ナセリア様とメイド服 2
ナセリア様は僕の前に椅子を持ってこられると、腰掛けられたまま、神妙な面持ちで俯かれてしまった。
「‥‥‥ご迷惑でしたか?」
やがて沈んだお顔で、消え入りそうなお声でおっしゃるものだから、僕は即座に、そのようなことはありませんが、と否定した。
「‥‥‥先日、ユースティアにお話を聞かせて貰って」
お話、というのはおそらく、僕の身の上話の事だろう。
あまり他人に話したり、聞いていただいたりはしてもらいたくなかった話ではあったけれど、そう思っていたのだけれど、つい漏らしてしまうように口を出てしまったということは、本当は誰かに聞いて欲しいと思っていたのかもしれない。
「‥‥‥あの夜、考えていたんです。そして、無理やり聞き出すような形をとってしまったことを、反省して、申し訳なく思っていて‥‥‥」
あれは、どちらかといえばナセリア様は上手いこと言いくるめられていただけのようにも見えたのだけれど。もっとも、ナセリア様に強制することは出来ないだろうから、最終的にはナセリア様がご自身であの場にいることをお決めになったのだろうけれど。
「そうしたら、丁度、ユースティアがあのような時間に外へ出てきたので、やっぱり、私ではだめなのかと思ってしまって‥‥‥」
あのような時間というのは、おそらく誰にも知られないような時間に黙っていなくなってしまうのではとお考えになっていらしたのだろう。
あの時もお伝えしたけれど、こうして雇っていただいている身で、書置きなども一切なく、黙って立ち去るなどという非礼を犯したりはしない。
「私では‥‥‥?」
「いえ、何でもありません」
それよりも気になった言葉があったので尋ねてみたところ、少し慌てられたご様子で否定されてしまった。
何でもないと黙ってしまわれると会話が続かなくなって困ってしまうのだけれど。今も部屋の中の沈黙がなんだか妙にちりちりとしている。話題が話題だけに流すことは出来ず、僕の方も何かかけられるべき言葉を見つけられず、ただ机に置かれたカップに入れられた紅茶からあがる湯気を見つめていた。
ナセリア様はずっとうな垂れて、しょんぼりとされていらしたのだけれど、ますます不安そうな、寂しそうな目をされる。
「そのようなお顔で何でもないとおっしゃられても、全く説得力がありませんよ」
「‥‥‥そうですね。‥‥‥中々ユースティアのようにはいきません」
顔を上げられたナセリア様を見た時に、ああ、あの時僕はきっと上手くできなかったのだと分かってしまった。
自分でも、少し感情が溢れてしまっていたのは分かっていたけれど、想像以上に漏れ出てしまっていたらしい。
やっぱり、他人に話すべきことではなかった。
けれど、ナセリア様は
「‥‥‥私は、ユースティアが話してくれて、自分勝手な満足に囚われていたのですけれど、やっぱり、あなたに聞くべきではなかったのではと」
だから、僕を喜ばせてくださろうと、励ましてくださろうとしてくださったということだろうか。
それはもちろん恰好の事なんかではなくて、一緒に居たいと思ってくださったという事だろうか。
「では、その恰好は‥‥‥」
「ドレスではあまり適しているとは思えませんし、その、ユニスが少し羨ましくて‥‥‥」
「ユニス?」
最後の方は小さくてよく聞き取れなかったのだけれど、ユニスがどうとかおっしゃられたような気がする。
たしかにユニスはメイド服だけれど、それはユニスがメイドの職についているからであって‥‥‥もちろん、ナセリア様のなさる恰好に何か言うつもりはないのだけれど。
「それに、フィリエが色々と用意してくれた服は、その、どれも、このようなことにはやはり適さないようなものばかりで‥‥‥」
フィリエ様が仰っていた猫耳がどうのとか、踊り子がどうこうとかというのは、そういう事か。
でも、この服はナセリア様がおつくりになったという事だけれど、それもさっきおっしゃられていたユニスの事と関係があるのだろうか。
「‥‥‥ユースティアは、私とはあまり親しくは話してくれませんけれど、ユニスとは親し気に話していることが多いように見えたので」
それは、ナセリア様はお姫様で、ユニスはメイドなのだから、親し気に、というか、会話する率にどうしても差が出来てしまうのは仕方のないことではないだろうか。
まさか、ユニスと話すのと同じようにナセリア様とお話しをするわけにはいかないし、そもそも行動パターンが違い過ぎる。
つまり、ナセリア様はこの恰好、メイド服を着れば、僕がユニスたちと話すのと同じように話してくれるのではと思われたという事か。
「‥‥‥もちろん、あなたの、そして自分の事も分かってはいるつもりです。それでも、私は––」
ナセリア様も、ご自身の境遇に不満があるわけではないのだろう。むしろ、誇りを持っていらっしゃるのだろうということは、エイリオス様をはじめ、フィリエ様にも、ミスティカ様にはどうか今のところ分からないけれど、同じお城に過ごさせていただいているのだから、そのくらいは見て取れる。
ナセリア様がなおも話していらっしゃる最中だったけれど、僕はナセリア様の下に膝をついて、出来る限りの親愛を込めて、敬意をもって、その手を取った。
ナセリア様が求めていらっしゃるのは、こういう事ではなく、むしろ逆なのだろうけれど、少なくとも今の僕には、思いついてはいても、実行に移すだけの勇気はなかった。
「寂しい思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
僕がここへ来た初めの、ナセリア様の部屋を襲撃していた賊を捕える際にも誓ったはずだ。決しておひとりで抱え込むような真似をさせたりはしないと。
それは、あのような目に見える脅威だけではなく、お心を痛められていたのだとしても同じことだ。
僕程度に何が、どれ程のことが出来るとは思っていないけれど、そうできるように努力しなくては、お城に仕えるものとして、姫様方の教師として、当然の心構えかもしれない。学院の、学院長様の部屋にそんな様な内容の掛け軸が掛かっていたような気もする。内容も覚えていないので、本当に反省するべきことだけれど。
後日、学院にはまた暇を見つけてお邪魔させていただいて、教師としての、もしくは相談者としての在り方を学んできた方が良いのだろう。図書室にも似たような内容の本があるかもしれないし、ミラさんも相談され慣れていらっしゃるような雰囲気を感じることもあるので、尋ねてみるのも良いかもしれない。
「ナセリア様が、私などの事を思ってくださっていることはよく心に沁みました」
「え、あの、その別に、想ってなどと‥‥‥」
ナセリア様がお顔を赤く染められて、あたふたと何かおっしゃられている様子だったけれど、僕も言いたいことは言っておかないと、また同じようにナセリア様に抱え込ませてしまうかもしれない。
「そのご期待にどれほど副うことが出来るか分かりませんが、一層精進したします」
やはり何か間違えたのかもしれない。
ナセリア様は「はい」と頷いてくださったけれど、やはり完全に憂いを絶つことは出来なかったようだった。




