第2章 精霊学園へようこそ! ~その2~
「お兄様?」
私が蹴散らして差し上げましょうか?
織姫の顔が雄弁にそう語っていた。
「いや、アレでいく」
「はい、お兄様。身の程を知らせるには、ちょうどいいですわね」
満面の笑みとは裏腹に織姫はかなりの毒舌だった。
「舐めてやがるのか?」「おいおい、やる気かよ」
男子生徒の挑発に、悠斗は軽く脱力してしまった。
その自信はどこからやってくるのだろうか?
無謀さは、まだ世の中を知らない若者の特権だと悠斗は思う。自分もあんなことがなければ、今頃ぼんやりと学生をしていただろう。
そして、それはとても幸福な事なのだ。
悠斗はもう失ってしまったが。
「織姫、あまり煽るなよ」
「事実ですわ。お兄様とやり合おうなんて、ホント身の程を知らない……」
「まだ若いから、無知なだけさ」
先ほどの精霊魔法を精霊魔法によって相殺させたのを見れば、悠斗がどれほどの使い手かわかろうというものだ。
「あ、古式さんは少し下がっててね」
「……はい」
愛李は悠斗の指示通り少し距離を取った。
それを合図とばかり、精霊魔法の印を結び始める。
「くらえ!このナンパ野郎」「死にさらせ!」
威勢のいい言葉は飛ぶが、肝心の精霊魔法は一向に飛んでこない。
男子生徒はとっくに精霊魔法を完成させているはずだ。
「どうなってるの?」
今、何が起きているのか愛李には理解不能だった。
「終わりましたわ、お兄様」
「じゃあ、行こうか」
「あの、終わったって……?」
「古式さん、あいつらの足もとを見てごらん」
くいっと顎で悠斗は男子生徒の足もとを指し示した。
「足もと?」
言われて見てみると男子生徒の足もとが凍って地面とくっついてしまっていた。
あれでは一歩も動けないだろう。
「時間が経てば、精霊と繋がるはずだ」
悠斗は謎の言葉を残して踵を返した。
「せいぜい霜焼けになるくらいで、凍傷にはならないから」
ニコッと微笑んで織姫は悠斗と並んで歩く。
愛李は慌てて2人の後を追いかけた。
だが釈然としない。
どうして精霊魔法が飛んでこなかったのか、種明かしがされてないからだ。
よほど愛李は怪訝な顔をしていたのだろう。
「ああ、今のは……」
悠斗が丁寧に解説を始めるのだった。
「……なかなか、興味深いものを見させてもらったわ」
よほど衝撃を受けたのか、茉夏の表情は硬い。
「今のは、一体何をしたんだ?」
眉間に深い皺を刻みながら、汐莉は納得のいく説明を求めた。
何が起きたのか、さっぱりわからなかったからだ。
「先に答えを言うと、何も出来なくしたのよ」
この一言では意味が不明だ。茉夏が解説を始めるのを汐莉は大人しく待つ。
「あの男子生徒2人の契約精霊に大量の精霊力を送り、一時的に契約を無効にした……、いや乗っ取ってしまったと言うべきかしら?」
「ちょ、ちょっと待て。契約者が最も効率よく精霊力を伝達できるから、契約精霊なのだろう?」
「それを覆すほどの異常な量の精霊力の持ち主なのよ。今回の場合は精霊使いとしての才能の差に大きな隔たりがあったから、可能だったのだと思う」
レベル差があったから、といえばわかりやすいだろうか?
逆に差のない相手、例えば江東の虎の場合は通用しなかった。
「契約精霊を乗っ取るだと?」
「しかも2人同時にね。私でも、せいぜい1人しか無理ね」
茉夏のその言葉で、汐莉はむぅっと唸った。
「さらにいえば手加減をする必要があったから、あんな手の込んだ真似をしたのよ」
「だな。精霊魔法を直接ぶつけた方が手っ取り早い」
「でも、それをしてしまうと……」
「相手が死んでしまう危険がある」
「ええ」
わざわざ相手の精霊魔法を封じるなどという面倒な方法をとったのは、そういう事情があった。
強過ぎるが故に、相手の身も慮らなければならない。
「2年前よりも、さらに強くなっているな」
戦場で悠斗の戦いぶりを目にして以来、汐莉は壬生家で厳しい鍛錬に励んできたつもりだった。
しかし、それは『つもり』でしかなかったのではないか?
汐莉はそんな疑念にかられる。
もちろん精霊魔法、剣術ともに当時と比べるまでもなく上達していた。
それでも悠斗に追いつくどころか、背中すら見えていないのではないか?
「勝機があるとすれば、ヤツに精霊魔法を使わせないように立ち回る……。これしかないな」
「彼と戦う気なの?」
「戦ってみたい! ヤツは世界でも指折りの精霊使いだからな」
「正面からの一騎打ちなら汐莉に分があると思うけど、彼の契約精霊は特別だから……」
茉夏も虹七家の一角を占める蒼家の一員である。
その伝手で悠斗の契約精霊が何であるのか知っていた。
「私もヤツの契約精霊は知っている。あんな強力な精霊を制御できるだけで、尋常ではない。ヤツの戦う姿を見たときから、目標にしてきたんだ」
「ふうん。それだけかしら?」
茉夏は意味深な視線を汐莉に向ける。
「どういう意味だ?」
「惚れちゃったのかなあ、と思って」
「かもしれん。ずっと意識し続けてきたのは間違いないし」
「あ、否定しないんだ」
これには茉夏は驚きを禁じ得なかった。
汐莉はセクシー担当と自称するだけあって、男子から人気がある。
しかし言い寄ってくる男子たちを、フッてしまうという意味で片っ端から斬り捨てていた。
「井の中の蛙を相手にしている暇はない!」
というのが汐莉の言い分である。
ただ精霊と契約しているだけで得意になっている輩など、話にならないというわけだ。
汐莉は壬生家の第一線で活躍する大人たちに囲まれて生活している。
精霊学園の生徒など、子供にしか見えない。
まあ、実際に子供なのだが。
そんな中、同世代で自分よりも、いや壬生家の人間よりも強い存在が現れたら?
惹きつけられないはずがなかった。
「風紀委員に勧誘してみるか」
妙案だと汐莉は思った。何かと理由を付けて、悠斗と手合わせする機会もあるだろう。
「あら。それは駄目よ。彼には生徒会に入ってもらうつもりなのよ?」
「そっちは妹の方で十分だろう?」
「生徒会だって男手が欲しいのよ」
「こっちは腕っぷしのある奴が欲しいんだ! 私のようなか弱い乙女の柔肌に、生傷が絶えないくらい大変なんだ!!」
「か弱い乙女ねえ?」
「私だって華の女子高生だぞ?」
精霊学園の生徒は、とかく精霊魔法を使いたがる。
そこからすぐ喧嘩に発展し、精霊魔法の撃ち合いという洒落にならない事態となってしまう。
そういった生徒同士の諍いを止めるのは風紀委員の仕事だが、なまじ精霊魔法という力を手にしているため一筋縄ではいかない。
さきほどの新入生同士の揉め事を難なく処理した悠斗の手際は秀逸だった。
「……というわけで、ウチがもらう」
汐莉が断言した。
本人のあずかり知らぬところで、悠斗は自分の配属が決められてしまった……。