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第12話 リベンジ

カタカタカタ


「ふーー! やばい、楽しいー!」


「……」


——やばい、やばすぎる


 絶望。望みを絶するというその文字の通り、僕の「案外怖くないかも」という希望はその想像を絶する恐怖にぜつされていた。


 僕とあかねちゃんはバイトが休みの今日、以前から約束していた遊園地にやってきていた。目的はもちろんこの“絶望”というジェットコースターだ。園内に入るやいなや、僕たちは“絶望”へと向かい、すぐに搭乗したのだった。あかねちゃんは燃えていた。なんせ以前来た時はシステム不具合で乗ることができなかったのだ。あかねちゃんの“絶望”に向かうスピードったらなかった。まるで競歩の選手のようだった。


——高い高い高い


 そう、そういうこともあって僕たちは早速“絶望”に乗っているのだ。“絶望”というジェットコースターは100メートル近い高さから真っ逆様に落ちることが売りのコースターだ。その落ちる恐怖ばかり想像していたが、100メートルの高さから落ちるということは、100メートルまで上るということでもあるのだ。


カタカタカタカタ


——あぁ怖い。なんでこんなにゆっくり登るんだ……


 100メートル地点までカタカタとゆっくり登っていく。ジェットコースターというやつはどうしてこんなに初速がゆっくりなんだ。さっと頂上に登って、さっと下ってくれれば怖さも半減するのに。


ちらり


 僕は恐怖のあまり固く瞑っていた目を開く。先程まで真っ暗だった視界から僅かに外の様子が見える。地面が遥か遠い。あっ、やばい。無理かも。怖い。


「おっ、ひゃ……。ふぅ……」


「タテノくーーん! 楽しんでるかぁい! ふうーー!!」


「はぁ……。ひぃ……」


カタカタ


 あかねちゃんがはしゃぎにはしゃぐ声が聞こえてくる。あかねちゃんが楽しそうなことだけが今の救いだ。こんな絶望の世界の中で、あかねちゃん……君だけが救いで希望なんだ。


「このゆーーっくりと登っていくのが好きなんだよね」


——前言撤回だ


 先程は初速がゆっくりなコースターを批判したが、訂正します。初速はゆっくりのほうがいい。何故ならあかねちゃんがそれが好きだから。あかねちゃんが喜ぶこと、それが真理なのだ。


カタカタ


「まぁ、登るのが速いコースターもそれはそれでいいんだけどねー!」


——どっちだよ……!


 つくづくあかねちゃんはコースターが好きなのだ。僕がジェットコースターに産まれていれば、あかねちゃんからの無償の愛を受けられたのに。


——お、これがいいかもしれない


 頭の中をあかねちゃんでいっぱいにすれば少しだけ恐怖心が和らぐのを感じた。あかねちゃん。あかねちゃん。あかねちゃん。あかねちゃんあかねちゃんあかねちゃん。


ゴッカラカラカラ


 コースターの音が変わる。車体の角度が変わったことが重力で身体に伝わる。いや、そんなことをわかっちゃだめなんだ。思考すると恐怖が増してくる。あかねちゃんのことを考えるんだ。あかねちゃんあかねちゃん……。


 その時、安全バーに必死で握りしめていた僕の手に温かい感触がする。


「タテノくん! 落下の時はバーから手を離したほうが楽しいよ!」


「はひっ……えっ?!」


バッ!


 僕の右腕はあかねちゃんの手によって安全バーから引き剥がされる。待ってくれ。そんなことをしてしまったら、座席からの浮遊感が増して……。


ガタンっ!!


——あっ、終わった


 車体が完全に下を向く。一瞬だった。先程までの永遠に感じるような登りの時間とは違って、一瞬だった。100メートルの高さから地面に向かって真っ逆様の落下。そう、それは落下そのものだった。下に落ちる。100メートルの高さから落ちる。とんでもない重力を感じる。


——すっぽ抜けちゃう!!!!


 僕は安全バーを握れていない。安全バーを握れてさえいれば、安全感が幾らかあったであろう。しかし、今僕の右腕はあかねちゃんに握られている。安全バーではなく……。


——え?!


——あかねちゃんに手を握られている?!


 落下の瞬間。一秒と一秒の狭間、ふと右側を見る。そこには満面の笑みを浮かべるあかねちゃんが僕の手首のあたりを握ってバンザイをしていた。


「絶望だぁぁぁあ!!!」


 あかねちゃんが叫ぶ。その声は無邪気そのものと言った感じだった。落下の風圧を感じながらも、あかねちゃんに握られた手首だけはほんのり温かかった。


——“絶望”の攻略法これじゃん


 安全バーにしがみつくのではない、目をギュッと閉じるのではない。“絶望”というジェットコースターを攻略する方法、それは……。


——楽しそうなあかねちゃんを見ることだったんだ


「ぎぃやぁぁぁあ!!!!!」


 死ぬ直前の走馬灯のようなゆっくりとした時間が過ぎ、ジェットコースターは唸りをあげてくねりくねりと加速し、落下し、僕の体を縦横無尽に揺さぶってくる。こんな角度はどうだい、こんな角度にもなっちゃうよ、と様々な角度を僕に提示してくる。もういい。角度はいい。はやく地面と垂直にさせてくれ。地に足を着きたい。


「楽しいー!!!」


 あかねちゃんが叫ぶ。あかねちゃんにこんなに楽しいという気持ちを引き出すジェットコースターに嫉妬を覚える。僕があかねちゃんのこれを超える笑顔を引き出せる日は来るのだろうか。


カタカタカタカタ


「ふぅ……」


「あーー楽しかったー!!」


 僕が恐怖とあかねちゃんの間で揺れている間にコースターは乗降場へと戻ってきていた。やっと終わった。しかし……。


「じゃあ、タテノくん! 早速二周目に行こうか……!!」


 あかねちゃんはキラキラとした目で僕を見てそう話す。そう、あかねちゃんは最低3回は乗ると話していた。僕は最低でもあと2回はこれに乗らなければならない。あと2回は100メートルまで登って落下するということを繰り返すのだ。勿論あかねちゃんがもっと乗りたくなったら回数は無限に増えていく。


——次もあかねちゃんに手を握ってほしいなぁ


 今回はあかねちゃんに手を握ってもらえたから恐怖が半減だった。次もし、握ってもらえなかったら……。100パーセントの恐怖が僕に襲ってくることになる。


ギュッ


 僕は先程あかねちゃんに握られた右手の手首を自分の左手で握ってみる。もし、あかねちゃんが握ってくれなかった場合、自分で握ることで仮想あかねちゃん握りをして恐怖心を抑えるしかない。この仮初の対処法は恐らく一、二回しかもたないだろう。


 僕は先を急ぐあかねちゃんの背中を追いかけて、再び“絶望”の列へと並ぶのだった。

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