第21話 楓
——最後に一回だけ……
デイちゃんと話した僕は再び休憩スペースの絵の前へとやってきていた。心残りはマエダさんのことだ。これ以上干渉するのは良くない。歴史が変わってしまう可能性がある。
——けど……
ぐわぁぁあん
「ダイブ……!」
僕は最後の『ダイブ』をするのだった。
◆◆◆
スタッフの男が休憩スペースに入っていくのをリュウが物陰から覗いていた。
この休憩スペースに来るのは久しぶりだ。パークの端っこの辺鄙なところにあるため、中々訪れる機会がない。昔からどうしてこんなところに休憩スペースなんかあるんだと不思議に思っていたのだ。
——こんなところで何を……
俺が怪しみながら、休憩スペースに入ると、スタッフの男は壁を見つめながら何やらぼそっと呟くのだった。
「ダイブ……!」
ぐわぁぁあん
——な、なに?!
男が何やら呟くと、辺りがぐにゃあと歪み、絵の方へと吸い込まれていった。まさかあれで過去に行けるのか? そんなバカな。
——えぇい!!!
俺は足を踏み出して、その絵の方へと走って近づいていった。すると、ふっと身体が浮かび、絵に吸い込まれる感覚がした。
「う、うわぁぁぁ!」
◆◆◆
「あれ?」
「あ、マエダさん……」
——良かった。元気そうだ
いつものように絵に飛び込んで、パークを駆けていると、何やら忙しそうなマエダさんをすぐに見つけることができた。マエダさんの向こうに燃えるような夕焼けが赤々と光っており、眩しかった。
「ヨコイくん、暇なら手伝ってよ。聞いてるかもしれないけど、今からツリーの点灯式なんだよ」
「あ、う……」
うん、と返事をしそうになって止める。いや、手伝いに来たんじゃない。これ以上過去に干渉するのはダメだ。今日はお別れを言いに来たんだ。夕焼けに照らされたマエダさんの影が僕の足にかかる。その瞬間、言葉が溢れる。
「いや、点灯式の手伝いはしない」
「え……なんで?」
「もうここにも来ないことにした」
「え……」
逆光の中でもマエダさんの目が動揺して、ぴくりぴくりと動くのが見えた。ごめんなさい、そんな顔しないでくれ。僕も本当は……。いや、本当は来るべきじゃなかったんだ。
「……。や、辞めちゃうってこと……?」
「そ、そう。他にやりたいことがあってさ」
「……!!! そう……なんだ」
「ごめん……」
「……」
マエダさんはくるりと向こうを向いた。夕焼けが僕らを照らし、どんどんと影を伸ばしていた。彼女は向こうを向いていたが、きらりと光るものが目の辺りに見えた気がした。泣いているのだろうか、あの日と同じ感触をその背中越しに感じていた。
「……!」
マエダさんはそのまま夕焼けの方へと歩いていった。何か呟いたようだったが、僕は何を言っているかわからなかった。
——これでよかったんだよな……
◆◆◆
——まだ戻らないみたいだな
『ダイブ』によるタイムスリップから自在に現代に戻れるわけではない。いつもこちらにきてから1時間〜2時間程度の時間が経つと突然戻ってしまうのだ。なので、こちらのタイミングで現代に戻れるわけではない。そのタイミングが計れないのが『ダイブ』の不便なところである。まぁ、もうその機会もないだろうけど。
——ツリーの点灯式か……
暇を持て余した僕はツリーの点灯式をお客様に混じって遠巻きに眺めていた。現代でも少し前に点灯式やったんだよな。ビッグボスに事故に気をつけろって口酸っぱく言われたっけ。
『そう、10年前にツリーの飾りが落ちる事故があったのよ。幸い直前に私が気付いたから大事にはならなかったけど……』
——あっ……
もしかして、あの時話していたツリー事故って今日のこの点灯式のことなのか? ……とすると、点灯式事故を防ぐマエダさんが見られるかもしれないのか。一体どんなふうに事故を防ぐのか、僕は楽しみに式の様子を眺めていた。
——あっ、マエダさんだ
ツリーの近くを見ると、何人かのスタッフに混じってツリーの近くに立っているマエダさんを見つけることができた。若いビッグボスもこれで見納めなのだと思うと、じっくり見て記憶に留めておかないと損な気がした。まぁまた現代に戻れば、いつものビッグボスには会えるんだけどね。僕がそんな風に考えていると……。
「危ない!! 下がれぇ!!」
——あれ?
男の声だった。どうやら“ツリー点灯式事件”が始まったらしい。あれ? てっきりビッグボスが声を上げるものだと思っていたけど、違ったのか? 僕の記憶違いだったのだろうか。
ぐわぁああん
——あ、戻っちゃうみたいだ
視界が歪む。どうやら、点灯式の様子を見守ることができず、僕は現代へと戻ってしまうようだ。
「危ない!! お客様はこの俺、シャクレが守るぅ!!」
遠くから何か声が聞こえる気がする。しかし、何を言っているのかわからない。マエダさんの勇姿を最後に見届けたかったな。




