第10話 マエダさんとヨコイくん
「あの後急にいなくなったから心配したんだよ。もう体調は良いの?」
——ビッグボス……
女性のスタッフが声をかけてくる。こうしてみると確かにビッグボスだ。髪型と化粧が若々しいので、ぱっと見は違う印象を受ける。しかし、よく見てみるとビッグボス以外の何者でもない。僕はビッグボスと言いかけて、違う違うと思い直す。この時は……。
「あ、ありがとう! もうすっかり元気だよ、マエダさん」
「あれ、名前覚えててくれたんだ?」
「一緒にパークで働く仲間なんだから当たり前じゃん!」
「ふーん。有難いけど、私はキミの名前知らないんだよね」
「あ……」
「他の人に聞いても、知らないっていうし。キミなんて言うの?」
「俺は……タ……」
タテノと名乗りかけて、それはあまり良くないんじゃないかと思い直す。今タテノと名乗ってしまうと、ビッグボスの記憶にタテノが残ってしまう。10年後に戻った際に、ビッグボスから「あれ、タテノって10年前にもいなかった?」となったらとてもややこしい。
——タテノと名乗らない方がいいかも……
「タ……何?」
「いや、そのー」
「何? 名前聞いてるだけなんだけど……」
マエダさんが僕を怪しむ目で見てくる。まずい。ここで変に怪しまれて、警察に通報でもされたら、もっとややこしいことになってしまう。
「なーまーえー! 名前なんなのかって……」
「ヨ、ヨコイです!!」
「え?」
「ヨコイと言います!」
「ヨコイくんって言うのね。さっと名乗りなさいよ」
「ごめんごめん、最近姓が変わっちゃって……」
「あ……そうなんだ……」
途端に口籠るマエダさん。姓が変わっちゃってと言えば、上手いこと誤魔化せるんじゃないかと思ったが正解だったようだ。それにしてもタテノとヨコイだと単純すぎたかな。10年後にヨコイっていたんだけど、あれタテノじゃないの? と言われないだろうか。いや、大丈夫か。当事者でない限りわかりはしないか……。
「じゃあ、ヨコイくん。ちょっと手伝ってくれる?」
◆◆◆
「いやぁ、あっはっは。マエダさんのおかげで助かるよ」
「いえいえ、リーダーの指導あってなので」
「よいしょ……」
僕はマエダさんに連れられて、バックヤードまで荷物を取りに来ていた。どうやら何かを運ぶらしい。その道中、この時代のリーダーのような人に会ったのだが、僕のことは特に怪しんでいなかった。大丈夫か? 10年前はセキュリティガバガバなのか? それともこのリーダーはあまり部下の顔を把握していないのか……?
「じゃあ、これをグリーティングの場所までよろしくね」
「はい……!」
「あれ、これ……」
「そうそう、グリーティングの時に印があった方が良いとマエダさんが進言してね。それはナイスアイデアだと言ってすぐ作らせたんだよ。いやぁ、あっはっは!」
——こんな若い時にもうアイデアを……!
ビッグボスが僕ぐらいの歳の時にはもうパークをよくするアイデアを進言していたのだ。すごい、やっぱりビッグボスはビッグボスなのだ。
「よし、じゃあこれを運ぼうか」
「うん、わかった……。よいしょっ……あれ?」
「どうしたの? ヨコイくん?」
「いや、軽いなと思って」
「軽くて何が悪いのよ」
その瞬間、僕は食堂での会話がフラッシュバックしていた。
『でも風で飛んでいっちゃうことがあって危ないから、今のあの重さになったの』
——このままだと風で飛んで危ないんじゃないか……
そう思った僕は思わず口にする。
「いや、こんなに薄いと風で飛んで行っちゃうんじゃ……。もう少し厚さがあって、重さがある方が風に飛ばされずに済む気が……」
「あっ……」
「いやぁ、あっはっは。確かにねぇ。最近の新人は色んなことによく気がつくねぇ」
「ヨコイくん。確かにその通りね。今日は何枚か重ねてテープで留めて、風で飛ばないように応急で補強しましょう。次作るものはある程度の重さになるように伝えておくわ」
「いやぁ、お手柄だよ。ヨコイくん。あっはっは」
「いえ……!」
僕は2人に褒められて少しだけ嬉しさを感じていた。かつて仕事で感じたことがあまりない類の達成感。そうか、これが仕事の楽しさってやつなのかもしれない。
ペタペタ
僕とマエダさんは急いでシートを重ねて風で飛ばないように補強をしていっていた。リーダーは面倒臭いのか、何か適当な理由をつけてその場を離れていった。くそ、あいつサボっているだけじゃないのか。
「風で飛んでいってたら、お客様が怪我してたかもしれないし。気づいてくれて助かったよ」
「確かに……。今気づけてよかったかも」
僕は自分の手柄のようにしていたが、未来のビッグボスに教えてもらったことを過去のビッグボスに教えただけなので、正確には自分の手柄ではないと理解していた。しかし、それでも褒められると言うのは悪い気がしないものだ。
「私さ、こうすればパークが良くなるんじゃないかとか考えるんだけど」
「うん」
「今みたいに足りないことが結構あって」
「そ、そうなんだ」
「またヨコイくんがアドバイスくれたら嬉しいな」
「うん……え?」
「……ダメかな?」
「ダ、ダメじゃないけど……」
「ふふ、良かった。色々考えてる人って意外と少なくて、ヨコイくんとならもっとパークをよくしていけそうな気が……あれ?」
マエダさんが横を見ると、ヨコイくんはすっかりいなくなってしまっていた。




