22、煉獄火山の虹色竜
「先生、私の宝物を返してください!」
シャーリーは高らかに勝利宣言をした。
優男との交渉で手に入れた光熱費と水道代を握り締め、キッとアルフレッドを睨みつける。そんなシャーリーを見てアルフレッドはちょっとだけ悔しそうな顔をし、舌打ちをした。
『仕方ないな。返してやろう』
シャーリーはようやくの思いで大切な宝物〈緑柱石〉を取り戻す。大切に抱き締め、安堵したのか「よかったぁー」と言葉を零していた。
ドリーは微笑ましくシャーリーを見つめる。なんやかんやでムキになるその姿が、ちょっとかわいく思えてしまった。
そんな一同を見た優男は、どこか満足気に手を叩いて笑った。
「いやー、なんだかわからないけどハッピーエンドを迎えたようだね」
「はい! もう最高ですよ!」
『ワシはちょっと消化不良だけどな』
「ハハハッ、残念だねアルフレッドさん」
「おかげで私は苦労しっぱなしよ」
「そりゃご苦労さん」
スレインは、気前よく笑ってシャーリーとドリーの肩に手を回す。
妙に馴れ馴れしいスレインにちょっとしたドリーは怪訝な表情を浮かべる。シャーリーはというと少し困ったように微笑んでいた。
スレインはそんな二人の顔を見ることなく、ある言葉を囁いた。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
シャーリー達は思わず振り返る。
スレインは少し驚いている二人に笑顔を浮かべながら、頼みたいことについて語り始めた。
「実はね、どうしても欲しいアイテムがあるんだ。名前は〈七色ダイヤ〉っていって、すっごく貴重な鉱物なんだよ」
「七色ダイヤって、確か虹色竜って呼ばれる〈ヘブンズ・セブン〉の逆鱗でしたよね?」
「ヘブンズ・セブンってヤバいドラゴンじゃない! 見た者は幸せになる代わりに天国へ送られるって逸話を持つモンスターよ!?」
「クエストランクに表すなら五つ星かな。君達も知っていると思うけど、最高ランク指定を受けるほどヤバいドラゴンだ。始めは一人で頑張ろうとしたけど、見ての通り僕はひ弱だ。とてもじゃないけど、ヘブンズ・セブンに勝てるはずない。ということで、パーティーを組んでくれないかな?」
スレインの言葉に、シャーリーは「うーん」と考え始める。
だがドリーは即座に「お断りよ」と告げた。
「私達は駆け出しよ! いくらなんでも、凄腕じゃなきゃどうしようもないモンスターを相手にしようと思わないわ」
「そこを何とか。ちょっとだけでいいからさっ」
「シャーリー、こんな奴放って置いていくわよ!」
「でも、アイテムを買ってくれたし……」
「だからといって命を粗末にする訳にはいかないでしょ!」
ドリーがシャーリーの腕を引っ張り、離れようとした時だった。
バタン、と大きな音が響く。顔を向けると、そこには息を切らして立っているグレアムの姿があった。
『んんっ? どうした騎士団長よ』
何気なくアルフレッドが声をかけると、グレアムは目から一筋の涙を溢した。
思いもしないことにギョッとするとグレアムは、まっすぐとアルフレッドの元へ移動した。
「け、賢者殿……」
『ど、どうした? 何か悲しいことがあったか?』
「わ、私、プロポーズがしたいです……」
『……ハァ?』
アルフレッドは唐突な告白に困惑する。
だが、グレアムはお構いなしにアルフレッドへ抱きついた。
ウオンウオン、と情けない声を上げながら泣き出してしまう。
「フレイヤ殿に告白したいー! だから私に勇気をー!」
『泣くな抱きつくな大声を出すなぁぁ! 離れろ、離れろぉぉぉぉぉ!』
「大好きなのです、フレイヤ殿ぉぉぉ!」
『ワシはフレイヤじゃねぇぇ!』
シャーリーとドリーは、大騒ぎになっている光景を見て呆然としていた。
困ったように笑っていると、シャーリーに一つの閃きが生まれる。
頭を抱えているドリーに振り返り、閃いたことを言い放った。
「グレアムさんに協力してもらおうよ」
「ハァ!?」
「ほら、グレアムさんなら強いし。それに今とっても困っているみたいだし!」
「いや、確かにそうみたいだけど。でも――」
ドリーは怪訝げにスレインへ目を向ける。
スレインはニッコリと笑っており、いかにも怪しさ満点だ。
「僕は別に構わないよ。戦力になるならとっても歓迎さ!」
「話を進めるな。シャーリー、とにかくこいつは無視して――」
「グレアムさーん、ちょっといいですかぁー?」
「って、何話を進めようとしているのよ! 待ちなさい、シャーリー!」
賑やかになる集会場。その中心にいるシャーリー達を、スレインは微笑ましく眺める。
ふと、スレインの後ろに誰かが立っていた。スレインは振り返ることなく、それに声をかけた。
「わかっているよね? ちゃんと払ってくれなきゃ困るよ」
「約束は守る。ヘマするなよ」
「はいはい、キッチリやるから、心配しないでくれよスクラップ君」
スレインの言葉を聞いたそれは、空間に溶け込むようにして姿を消す。
ワーワーと騒ぎが起きる中、スレインはシャーリー達の元へ移動したのだった。
◆◆◆◆◆
「わぁー、石ころいっぱーい!」
煉獄火山。そこはシャーリーにとって夢のような場所である。
迷宮〈インフェルノ〉の恩恵もあり、様々な鉱物が取れる有数な産地だ。良質なものが多く取れるということもあり、その麓の村には鍛冶屋や宝石屋、装飾専門店など立ち並んでいる。
「シャーリー、そろそろ行くわよー」
「もうちょっと、あと五分だけ見させて!」
並んでいる石ころを熱心に見つめるシャーリーに、ドリーは疲れたような息を吐き出した。
いくら石ころが好きだとはいえ、そんなに目を輝かせて眺めるものだろうか。
ドリーは不思議に感じつつも呆れ顔を浮かべてしまう。
「賢者殿、本当に七色ダイヤがあれば成功するのですか!?」
『するする。女ってのはプレゼントに弱いからな』
隣には熱心にアルフレッドの講義を受けるグレアムの姿があった。
妙なことにアルフレッドは、適当に相手をしているようにも見える。
だが、グレアムは気づいていない様子だ。必死に全ての言葉をメモしようとしていた。
「大丈夫かしら?」
いろいろと心配になる。
迷宮探索もそうだが、グレアムの恋路も大丈夫かと思ってしまう。
「大丈夫だよ。さ、とっとと迷宮に行こう」
依頼者であるスレインはあまり気にしていない様子だった。
ある意味それは救いでもあるが、ある意味不安が募ってしまう。本当にこのメンバーで〈七色ダイヤ〉を手に入れられるだろうか。
「ねぇ、偏屈メガネ」
「スレイン。もしくはお兄さんって呼んでよ」
「やだ。一応聞くけど、七色ダイヤなんて何に使うのよ?」
「生意気だなー。えっとね、ただ集めているだけだよ?」
「何それ?」
「僕は収集家。いわゆる〈コレクター〉だよ。まあ、使う時は使うけど、基本はただ集めるだけさ。必要であれば交換するし、場合によってはお金を使って手に入れる。今回みたいに一緒にクエストだってするさ」
「ふーん」
ドリーはスレインの言葉を聞き、どことなく納得する。
ちょっとだけ腑に落ちたところで、石ころを見つめていたシャーリーが「ドリーちゃーん」と大きな声で呼んで戻ってきた。
始まろうとする迷宮〈インフェルノ〉の探索。
無事に七色ダイヤを手に入れられるかわからない中、挑戦が始まろうとしていた。