第9話 ダイブ!
——ここだ……
仕事終わりに僕は再び休憩スペースの絵の前へと立っていた。
——この絵を見ていたらいつの間にかタイムスリップしていたんだ……
パークの入り口が書いてあるこの絵。僕はペタペタとその絵の周りに触ってみる。絵も壁もなんの変哲もない普通の絵と壁だ。この壁が回転扉のようになっていて、裏がタイムマシーンの秘密基地になっていやしないかと思ったが、別にそんなことはないらしい。
——何も起こらないな……
しばらく絵を見つめてみたが、特に何か起こる様子はない。もしかしてこのタイムスリップには回数制限などあるのだろうか。一人一回までだったりするのか。それとも何か、きっかけやキーとなる動きのようなものがあるのか……。
「タイム……トラベル!」
しーん
「タイム……スリップ!」
しーん
恥ずかしい。何か掛け声が必要なのかと思って叫んでみたが特に何も起きる様子がない。タイムトラベルじゃダメなのかと思ってタイムスリップとも言ってみたが、そちらも空振りだったようだ。
うーん、前にタイムスリップした時は何をしていたっけ。確か、なんとなく壁を見つめていたらビッグボスがやってきて……。そうだ、ビッグボスが新人の頃の話をしていて……ビッグボスの新人の頃ってどんな感じだろうと考えていたら急に……。
ぐわぁぁあん
——うわ、きた!!
その瞬間視界がぐにゃりと曲がる感じがして、絵の方に引き寄せられる感覚がした。そうだ、前もこんな感じで絵の中に飛び込んだんだ。よし、この現象を『ダイブ』と名付けよう。僕はこの絵に『ダイブ』して、過去のパークへとタイムスリップするのだ。『ダイブ』……、我ながらかっこいいな。ナイスネーミングセンスだ……。
◆◆◆
「はっ……!」
気がつくと僕は再び絵の前に立っていた。少しだけ綺麗に感じる壁と絵。どうやらタイムスリッ……いや、『ダイブ』に成功したようだ。
——マエダさんはいないな……
辺りをキョロキョロと見回してみる。休憩スペースには誰もおらず、マエダさんもいないようだった。
——とりあえず外に出てみるか
そのまま僕は外に出て、再び様子を確かめてみた。以前は混乱していたこともあり、冷静にパークの様子を確かめることはできなかった。今冷静さを取り戻した頭でパークを歩くとはっきりわかる。今はないエリアやアトラクション、逆に今はあるアトラクションがない。パークの中も十年も経つとここまで様変わりするのだ。
——あ、もしかして……
僕は思い立って入り口近くのカフェのテラス席まで足を伸ばしてみた。そこには10年後のパークでも毎日見かけるあの常連のお客様がいたのだった。
「うわ!! デイちゃんだ!」
「え?! そうだけど、あなた誰?」
——そうか、この時はまだ知らないか
知っている顔を見かけて嬉しくなって声をかけてしまったが、こっちのデイちゃんは僕のことを知らない。デイちゃんとはパークが開業して以来365日毎日パークに通っている常連しんである。正直その話を聞いたときは疑っていたが、こうして10年前にタイムスリップしてもいるということは本当にずっと毎日パークに通っているようだ。
「うわー! 本当にずっと毎日来てるんですね?!」
「きゅ、急に何よ」
「いや、すいません……! なんか感動しちゃって……!」
「そんな感動するようなものでは……」
「いや、本当にすごいです」
「……。どうして私が毎日来てるって知ってるの?」
「え……?」
「いや、あんまり人に言ったことなかったから……。どうしてかなと……」
——ま、まずい
10年前の時点ではデイちゃんが毎日パークに来ていることは知られていなかったようだ。
「い、いや……。その……スタッフ仲間で噂になってまして、毎日来てるんじゃないかって。それで話しかけてみたというか……」
「ふーん……」
やばい。すごく怪しまれている。こういう時の解決方法を僕は知っている。
「あ、そうだ! シール! シール集めてますよね? クリスマスの限定のシールあげますよ!」
「え、いいの? やったー!」
喜ぶデイちゃん。そう、デイちゃんは無類のシールコレクターだ。ポーチからシールを取り出して、デイちゃんに手渡す。
「はい、これです」
「ありがとう……ん? 何これ?」
「え?」
「22周年って書いてるけど……。今年は12周年じゃ……」
——あ、まずい!!
デイちゃんに渡したシールにはパーク開業22周年のマークが入っていた。そうだ、今僕が持っているのは10年後のパークのシールだ。今この時代の人に渡すわけにはいかない……。
「あ、これすいません! やっぱり返してください……!」
「いいけど……。これなんなの?」
「これはーそのー。あれです。ミスプリントというか……。業者がミスっちゃったみたいで。えへへ」
「ふーん、そうなんだ……」
「あ、俺、僕もう行かないと! じゃあ! パーク楽しんでくださいね!」
僕は足早にデイちゃんの元を去る。なんだかすごくまずいことをしてしまった気がする。すごく怪しまれてしまった。でも、収穫もあった。ここがパーク開業12周年だということは、やっぱりちょうど10年前。ということは……。
「あーキミ!」
「あ……」
僕がデイちゃんから逃げて足早に歩いていると、女性のスタッフが声をかけてきた。
——ビッグボス……!




