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第4話 世界と戦う者たち SIDE:閃



 そして家を出ていた閃は、クルミがかわいそうに震えて動けなくなっていることに気付くよしもなく職場へ足を運んでいた。

 電車を乗り継ぎ、いくつもの会社が入っている雑居ビルへ足を運ぶ。エレベーターは待つのが面倒だから使わずに階段で上へ。

 なんとも”人間”らしいことだと笑えて来る。とはいえ、絶華閃という人間に変な疑いを向けられても困る。戸籍は偽造ではなく本物だ、それほど愛着がなくとも。


 独り言をしゃべる趣味はない。すれ違う通勤者たちが居ても声すらかけなかった。

 これは【大災厄】以降の日本のスタンダードだった。世界のどこも閉塞した空気が満ちているが、日本は中でもかなり特殊だ。隣人を疑い、監視するがしかし魔女狩りは発生していない。皆、フードやマスクで顔を、長袖と薄い手袋で手足を隠しながら生きている。


 悪い空気の中、それに逆らうでもなく群衆に紛れて目的地へ足を運ぶ。カードキーで扉を開けてとある商社が入るペナントの中へ。それは商社とは名ばかりのダミー会社だった。

 絶華閃という男のカバーストーリーのために作られただけの、実もない空虚な箱。それでも、足を運んだ地道な調査がなければ見破れない程度には仕上げてある。


「……ふあ」


 眠たげな眼のまま、ソファに横たわってしまう。昨日は飄々とした態度をして見せたが、あれは演技でしかなかった。

 眠ったのも狸寝入りで、実はあまり眠れなかった。興奮したと言うより元々誰かと一緒に寝るような性質でもないと、誰に言うでもない言い訳を。

 まあ、かわいい女の子と一つ屋根の下だったのだ。泣いている女の子に手を出す気はないけれど。


「ま、多少ならいいだろ」


 眼を閉じ――


「自堕落だねえ。あいつらは今も元気に働いてくれているのに、さ」


 影がさっと差した。彼以外に誰も居なかった、オートロックのドアも侵入者を検知していない。

 部屋に響いた声は甲高く、鈴を鳴らしたような音色で、どこか残酷な響きを伴っていた。

 誰かがソファの上に立っている。それも、二本の足で閃の頭を挟んで。その足は小さくて短く、とてもかわいらしい。もっとも、その足は閃の頭を踏み潰すに十分な異能を秘めているのを閃は知っていた。


「あんな奴らと一緒にしないでほしいな。あんな暴力に使命感を着せ付けたような非人間の域にまで上がるつもりはないよ」

「なら、君が下な訳だ?」


 影の中、闇を見通すように目を細める。顔は見えないが、見知った相手だ。幼く、しかし美しい少女。外見年齢としてはクルミと同程度だろう。

 けれど、彼女よりはずっと長く生きている。そもそも10年前に出会った時から彼女は変わっていないのだから。

 幼く、しかしぞっとするほど酷薄で美しい外見を保っている。


「まあね。俺も頭が上がらないよ、彼らが日々働いてくれているおかげで世界が持ってくれているのだろう?」

「それは君だとて、そうだろう? 日本地区担当さん」


 会話の隙に目を細める。細める。闇の中を裂く光のように。しかし視界に映るのは暗い影……影しか見えない。いや。


「ほどほどがいいんだよ。ほどほどが」

「なら、今回頼んだ仕事はお嫌だったかな?」


 黒だ。彼女はアダルティな黒を履いているらしい。目が慣れてきた。大胆なパンティの横からまぶしいふとももの付け根がのぞく。


「……」


 問いに対して嫌だ、とは言えなかった。閃だって、あんな可哀想な女の子には同情が湧く。世話してやるのもやぶさかではない。

 そして、目的のためだとはいえ、一度拾ったものを捨てることほど哀れなこともない。一度拾ったものに対して責任を持て、とはよく言われる言葉だけど……しかしリーダー命令の場合はどうなのだろうと益体のない現実逃避をした。


「まあ、もう一つ余計な仕事を頼むんだけどね」


 けらけらと笑う声。まるで悪戯に成功した子供みたいな。


「……そりゃないよ」


 返した声は力がなかった。


「もちろん、以前頼んだのだって大事だ。翠竜会で作られた魔法少女、”植物を操る”彼女の力を成長させてもらいたいと僕は言った。それは大した難事だと理解しているよ。僕らは皆、”強いから強い”としか言いようがないからね。先に挙げたあいつらがその最たる例だ。他人を強くするなんて、僕らには専門外なのさ。この上に頼むのだから、まあちょっとした任務だよ」

「じゃあ、ボーナスを弾んでくれよ」


「そう言うと思っていた。クフフ、すごいだろ?」

「日本のサラリーマンはボーナスという響きは大好きだからね」


「ああ、そう勘違いしたか。僕には銀行の電子データが増えるのを眺める楽しみは分からないんだけど。そっちじゃないよ」

「……ん?」


「じゃあ、もう終わりにしようかな」


 彼女はト、とソファから飛び降りた。


「……んんん?」


 冷や汗がたらりと落ちた。錆びついたブリキ人形のような動きで降りた彼女を見る。ニタニタと笑っている。


「まったく、女の子は視線に敏感なんだから気を付けないといけないよ?」

「――」


 ふふん、とない胸をそらす彼女に何も言えなかった。


「ま、いいさ。そっちとは別にボ-ナスの振り込みの方もやっておくよ。ところで、だけど――あの神の杖についてどう思ったかい?」

「SS級を葬ったアレか。俺も多少斬りすぎてしまったと思ったものだけど。ただ手と足が全て揃っていたとしても、アレなら倒せたと思うよ。避けられることは、あるかもね」


 雑談だ、例のあいつらは効率厨過ぎて雑感を離すみたいなこともしないから、こうして俺が雑談に付き合う羽目になる。

 まあ、彼女と話せるのは悪い気はしない。


「そういうタイプも居るのは知ってる。とはいえ、そこは犠牲を覚悟して足止めすればいいだけの話だ。問題なのは弾数だよ。弾薬が無くなればどんな強力な銃もガラクタに堕す」

「だろうね、そこは俺も思ったよ。衛星軌道上からの重量爆弾、ああ強力かつ正確な一撃だったさ。けれど装填弾数は? 補給もどうする? そこを考えるに、使える兵器とはとても思えない。SS級程度なら、俺でも1日に100体は見るぞ」


「……最大弾数12発。そして、一度の打ち上げで補給できるのは6発らしいよ。まったく、こんなもので世界を守ろうだなんて政府の奴らも笑わせてくれる。そう思わない?」

「すごい情報力だね、さすがは我らがリーダー様。あ、裏とかはいいよ、聞きたくない。しかし、まあ……裏で世界を守っている我々にしてみれば神の杖とやらも所詮は児戯ということかな」


「その通りさ。我々は少しばかり彼らを甘やかしすぎたらしい。ゆえにSS級を24体ほど流してくれないかな?」

「ああ、神の杖は二つあるのか。試練と言うわけかい? 次の【大災厄】は前回の比ではないものね。僕らだっていつまでもおんぶに抱っこを続けることなんてできないわけだ。しかし、24体だと弾が1発分足りないようだけど?」


「もう10年だよ、SS級の一体くらいは手を使って片してもらわないと。そもそも、僕らはあの程度の魔物にランクを付けた覚えはない」

「ま、俺としてもSS級なのかS級なのか、それともSSS級だったのかを聞かれて判別できるわけでもないけれど。ま、それっぽいのをみつくろえばいいんだろ。了解したよ、リーダー」


「では、頼んだよ」


 艶然と笑い、くるりと振り向いた。その瞬間、陽炎のように彼女の姿は立ち消えた。


「――やれやれ。面倒な頼まれごともされたことだし、仕事を始めるとしますか」


 ソファから跳び上がり、手を横へ。その手にはいつのまにか刀が握られている。無雑作に振り、空間を裂いた。

 その瞳に映るのはここではない世界。【大災厄】で繋がってしまった”既に滅びし世界”との中間地点。そこを端的に言うのなら、強力な魔物ひしめく地獄だった。この地獄が地球に溢れ出さないように、殲滅する必要があるのだ。


「さて、と」


 宙に立つ。その地獄には地面などと言う概念は存在しない。そもそも戦うのに地面が必要な段で、そいつは弱者と言わざるを得ないだろう。


 刀を一振り。それだけでビルほどの大きさがある数多の魔物たちが両断されて転がる。閃には魔法だのレベルだの小賢しいものは不要であった。

 ”強ければ”、ただ刀を振るうだけで敵を倒せて当然。でなければ、どうして迫りくる脅威と戦えようか。


 それだけの力があっても敵は強大。那由多に迫るだけの数すらある。それが例え迫りくる波を一つ一つ打ち払うような無益であったとしても、一つ払えばそれだけ人の世界の寿命が伸びるのも事実。


 見果てぬ作業を、彼は淡々と続けていく。進路を塞ぐように戦う影一つ。その下を潜り抜ける幾多の小さな影、S級にも届かぬ雑魚が地球に向かうが。細やかな掃除までしていられない。さらに、”ほどほど”に小さな影を選んで見逃しながらも……


「ううん。夕食は何を作ってあげようかな」


 ペットを拾ったような笑みを浮かべ、彼は戦う。




  彼女の名前はルナ・マスターマインド。閃は前に一度ルナちゃまと呼んでこっぴどく叱られてからリーダーと呼んでいます。



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