18-2
「ほら咬介行くよ。全く、晴れの舞台だというのにネクタイもしないで。白夜会、それも次期総帥をお披露目する大事な集まりなんだから。主役がこんなんじゃあ皆呆れちゃうよ」
ぐいぐいと背中を押して廊下に出る。すると、そこには優二郎叔父さんと右近さんもいた。
「ようやくお出ましか」
「急ぎなさい。皆お前たちを待っている」
すみません、と咬介の代わりに謝り、呆れ顔のニ人はため息をつく。とりわけ、叔父さんは落胆の顔をみせていた。
「……あれだけお膳立てしてやったのに、憂介のやつ、次期総帥は咬介とする、自分は補佐にまわると宣言するなんて……」
数日前、紅獅子財閥の集まりの中で僕は全員に向けそう宣言した。勿論反対するものも多かったけれど、僕は強く決意を固めており、咬介たち元老院派は僕を副会長として得たことで経営面の心配を解消できたのか寧ろ歓迎ムードだった。叔父さんたち保守派も、あわや紅獅子財閥から出て行かざるをえない状況だった中、確約されたポジションと待遇に溜飲を下げ、今ではあの一触即発の空気はどこへやら、朗らかな雰囲気すら漂っている。
───最初から、対立するのではなく手を取り協力し合えばよかったのだ。
僕は皆を先導し従えるのは性に合わないし、苦手な部分はお互い補い合って進めばいい。父さんは、きっとこうなることを予見していたんじゃないかな。互いに力を合わせて進むことで、互いの真価は発揮できる───。僕は充足感に満たされながらそう思った。
「ホラ咬介、新体制発足の宣誓の文は持ってきてる?ちゃんと昨日用意してあげただろ」
「うるせぇ。適当に済ましゃあいいだろ」
「またそんなこと言って……そういえば前に話した紅獅子の医術師の方、ずっと行方がわからなかったけどちゃんと見つかったよ。今日も来てくれるよう頼んであるから、後で一緒に会いにいこう」
咬介はこちらを見て少し笑った。これからの未来に希望が見え、少し安心したようだった。
───翡翠の乙女は獅子の眼を持つ者にのみ力を授けることができ、またその血や体液は剣妖を殺す特効薬にもなる。歴代当主に仕えた翡翠の乙女たちは皆その力を紅獅子の当主たちに利用されてきたのだが、その特異性から、表舞台に出てくることは稀だった。皆周りの人間が自分の被害に遭うのを拒否して紅獅子の離れなどでひとり寂しく過ごしていたという。歴代の紅獅子の当主たちにとっては、翡翠の乙女は力を授けてくれこそすれ、それ以上ではない、ただの便利な消耗品程度にしか見ていなかったのだろう。
だが父さんは、咬介の母君───百合子様を愛した。百合子様は同じように翡翠の乙女として父さんを支え、そして子供も設けることができた。父さんも、百合子様が皆と変わらず生きられるように、翡翠の乙女の持つ星の祝福について極秘で研究を行っていた。そしてついに、翡翠の乙女が周囲から生命力を吸収するのを止めることができる方法を突き止めていたようだった。施術の前に百合子様は僕の母によって屋敷を追われ行方不明に、父さんは事故に遭い計画は頓挫していたようだが、僕はようやくその研究に携わった医術師を見つけることができた。
「───でもいいの?美夜の星の祝福───生命力を受けることが出来なくなったら、君も永遠に力の増幅は叶わなくなる」
僕の問いに、咬介はケッと笑いながら、
「構わねぇよ。アイツは……誰にも、何にも遠慮することなく陽の元を歩くべきだ」
星の乙女としてではなく、ただ一人の女、鈴代美夜として俺の隣にいてくれればいい。そう言いきった。
───咬介、本当にいい顔をしてるよ。美夜を頼んだよ。僕が幸せに出来なかった分、どうかその笑顔を守ってやってくれ───。
目を瞑り、僕は思う。そして想像する。いつか咬介の成婚者として紹介されて、皆に歓迎され受け入れられる美夜の姿を。
ようやく舞台袖に到着すると、席から主役の登壇を待ち侘びる声が聞こえてくる。
司会の男が咬介の紹介と本日の白夜会の流れを大まかに説明した後、舞台中央へと呼び寄せる。
「───それでは皆様拍手でお迎えください。紅獅子財閥の新たな代表、総帥になられます、九頭咬介様です」
今日一番の歓声が上がる中、皆新たな代表の誕生に大いなる期待を寄せ、拍手で迎えた。




