プロローグ⑤
(コイツは今、なんて言った)
『えーっと、私もダンジョンの外に連れて行ってくれませんか?』
「言い直さなくていいぞ。分かってるから」
俺が完全にフリーズしていると、龍は顔を近づけてきて、耳元で囁いてくる。
巨大な龍の頭が、顔の横にあっても恐ろしいだけだし、ましては囁かれるのは恐怖感が増すだけだ。
「ジョークか何かですか?」
そうとしか言えないし、ジョークでないことを脳が拒んでいる。
『いいえ、違いますけど』
(ですよね)
常識的に考えれば、モンスターがダンジョンの外に出たいなんて、ジョーク以外の何物でもないのだが、目の前にいる存在は常識的な存在ではない。
『そっか、今は龍の姿ですもんね。これじゃあ、人間界にはいけないか』
龍がボソボソと何かを言う。
よく聞き取れなかったが、龍の姿がどうのこうのと言っていたが、どういう意味だ。
『じゃあ、人の姿になりますね。見ててくださいよー』
張り切ったトーンで龍がそう言うと、龍の身体が縮んでいき、人の姿を模す。
『どうですか?』
目の前には先程まで俺を殺しかけていた、いかつい龍ではなく、二十代くらいの見た目をした長身美女がそこに立っていた。
(やべぇ、失神しそう)
痛みのあまり失神したことはあったが、カオスな出来事で失神しそうになるのは初めてであった。
『おっ好感触っぽいですね。たしか、男性?は女性に抱き着かれるのが、好きなんでしたよね』
龍もとい龍人は、こちらに近づいてくると、ギュッとハグしてくる。
龍人のプロポーションはかなり良く、豊満な胸を押し付けられ、普段であれば、鼻の下が伸び切っていただろう。
(龍だってわかっていたら、全然興奮できねぇよ)
顔立ちもかなり整っており、匂いも不思議といい匂いがしている。
感触も素晴らしく、男の部分を大いに刺激されているはずなのに、申し訳ないが、全然興奮できない。
むしろ、怖気のようなものが走ってきており、押しのけたい気持ちに駆られている。
『あれ、全然体温も心拍数も上がっていませんね。こうされると、男性はドキドキするそうなんですが、もっとしっかり抱き着くべきですか?』
なにを勘違いしたのか、龍人はより力を込めて、抱き着いてくる。
流石は龍、凄い力であり、俺の腕力では全く逃れられる気配がしない。
「ちょっと待て」
『はい』
俺は低い声で言うと、ピーンと背筋を伸ばした龍人が抱き着くのを止める。
「お前は外に出たいんだよな」
『はい』
「俺を殺すつもりはないんだよな」
『はい』
「人間と龍の力の違いは、分かっているよな」
『はい』
「お前から見て、多少強いとしても、俺は人間だよな」
『はい、はい、すみません』
龍人もようやく思い至ったのか、何度も頭を下げて謝ってくる。
(悪い奴ではないんだよな)
擬態している可能性もあるが、そもそも、龍が一匹人間社会に紛れ込んだところで、今の日本は、世界はどうということはないだろう。
「俺の言うことは聞けるか?」
『はい!』
手を挙げて激しく頷く、龍人。
「わかった。じゃあ、案内してやるよ」
『ありがとうございます!』
花が咲いたような笑みを浮かべる龍人に、俺は呆れた笑みを浮かべるのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。




