ボランティア
私はボランティアで医療関係の洗い物をしながら、フゥ、と一息つきました。
そして何気に披露した柔道が大事になってしまいました。
それがというのは、マリーメリー両名が練習場から完全に見えなくなると、わっと騎士の方々が寄ってきて、
「今の投げ飛ばしたのどうやるんですか!?」
「すごい!体格の差もあるのにあんなに副団長を軽々と投げ飛ばすなんて!」
「最後の首の締めるの、あれも技の一つなんですか!?」
一気に声をかけられて誰にどう応えればと口をつぐんでいると、スッと前に出てきた人…。
騎士団長のサハイという年配の方です、私に騎士道精神があると随分とめをかけて親しくしてもらっている方ですが…。
サハイは急に私の胸倉を掴み袖を掴むと、グンッと私が先ほどダンケを投げ飛ばそうとした方法で投げ飛ばそうとしてきます。
力負けして振り回され投げられそうになりますが、隙のある場所を見つけました。
サハイは私を投げ飛ばそうと上半身に力が入っていて足元がお留守になって、しかも片足のかかとが宙に浮いている状態です。
私は振り回され投げられそうになっている状態で少し踏ん張り、サハイの胸倉に袖を掴み、上半身を前に押し、浮いている足に私の足を引っ掛けさらに上にあげました。
するとバランスを崩したサハイは前に倒れていき、私もそのままなし崩し的に倒れます。
サハイは起き上がりながら私の顔を見て、ニカ、と笑いました。
「見よう見まねでできると思ったのですが、やはり無理でしたか」
「いいえ、見よう見まねでもそれっぽい型でした。ただ力に頼りすぎかと」
「サハイ団長、いくら何でも未来の王妃様投げ飛ばそうとしたらダメでしょ」
ダンケが、もう、という顔でたしなめますが、サハイは笑いながら立ち上がります。
「楽しそうなものを見つけたらつい、な」
サハイはそう言いながら笑いじわのある顔で私を優しく真っすぐに見てきます。
「先ほどのやる前から諦めるのは嫌だという言葉、心に響きました。それに今のジュードーという武術をみて私の心が燃えました、そのジュードーを私は習いたい。サキ様、どうか私のジュードーの師になっていただけませんか」
「…師…?私が?騎士団長のあなたの?」
「はいそうです」
サハイはいとも簡単に頷きますが…ダメに決まってるでしょう、唯一体を動かすものの中で柔道は得意とは言っても私は素人です。
子供のころから柔道をやってて黒帯だというなら私だってその気になりますが、中学校の体育の授業でしか柔道をやったことがない者が騎士団長に教えるだなんて…。
私はそのように説明して素人だから教える資格はないと断りましたが、サハイはニヤ、と笑います。
「私もサキ様と同じく、人に諦めろと言われてやる前から諦めるのは嫌ですね」
「…」
この方…私が言った言葉をそっくりそのまま返してきますね…。
そう言われては私も言い返せず、折れざるを得なくなりました。
「しかし結局私は素人です。私が教えるものは素人が教える遊び程度に捉えてください、決して私の教えるものが正しい柔道だと思わないでください、プロの柔道家は本当に私とは比べ物にならないくらい凄いと言うことも覚えておいてください」
「では私は今日は剣ではなくサキ様のジュードーにいそしみますかな」
「団長、我々も!」
「私も習いたいです!」
やはり騎士の皆は戦闘に特化した部隊だからでしょうか、今まで見たこともない武術に興味深々のようで、さあ教えてくれとばかりに私を見てきて、とりあえず授業で柔道をやる時、最初に必ずやる受け身と這いずって前に進むのを屋内で教え、私も同じくやりましたが…。
何となく血のにじむ努力をしてプロになった柔道家の方々に酷く申し訳ない気持ちになります。こんなずぶの素人が柔道を教えるだなんて…。
おっと、それよりシーツを洗わねば。洗った後はシーツを干して、乾いたものは保管する部屋中にしまって、また使用済みのシーツを洗って干してしまっての繰り返しです。
日本だったら洗濯機に入れてスイッチを押すだけであとは洗濯機が頑張ってくれますが、この世界では洗濯機などという便利な機械はありません。
ええそうです、洗濯物は全てたらいに入れてこすって綺麗にしていきます。
それでも便利な石鹸は国から支給されてます、それというのがドワーフの作った汚れが落ちやすいという石鹸なのです。
これが本当にすごくて、日本の洗剤でもここまで落ちるだろうかというほど汚れが落ちます。
石鹸を水の中で泡立て、後は水の中でバシャバシャと一分ほどもみ洗いするだけで汚れが完全に落ちるんですよ!すごいんですよこれが!
しかも洗った後は手がすごくもっちりもち肌になります、手が荒れません…!むしろ使えば使うほど手が綺麗になっていきます…!洗い物が楽しくなるといううたい文句を地でいく代物です…!
マーシャに買っていただいた万年筆といい、この石鹸といい、ドワーフの物づくりの技術はすごいですね…惚れ惚れします。いずれ会ってどんな風に物を作ってるのか見てみたい…。
そこまで考えて私はふと思いました。
あれ?それだったら薙刀もドワーフに頼めばとても良い品ができるのでは…?
それでもマーシャに買っていただいたこの万年筆もドワーフが作ったもので他のペンと比べるとひと際値段も張ってましたし、自分の願いだけでそんなお高い買い物をしていただくわけにもいきませんか…。
っと、そんなことより今はシーツ洗いですね。
私はとにかくシーツを洗い続けます。そして洗ったのは軽く絞って隣のたらいに入れておいて次のすすぎ担当の方へ…。
「サキ様、そんなに頑張らなくてもいいんですよ」
こそっと隣から声をかけられ、私は隣にいる私付きのメイド…私と同い年の十七歳で薄い青い髪の毛でウェーブした可愛い顔のアイニーを見ます。
…本当に可愛いです、このアイニーは本当にキュルンとした猫のような瞳の可愛い顔で、ついずっと見ていたくなるほど可愛いです。
ちなみにこの方は私がマーシャ付きのメイドだった時、よく私を抱きしめてくださった方です。
「…サキ様?」
ついアイニーの可愛さに見惚れていた私はハッとして首を横に振りました。
「いいえ、先の戦争は私が原因で起きたも同じです。ほんの少しでも傷を負った人、その人達を診察する人たちの助けになるのならいくらでも頑張ります」
そう言うとアイニーは少し眉をひそめ、そっと近くに寄ってさらに小声で囁いて来ます。
「でもあれはサキ様自身が起こした戦争ではないのは皆知っています。悪いのは略奪しないという取り決めを破った傭兵に兵士たちです」
「…身内の者たちがそう思っていても、城下の人たちにはそんなの関係ありません、そうじゃないですか?」
私が原因だろうが原因じゃなかろうが結果は同じ、酷いことをされたことには変わりありません。
そして城に関係する者のせいでそうなったということも変わりはありません。
それにどうあってもあの戦争は私の考えで進んだ結果であることにも変わりないのです、それなら少しでも城下の皆さんが早く立ち直れるように尽力したい。
「それに私の国ではこのような格言があります」
「格言?」
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」
上杉鷹山の言葉です。日本でバイトすらしたことはありませんが、もっともだと思う言葉じゃないですか。
「まあ今は『ほめてやらねば人は動かじ』は関係ないですけど、とにかく上の者が手本を見せないとその下に続く人はいないという意味だと思っています。今私は上の者の近くに居ます、ですから皆に手本を見せなければならない存在です」
後の王妃になる人がボランティアをしている。その姿を見たらその下の者たちとて黙っているわけにはいかないでしょう。
私にそこまでの影響力があるかどうかはさておき、何かしら自分も何か城下のためにやった方がいいのかもしれないと一人動いたらしめたものです。
そしてその一人の行動を見て更に一人が動き、また一人と動けばプラスになる行動の輪が広がります。
「それに私もやることが出来ますし、それが人の役に少しでも立つならやる気もでます。頑張る頑張らないというより、私がやりたいからやっているんですよ」
そう言いながら軽く絞ったシーツを隣のたらいに置くと妙に視線を感じて私は顔を上げます。するとアイニーがキラキラした目で私を見て来て、高揚した顔で私の手を取ってきます。
「私…!サキ様付きのメイドになれて幸せです…!こんなに立派な人付きのメイドになれるなんて、私…私…!」
オウッとアイニーが泡だらけのシーツに顔を埋め泣き出しますが、
「うあー!目が、目がぁああ!」
とすぐに顔を上げました。
「何をなさってるんですか」
私はポケットからハンカチを取り出してアイニーの目の周りを拭きます。
「サキ様ありがとうございますぅー…!」
「それよりあまりサキ様と呼んではいけませんよ、一応お忍びなんですから。清水と呼んでください」
そう、一応現マーシャの婚約者であり後の王妃がそんなことしてると大体的に宣伝するのはやはり好ましくないという結論が城内の会議で話し合われ、それなら苗字の清水を名前にして外に出ていけばいいじゃないですかと私が言い、御目付で私付きのメイドであるアイニーも共に来ています。
まあ少し離れたところに警備として兵士の一人…タイグというダンケお勧めの近衛の男性が見張りで来ていたのですが、ちょうどいい所に力のありそうな男手がいると洗濯をしている女性陣に良いように使われて今はどこにいるのやら。
ここ数十分の間、彼の姿を見ていません。
ちなみにここの病院…というより一時的に怪我人を収容している場と言った方が正しいですが、周りで洗濯をしている方々のほとんどは医者か看護士、その見習いの方々だそうです。
まさか怪我を診る側の人がこんな所で洗濯をしていると知った時には驚きました。
「シーツを洗う人手が足りないのですか?」
私が看護士の人に聞くと首を横に振ります。
「いんや?いつも自分たちで洗うけど」
あっさりそう返されましたが、でも私は思うんです、医療従事者はけが人を専門に見て、シーツなどの洗い方は他の者に頼めばいいのではと。
その考えを言うと相手は何とも微妙な笑顔を浮かべ、
「それって誰に頼むの?私たちがお金を出して雇うの?あんたみたいに無償で手伝ってくれる人もたまにいるけど、自分のお金で雇ってまではちょっとねえ…」
つまりこういうことです。
清掃業がないんです、この国に。
城にはメイドたちが居て城の中の清掃をせっせとしてくれています。
しかし一般家庭だと男性は主に金を稼ぎに外に出ているので家のことは家にいる女性と子供が主のようです。
まあこの国はそこまで男尊女卑の考えが無いので女性も外に稼ぎに出て男性も家の事をやっているようですが、やはり男性が金を稼ぎに外へ、その間に女性と子供が掃除をするという比率が高そうです。
そして職場での清掃はその職場の若い人々…まあ言い方は悪いですけど見習いなどの下っ端の仕事のようです。
手が少し空いたバリバリ働く方もたまに手伝いに来てくださいますが、本当にごくまれに訪れる程度です。まあそうでしょう、まだまだけが人は多いのですから。
そして下っ端で若い方の給料はあまりよくなく、そんな若い方が洗い専門の者を雇う余裕があるかといえばありません。
それでも若いといえど皆さんも医者であり看護士であるんです。それならやっぱり全員でけが人へ集中してもらった方がいいような気がするんですけど…。
給料支給で洗濯ものをやってください、となれば、やります!と声を上げる方もいるでしょうが無料でお願いしますとなると見向きもしない人もいるでしょうしねえ。
私も学校で提示するボランティアなんてやる気起きませんでしたし、小学生のころにやっていた地域のボランティアの清掃作業も親が役員で巻き込まれて連れて行かれた程度ですし、テレビでボランティアでゴミ拾いしてる人を見ると立派だなぁと思いつつ自分はやりませんけどね、とお菓子を食べながら見てましたっけ。
…ええ、私はこういう人間です。
無償で何かをやるという考えがありません。
正直今現在やっているこのシーツ洗いのボランティアだって、城の中はあまりにやることが無くて暇すぎるというのと、自分のせいで怪我を負った方々への後ろめたい気持ちが行動力になってやっているにすぎません。
アイニーへ言った言葉も私の本当の気持ちです。やりたいからやっているんです。
でも日本に居たとしたら私はきっとこんなことやりません、ただ自分が関わったからこそ手伝いをしているだけのこと。
そう考えると、私はあまりにも考えがドライすぎると少し自分が嫌になります。
テレビでリポーターにどうしてゴミ拾いを?とマイクを向けられたボランティア活動の人が、
「やっぱりこう、川とか道にゴミがないと綺麗で皆気持ちよく過ごせるじゃないですか」
と真っすぐな目で答える人の顔を思い出すと、自発的でもなく、罪滅ぼし的に手伝いをしている私は何とも後ろめたい気持ちになりました。
「やってみせ(以下略)」は山本五十六も言ったらしいですね。私は初めて見た時に五十六が読めなくて、頑張って読み方をひねって読んで、
「ゴジロー」
と言いましたが、
「いそろく」
と即座に家族に突っ込まれました。読めるか。