後編
数日後、調理実習があった。お菓子作りだったからクッキーを作った。
持ち帰り用にラッピングしたクッキーをぶら下げながら教室への廊下を歩く。
クッキーの形はいつもと同じくブルドッグだ。ついやってしまった。追っかけは休止しているのに栗原君への未練がすごい。
私はこれを、栗原君に渡すつもりなんだろうか。
教室の近くまで来ると、なんと廊下に栗原君の姿が。
これは神様がクッキーを栗原君に渡せさあ渡せ、と言っているんだろうか。
追っかけ休止中にも関わらず栗原君に声をかけようとしたその時。
「はなちゃん、お願い」
栗原君が言った。
はなちゃん。それは中学の時の私のあだ名だ。
一瞬ときめきかけたが、栗原君がその他大勢の私をそんな風に呼ぶわけなかった。栗原君の向こう側に見えるストレートロングヘア―。
「嫌だったら!」
「はなちゃんの作ったクッキーが食べたい」
「他の子達からいっぱい貰ってるでしょ!」
「はなちゃんのが食べたい」
「ていうかはなちゃんって呼ぶの止めて!」
花巻だもんね。うん、はなちゃんって呼ばれてもおかしくないね。
というかこの間まで花巻さんって呼んでたのに、もうあだ名で呼ぶくらい親しくなったのか。花巻さんは拒否してるみたいだけど、スーパーアイドル栗原君におねだりされて本気で嫌がる女子は存在しない。
最終的には「しつこいからしょうがなく」と言いながらクッキーをあげていた。
「あれ?花井」
二人をボーっと突っ立って見ていたから、栗原君に存在を察知されてしまった。
花巻さんのクッキーをゲットしていつもより表情の輝いた栗原君は、皮肉にも追っかけをしていた時より格好良く見える。恋って偉大だ。
花巻さんはちらちらと私を見てくる。きっと私が栗原君に片思いして追っかけをしていた事を知っている。私はうるさかったらしいし。
もしかしたら、私が栗原君にクッキーを渡すかも、と心配なのかもしれない。栗原君はみんなに優しいからきっと笑顔で受け取る。そんなの心配しなくていいのにね。栗原君の特別はあなた一人だよ。
「どうした?俺に用事あった?」
「……ううん、ないよ。じゃあねぇ」
「ああ…」
笑顔で通り過ぎる私を不思議そうに見る栗原君。
会えば纏わりついてきて、黙っていても勝手に付き纏ってくる女子が、今日はクッキーを押し付けてこないんだから、驚くよね。というか、安堵してるかもしれない。花巻さんとの時間を邪魔されなくて良かったって。
クッキーなんて渡せるわけない。
「花巻さんのを貰ったからいらない」なんて言われた日には立ち直れなくなる。
教室に入って、自分の席で雑誌を読む千草の目の前にクッキーを差し出す。
「なに?」
「これあげる」
「は?俺に?」
「そう、もっくんにあげちゃう」
「うわなんか怖い」
「つべこべ言うな受け取れ」
「あっはいありがとうございます」
言葉とは裏腹に、存外嬉しそうな表情でラッピングされたクッキーを手に取る。
そしてすぐに封を開けて中身を取り出す。
「なにこれは。鬼?」
「……ブルドッグだよ!」
「鬼にしか見えない」
栗原君のために試行錯誤して辿り着いたブルドッグ型のクッキーに失礼な感想を言いながらばくっと口に入れる。
「形はあれだけど、味はおいしい」
「ひとこと多い男だ」
「これ栗原にやらなくて良かったの?」
「花巻さんがあげてるとこ見た」
「ああ~あるよねそういうこと。わかるわかる」
本当に適当な奴だ。学校一モテるアイドル栗原君に恋してるわけじゃないんだからわかるわけない。
適当塩顔平凡千草は次々に私のあげたクッキーを食べていく。たまにクッキーを見ながら「こわい」と呟きながら。
そんな千草の机の上に、もう一つラッピングされた袋があることに気付いた。
「それ何?」
「あ、これ?隣のクラスの子がくれた」
……ほう?
隣のクラスはうちのクラスと合同で調理実習だった。ということは、それは手作りクッキーか。
塩顔平凡千草に隣のクラスの女子がクッキーを渡したと。なんだそれ。なんか知らんけどムカつく。丁寧で綺麗なラッピングだ、中身も綺麗な形なんだろうな。私の鬼と見間違われたクッキーとは違って。……不快だ。
「食べないの?」
「今ははなちゃんのでお腹いっぱいだからいいわ」
「ふーん」
「はなちゃんファン休止中だよな?」
「そうだけど」
「今日放課後中学の奴らとカラオケ行くんだけど行かね?はなちゃんずっとファン活動だったからあいつらうるさくてさぁ」
「暇だし行くかな」
「あいつらの狂喜乱舞が目に浮かぶ」
「失恋ソング以外禁止で」
「えっ重い」
久しぶりに中学の友達と会えることになって少し気分が上がった。
そういえば高校に入学してからは追っかけが忙しくてろくに放課後遊んでなかった。毎日栗原君の部活見学してたし。
栗原君に紫色のタオルを渡せないのは残念だ。でも恋は休んで友達と遊んで青春するのも悪くない。
ファン休止十日目。
とんでもない場面に遭遇してしまった。
昼休みに人通りの少ない廊下の片隅で、栗原君と花巻さんの唇がくっついていた。
……現実逃避は止めよう。キスしていた。まぎれもなく二人はキスしていた。
どうやら栗原君が無理やりしたようで、花巻さんは栗原君を突き飛ばすと怒っている。
でも怒りながらも、耳が真っ赤だし瞳も潤んでいるようだ。そんな花巻さんに、謝りながらも愛おしそうな視線を向ける栗原君。
……ありゃあくっつくのも時間の問題だな。
彼と彼女の少女マンガストーリーも佳境に入っているらしい。
ショックじゃないと言えば嘘になる。でも、栗原君に特別ができたときに予感はしていた。
その他大勢が邪魔に入ったとしても、彼らの恋のちょっとしたスパイスにしかならない。
私の頭のなかの「休止」という文字が「終了」に変わる。
この廊下を通るのは諦めて主役の二人に背を向けた。
もう乙女はやめだ。女子力なんてくそ食らえ。マカロンなんて甘ったるくて食べてらんない。
帰ってあたりめでも食おう。
花巻さんが嫌々ながらもあまり栗原君を拒否しなくなって、二人が一緒にいる時間が徐々に増えてきて。一部の熱狂的ファンを除き、栗原君の周囲は落ち着いてきた。
あんなに栗原君が真剣なら仕方ない、自分に望みはない、と諦めていく片想いしていた女子たち。
ずっと栗原君だけ見て周りが見えていなかった私も、他のものを見たり友達と交流を深めたりする余裕が出てきた。
そうして初めて、腐れ縁の千草が全くモテないわけじゃないことに気付いた。
千草は平凡だけど背が高いし清潔感があるし、人当たりも良い。一年の始めごろにおとなしめの女子に告白されたこともあるようだ。付き合わなかったようだが。
そして昨日、隣のクラスの女子に告白されたらしい。クラスの男子が言っていた。
恐らく調理実習の日にクッキーを渡してきた女子だ。千草もやるじゃん。と思いながらも、胸の中はムカムカもやもや。まるでマカロンを食べ過ぎて胸焼けを起こした時のようだ。
「あんた告白されたんだって?」
「…あーうん。誰から聞いた?」
「クラスのヨコヤマ」
「横井な。うちのクラスに横山はいねぇ」
「で」
「…で?」
「付き合ったわけ?」
「付き合ってねー」
「ふぅーーん」
「なにその目は」
「べつに」
「でた茎ワカメ。はなちゃんファンやめてから中学時代並みに自由になってきたな」
千草と立ち話しながら茎ワカメをぽりぽり食べていると、廊下から千草にお呼びがかかった。廊下に向かう千草。
見ていると、廊下で待っていたのは女子だった。恥ずかしそうに背の高い千草を見上げて話しかけている。千草は背中をこっちに向けているから様子はわからない。
……あいつはもしや。
「花井さん、あれ千草に昨日告ってた隣のクラスの女子」
突然声をかけられてそっちを向くと、千草が告白されたことを私に教えてきた男子がいた。
「ヨコヤマ」
「横井だよ…」
「あの女子フラれたんじゃないの」
「みたいだね。でもあの様子見ると諦めてないんじゃないかな~千草もやるよね。告られるし花井さんと仲良いし」
ふーん。諦めてないんだ。そう思いながら茎ワカメをぶちっと噛み切る。
廊下の二人をじーっと見る。あいつはなんでもかんでも「いいよいいよわかるわかる」って言うからな。
押されたら折れそうだ。
「花井さんってさ、栗原のファンだったよね?最近追っかけてないけどやめたの?」
「やめた」
「じゃあ今好きな人いないの?」
「いないだろうね」
「なんで茎ワカメ食べてるの?」
「好きだからだろ」
「ははっ!花井さんって面白いね~!こんな性格だったなんて意外だよ。もっとこう、今時の女の子って感じだと思ってた」
「乙女は疲れるからやめた」
「いいね!俺そういうの好きだよ~」
「そうなんだぁ」
「あっすっごい興味なさそう!ねえ、line教えてくれない?」
「どんなやり取りすんの?」
「えー、今なにしてる?とか今度遊ぼうよ、とか写真送って~とか?」
「むり」
「そう言わずに」
「断る」
「わ~…全然脈無しだね」
がっくり肩を落としながらヨコヤマが席に戻っていく。それと入れ替わるように千草が廊下から戻ってきた。
「横井となに話してた?」
「お前に告った女子の話」
「……それ以外は?」
「それよりお前だよ。フラれた女子が何しにきた?」
「あー…なんか放課後一緒に帰ろうとかって」
「付き合ってないのになんて奴らだ…不潔だ…」
「や、断ったから!」
「それにしては随分話し込んでた」
「しつこくて断るのに時間かかっただけだって、てか横井とそれ以外なに話したんだよって」
「は?なんで茎ワカメ食べてるのとかそういう下らない話」
「あとは?」
「lineきかれたけどそれがなに」
「……教えた?」
「断った」
「なるほどね。うんうん、さすがはなちゃん」
「意味がわからない」
ついさっきまでの神妙な顔つきから、目を糸みたいにして笑う。
茎ワカメちょうだいと言われたのであげた。なんだこいつは。つまり女子はヨコヤマの言うようにフラれたにも関わらず諦めてないってこと?それで今日の放課後断ったとしてもまた明日も誘いに来るんじゃん?えっなにそれなんかもやっとする。
なんだこの気持ちは。
もやもやしながら数日過ごし、ある日の放課後。
図書室に本を返して人気のない廊下を歩いていたら、なぜか栗原君が廊下に設置された窓際のベンチに座っていた。
いつも女子に囲まれているのに珍しい。ただの日向ぼっこ……ではなさそうだ。
どこかショボくれた雰囲気で肩を落として俯いている。なんだこれ。こんな哀愁漂う栗原君は初めて見た。
でも私ファンやめたし。と通りすぎようとするが……。
ふう、という力ないため息を聞くと、どうしても放っておけなくて近寄った。
学年いち格好良い男子がこんなに落ち込んでるのに見て見ぬふりはできない。栗原君は尊いお方なのだ。笑っていてほしい。
「どうしたの?」
「あ……花井さん」
顔を上げた栗原君は、想像していたよりずっと元気がなかった。
とりあえずベンチの隣に、壁に寄りかかって立つ。隣になんて座れるわけない。
「元気ないね」
「そうかな……うんそうだな」
「花巻さん関係?」
「すごいね、なんでわかるの?」
そりゃあ、栗原君がこんなに落ち込むなんて、特別な花巻さんのこと以外ないでしょう。
「花井さんにこんなこと相談するの悪いんだけど……花巻さんにどう接して良いかわからなくなって」
「栗原君がしたいようにしたらダメなの?」
「ずっとそうしてたんだけど、今朝言われたんだ、俺といると女子に睨まれるから静かに生活できなくて嫌だって。彼女ちょっと泣きそうになってて……そこまで追い詰めてたことにショックで」
栗原君と付き合うなら、女子に妬まれるのはまあずっと付きまとう問題だろうな。
でも二人、最近一緒にいる時間増えてたし、チューも済ませてるし、もう付き合っちゃえばいいのに。そしたらさすがに諦める女子が殆どだと思う。
諦めない子には直接言えばいいんだ。それでも何しても諦めない子は知らん時間が解決するでしょ。
付き合う前にどうするって悩んでても仕方ない、まずは互いの気持ちを確認しあって付き合ってからだろ。
「それで花巻さんが嫌だって言ったら栗原君は身を引くの」
「それは……できない。したくない」
「じゃあ好きなように接したらいい。相手の気持ちを尊重して身を引くなんてバカらしいよ。相手が引く暇ないくらい押しまくればいい」
「……いいのかな、そんなこと」
「本能に逆らって生きるなんて損してるよ。花巻さんも素直になればいいのにね」
栗原君は恐ろしく整った目をぱちくり瞬いて私を見る。そして、ショボくれた空気を消してふんわり笑った。
「花井さんって、男らしい性格だったんだな。知らなかったよ」
「猫被ってたの、ごめん」
「いや、素の方が魅力的だ」
「そうかな、破天荒だって言われる」
「ギャップがあっていいと思う」
「あ…ありがとう」
「……花井さん、今までずっと応援とかタオルとか、ありがとう。花井さんはいつも元気だったから、俺も元気がでたよ」
「……うん」
栗原君の言葉は、まるで別れの言葉みたいだった。
きっと花巻さんに告白するって決心したんだろう。
向けられた笑顔や言葉にときめきはするけれど、悲しくなったり悔しくなったり、負の感情はない。
二人が上手くいけばいいと思う。もうきっと、栗原君に対する恋心は消えてしまった。
だって恋してたら、相手に彼女ができそうだったら醜くなるはず。ムカムカもやもやして。
……あれ?私最近ムカムカもやもやしてたな。いつだっけ。いっつもだ。だって腐れ縁のあいつがまあまあモテることがわかって、告白されたりアプローチされたりしてたから。あいつに彼女ができるなんて…………うわもんのすごい不快だ。
思い出して腸を煮え繰り返していたとき、窓の向こうに私をムカつかせる奴の姿を見つけて凝視する。
背の高い塩顔平凡千草。その隣には、千草の袖を引っ張って必死に何か言っている隣のクラスの女子。
一気に頭に血が上った。
窓を開け放ち上靴の足をサッシにだんっと乗せる。
私は本能に逆らわない女だ。
恋する乙女はきっとこんなことしない。乙女なんてくそ食らえだ。あいつが誰かのものになるなら乙女なんて捨ててやる。
「は、花井さん?いきなりどうしたの」
「栗原君っお互い頑張ろう、健闘を祈る!」
窓枠を乗り越え上靴のまま外に飛び出す。目標を前方に定めて全力疾走。
何の話をしてるのか知らないが、今にも全身ですがり付きそうな女子。潤んだ目でそいつを見るな。そいつに触るなっ。
迫り来る足音に気付いた千草がこっちを見て、目をぱちくりさせる。
そんな千草に思い切り突進した。全力疾走の人間が突進した衝撃に「うっおお!」と声を上げる千草。
20センチは高い千草の体を締め付ける……じゃない、抱き付く。「はなちゃん?」と頭上から声が降ってくるが無視だ。目の前の女子に睨みをきかせる。
「こいつはダメっ。私のだっ!」
敵意丸出し威嚇する猫のようにフーフー言いながら宣言する。
しーーん、と静まり返る空気。
「……あなた、花井さん……?」
そうか私を知ってるか、それなら話は早い。こいつのことはさっさと諦めろ。恋する乙女に対して自分勝手自己中心的最低最悪な事を考えてる自覚はあるが、遠慮なんかしてたらかっ拐われてしまう。
「ち、千草くん、花井さんとは付き合ってないって言ってたのに…ひどいよ…」
「え?あーうん。ごめん」
千草は呆けた様子で適当な返事をする。
「何に対するごめんだ。殺すぞ」
「は、はなちゃん…?」
そっと背中に手を添えられる。
なんだそのふんわりした触ってんのか触ってないのかわからん添え方は。もっと男らしくぎゅっとしろ。
「千草くんっ!」
「あのさ……悪いんだけど前にも言った通り付き合えない。ごめん。俺ずっと好きな子いるから」
「私……本当に千草君が好きなの……」
「うん。ごめん」
女子は目に涙を溜めて走り去った。でも私はそれどころじゃない。
「誰だ好きな子って」
「お前だろ」
「…………んん?」
「好きな子以外に抱きつかれて抱き返すわけないだろ。俺そんなに節操なくない」
「私が好き?」
「そう。中学のときからはなちゃんのことが好きだったよ。……ほんと、鈍いなぁ」
しがみついていた体を離して見上げると、ほんのり顔が赤い千草。目を糸みたいに細くして幸せそうに笑っている。
突然の告白に固まっていると、千草に手を引かれ近くの石段に座るよう促される。素直に座ると、千草もすぐ隣に座った。
「中学から私のことが好きなんて……知らなかった」
「はなちゃんモテたからな、仲の良い友達ポジション確保すんので精一杯」
「私が栗原君のファンやってた時も?」
「うん。早く栗原にフラれろ~とか普通に思ってた」
「お前そんなこと考えてたのかっ」
栗原君のことを逐一報告してた私って一体。千草もよく好きな女の下らない恋バナに付き合ってたな。全然気付かなかった。
「……はなちゃん俺のこと、私のだって言った」
「…………」
「俺のこと好きってこと?」
「…………」
「やったぜ」
「なっ……なんも言ってないだろっ」
「そんな真っ赤なはなちゃん初めて見た。好きって言ってるようなもんだ」
「す……好きなのか?」
「えっなぜ疑問系?」
「さっき千草のこと意識したばっかなんだよ。あの女に取られたくないって」
「それは好きだろうな~」
へらへら嬉しそうに笑う千草にムカついて、すぐ近くにある肩を殴り付ける。それでも千草はへらへら笑っている。
幸せそうな面しやがってっ。
「はなちゃん」
「なんだよ」
「俺と付き合って下さい」
「い…………いいよ」
「さゆ」
「…………は!?」
「ずっと名前で呼んでみたかったんだ」
「……お前は私の彼氏なんだから、好きに呼んだらいい」
「あー……夢かなこれ」
「知らんバカ」
「はは。な、もっくんって呼んで」
ものすごく良い笑顔で要求され、眉に皺を寄せる。
もっくん。基季だからもっくん。
いや別に、もっくんとかたまにふざけて呼んでたし。
でもなんか。友達をふざけて呼ぶのと彼氏を呼ぶのとじゃ、違わないか。なんか。なんかさ。…………バカップルみたいじゃないかっ。
「さゆ?」
「またこんど」
「いや夢じゃないって確信するために呼んでほしい是非」
「も……」
「うんうん」
「…………もっくん」
「さゆ」
なんとか口からひねり出すと、千草はいつもと違う男臭い顔で静かに笑かけてきた。
その表情から目がはなせない。
好きだと意識した途端、塩顔平凡面が世界一格好良く見えてくる。
笑うと糸みたいになる目も、形の良い鼻も、薄い唇も。……あれ。千草格好良い。間違いなく薄味の平凡面なのに格好良い。これが乙女フィルターというやつか。
栗原君よりずっと格好良…………いややっぱり栗原君のが格好良いわそこはしょうがない、次元が違うから。うん。
「もっくん。今日は二人で帰ろうか」
「毎日帰ろう」
「最初だけな」
「盛り上がってるときだけかよ」
「いいでしょ別に。いつでも会えるんだから」
「そうだな。付き合ってるんだもんな」
「そうだよ」
でも私は学校いちモテるアイドルじゃなくても、こいつが好きだ。
「ずっと諦めないでしつこく好きでいてよかった」
そうだな、千草の勝ちだ。
こんな中身破天荒な変な女をずっと好きでいて、最後には落としたんだから。
「これからもずっと好きでいてよ」
私の世界一格好良い塩顔平凡男子。
ENDです。
読んでくださりありがとうございました。
楽しく書けました!
あたりめ=するめ