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───やぁい、最下位の出来損ない、お前なんか紅獅子の面汚しだ。さっさと使用人とでていけ───。
辛辣な言葉を投げる同世代の子供たち。俯き言い返そうともしない憂介さまの代わりに、私は石を持って彼らを追いかけ回す。
「やめなさい!紅獅子家の大切な跡取りであられます憂介さまへの無礼侮辱は、この私が許しません!」
「うるせぇ、二人揃って出来損ないが!」
憂介さまは相変わらず俯いたまま何も答えようとせず、ただじっと黙したまま。よく言えば思慮深く忍耐強い。悪く言えば腰抜けで、何もしようともしない態度に業を煮やして手と口を出すのは、いつだって私の役目だった。
「憂介はどこの種ともわからない、阿婆擦れが産んだ木偶の坊だ!その証拠に憂介の眼は、最下位の墨の眼じゃないか」
カッとなった私は、相手の胸ぐらを掴むとそのまま地面に押し倒し、がなり立てた。
「この無礼者!!憂介さまのみならず、亡き奥様まで愚弄するとは!許せない!」
「美夜!やめろ!」
ようやく口を開いたかと思うと、憂介さまは私の腕を掴み、そのまま立ち去ろうとする。
「何故ですか!憂介さま、あそこまで言われて悔しくはないのですか!」
何も答えず足早に去る私たちに、子供たちは追い討ちの言葉を投げる。
「悔しかったら開眼して証明してみろ!お前が紅獅子の正当な血統であることをな!」
走ってその場から去り、屋敷敷地内へ進む。ふたり並んで走る私たちの姿を見て、大人たちでさえ、聞こえるような陰口をたたいた。
───見なさい、あれが紅獅子のご嫡男よ。なんと憐れな瞳の色よ───
───ほんに当主様の子かも分からない。何処ぞの馬の骨との間に生まれた証拠だ───
───それに、宛てがわれたあの娘。わざわざ拾ってやったというのに、何の効果も見せないなんて。やっぱり翡翠の瞳であっても、孤児の娘に星の祝福なんてないんだ。二人揃って、紅獅子の面汚しだ───
憂介さまは急に止まり、振り返って陰口を言った者を睨むと、
「撤回しろ」
まだ幼さが残る声は震えているが、漆黒の瞳は意志の強さを物語るように睨みつける。
「僕のことはどれだけ悪く言ったっていい。だが、美夜のことを悪くいうのは許さない。お前はどこの所属だ。名を言え」
意表を突かれたじろいでいる相手に、憂介さまは続けた。
「美夜は僕の大事な付き人だ!馬鹿にしたら承知しな───」
言い終わる前に、何処からか吹き出し笑いが起こった。まだ齢十ニにも満たない憂介の姿は、幼いのに勇敢で、そして、滑稽だった。また、その付き人である私、鈴代美夜は更に歳下で、敵愾心を向ける大人たちに囲まれた中、矮小で脆弱な私たち二人は、ただ無力だった。
折角勇気を振り絞り反発したのに馬鹿にされ、耳まで赤くなった憂介さまを、今度は私が手を引き、屋敷の奥、憂介さまの部屋まで連れて行った。息を整え、誰もいないことを確かめると、ようやく一息ついて向き直る。
「憂介さま、泣かないで」
ぐしゅぐしゅと音を鳴らし、涙と洟で顔を濡らした少年は、悔しさから大粒の涙を流す。漆黒の瞳は濡れ、その美しさに魅入りながら思う。
───こんなに美しいこの黒の瞳が、最下層だなんて───。
紅獅子家。今なお根強く残る貴族制度の中でも、知らぬものはいないと言われるほどの豪傑一族であり財閥。そしてその名を他と一線を画すほどの地位たらしめたのは、過去何度となく続いた、世間を騒がす剣妖と呼ばれる妖怪物との戦争でもその力を遺憾無く発揮させた、高い戦闘能力だ。
紅獅子家の当主は代々闘神と呼ばれ、双眸に光る紅の瞳は、相手の手の内のみならず未来をも見通せると揶揄されるほど戦略と智力に長けた。だが戦争が終わって平和が訪れた今、武力に取って代わり活躍させたのは、先見の明を持つ経営力の方だった。先を見越すその力は、経済界でもその力を惜しみなく発揮させることで、その地位を盤石のものとした。
───憂介さま、いい加減開眼なされませ。未だ最下層の墨の眼だと、亡くなられた前当主様に顔向けができませぬ───
───お父様であった優一郎様は、あなたの齢で既に開眼され、最高位の紅の眼をおもちあそばれておりました───
紅獅子家の力は、瞳の色に宿る。
最高位でありその瞳を持つものが代々紅獅子家の当主とされ重用されてきた、紅獅子の象徴たる燃えるような紅の眼。
二等位、柔らかく暖かみを持たせた緋梅色。
三等位、暗い、焦げたような褐色。
そして、最下層位の、濡れ鴉のような漆黒の瞳。何の力も持たない、通称、墨の眼。
世襲制である紅獅子家の唯一人の嫡男として生まれた憂介さまは、生まれてから今日に至るまで、ずっとこの墨の瞳のままのため、同族からも嘲笑の的にされてきた。
「僕のせいで美夜まで馬鹿にされた。僕のせいで」
「憂介さまのせいではありません。それでいったら、星の祝福を使えない、私の責任です。拾っていただいたご恩を、お返しできない……私は、憂介さまのために存在しているのに」
「美夜のせいじゃない。ごめん。ごめんね……美夜、この家において、僕の味方は美夜だけだ。どうか、ずっとそばにいてね」
「はい。私はずっと、憂介さまのお側におります」
これから先すっと、何があっても、一緒にいます───。




