様へ感謝を述べつつ、更なるもてなしの席を用意した。
そしてとうとう、日の傾くころには雨が降り出した。
「なんとお礼を言えばいいのか。巫女様、これで村は助かりました」
雨が降るのを見届けたあとの別れ際、老村長が巫女様の手を固く握り、頭をたれた。
巫女様はやはり謙虚に首を振った。
「これこそ、雨巫女の本望でございます。また用があれば、いつでも呼んでください」
村人全員の涙を背に、雨巫女様の一行は村を後にした。
それから──村が見えなくなった、ミヤコ山へと戻る最中の、道すがら。
従者の傘の下で、雨巫女様がいう。
「二の月の──十八の日。名梨村にて、夕の刻、雨。秘伝の台帳に、記して置いて頂戴ね」
「はい、姉さま」
従者は、懐から小さな手帳を取り出して、器用にメモを取る。
もう一人の従者が、雨巫女様へ耳打ちする。
「それから──もう一件入っていた雨乞いの申し出──江縫村についてですが、こちらは秘伝台帳を確認すると、過去五十年……一番雨降りの日が重なったのは、二の月の、二十五の日にございます。ミヤコ山からはせいぜい一日で着く距離ですので、他方の用事があるのだと適当に理由をつけて、来訪を遅らせております」
「ありがとう。まったく……名梨村はこれだけ遠いのに、今日が過去五十年で最も雨の降りやすい日だったから……急がされてしまったわ。次のところへはしっかり休んでから、ゆっくり向かうことにしましょう」
「はい、姉さま」
古代、本物の雨乞い師はたしかに存在した。
そこには、門外不出、一子相伝の秘術が存在する。
それは毎年、各地方の気象状況を記録し、蓄積することであり、それらから降雨パターンを読み解き、もっとも降りやすい日に合わせて、村を訪れることであり……。




