ナセリア様とメイド服
ナセリア様が用意してくださった朝食は僕の分と思われる1人分しか乗っていなかった。
私はもう済ませましたから、とおっしゃられたナセリア様が銀の蓋をとられると、オムレツと、カリカリに焼かれたベーコン、にんじんとほうれん草のソテーとふかふかの白いパンが、香ばしい匂いと共に、暖かい湯気をあげている。
「ユースティア、どうぞ冷めないうちに食べてください」
もう済ませたって、一体、ナセリア様は何時ごろに起きられたのだろう。
まさか昨晩おつくりになられたものを温めて出されるようなことをされるはずもないし、今朝作ったのだろうけれど––朝といえるのかどうかは微妙なところだけれど––今、朝食を用意されて、自分の分を済ませられるような時間となると‥‥‥。
僕は思わず部屋の時計に目をやりそうになった。
そんなことを考えているうちに、ナセリア様はてきぱきと部屋の備え付けの机を片付けられて、その上に朝食のお皿を並べられた。
朝食はいつも朝の鍛錬の後に摂っているのだけれど、まさかこの場でそれを言い出すわけにもいかず、ご厚意を蔑ろにすることも出来ない。
「い、いただかせていただきます」
じっと見つめられていて食べにくかったのだけれど、ナセリア様が幸せそうなお顔を浮かべていらしたので、僕のそんな気持ちは後回しだった。
「御馳走様でした。とても美味しかったです」
お世辞ではなく、香辛料、おそらくはハーブの一種の味がしていて、口に入れた時にとろけたオムレツはとても美味しかった。
僕が食べ終えると、そのまま食器を戻されたナセリア様はすぐに出て行かれるのだろうと思っていたけれど、何かを期待されるような表情で、僕の事をじっと見つめていらした。
朝食のお礼は告げたし、他にこの状況でナセリア様が待っていらっしゃることは何だろう。
そう思いながら、まじまじ見るのは失礼と思い、自然な感じを装ってナセリア様の様子を窺うと、ちょくちょくブリムの位置を直されたり、エプロンの端を引っ張ったりなさっている。
「‥‥‥とてもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます」
どうやら正解だったらしく、ナセリア様はぱっとお顔を輝かせられて、やはり嬉しそうにもじもじとなさっていらした。
朝食は早過ぎたけれど、それで困るようなことはない。食べなければいけないものだし––料理長様方に悪いし、姫様方に魔法をお教えしている最中や有事の際に倒れるわけにはいかないからだ––今朝はナセリア様が手ずから用意してくだったのだ。僕だって、男として、ナセリア様のような美貌の方に用意していただいた食事が嬉しくないわけはない。
しかし、改めて落ち着いて先程のナセリア様の格好を思い出すと、メイドさんというよりは、メイド服を着せられたお姫様という感じが強く、とても可愛らしくて、綺麗だったのだけれど、ユニスのように、メイド服が似合っているとは言い難かった。
しかし、フィリエ様は一体どのような思考をなさったらあのような結論に至られるのだろう。
それにあのメイド服も、お城にナセリア様のサイズに合うようなメイド服を着ていらっしゃるような方はお見かけしたことはないし、どこから調達されたのだろう? いや、もしかしたら、お城でも昔子供のメイドさんが務めていらしたのかもしれないけれど、ナセリア様とサイズがぴったりだったように見えたし、謎は謎だ。
「ユースティア」
朝の鍛錬を終えて、木陰で座って休んでいると、やはりまだメイド服を着ていらっしゃるナセリア様がぱたぱたと走って来られた。
「ナセリア様。そのような格好で走られては危ないですよ」
僕の元まで駆け寄って来られたナセリア様は、深呼吸をなさって、呼吸を落ち着かせられると、いつも使用されていらっしゃるヴァイオリンを取り出された。
「ここで練習をしても良いですか?」
「私に尋ねる必要はございません」
ナセリア様は少し細められた目を僕へと向けられて、それからゆっくりとした調べの旋律を奏でられ始めた。
◇ ◇ ◇
昼食もナセリア様がハムやチーズ、レタスやトマトを使ったサンドイッチを作ってくださったので、僕のお借りしている部屋でそれを一緒にいただいた。
朝の時間はナセリア様はお勉強をなっていらしたのだし、僕も騎士の皆さんの訓練に混ぜていただいたり、魔法師団の方との訓練や雑談をしていた。
そうして僕が部屋へ戻ると、丁度見計らったかのようなタイミングでナセリア様が昼食を運んできてくださったので、それを済ませた後、魔法の授業をするために、着替えにゆかれたナセリア様よりも先に僕は庭へと出てきていた。
「どうだった、ユースティア」
「どうだった、ではありません、フィリエ様。一体、どうなさったのですか?」
ナセリア様のあの格好の感想をお尋ねになられたのだろうけれど、僕の方もフィリエ様に尋ねたいことはある。
「もちろん、お似合いでしたけれど––」
「そうでしょう。お姉様、すごく可愛かったわよね」
あのような手紙をお入れになったのだとは思えないほどうっとりとされた表情で、フィリエ様は頬に手をあてられた。
「いつものドレスじゃ新鮮さが足りないと思って。奇抜過ぎる格好をお姉様にさせるわけにはいかないし、その点、メイド服ならユースティアも見慣れているでしょう?」
それはユニスたちが着ているからであって、決してナセリア様のあのような格好に耐性があるわけではない。
「でもやっぱり、お姉様はドレスを着ている方が良いわよね」
他にも、猫の耳と尻尾のついた寝間着とか、踊り子のようなひらひらとしたやつとか、1枚の布を巻き付けたやつとか、いろいろあったのだけれど、とフィリエ様は本気で考え込んでいらっしゃるご様子だった。
「いえ、衣装の話ではなくてですね……」
理由を問おうとしたところで、ナセリア様とミスティカ様、エイリオス様が出ていらしたので、話しは打ち切りになってしまった。
授業の間も、ナセリア様は普段通りに真面目なご様子だったけれど、元々はフィリエ様のお考えなのだとしても、それにのられたナセリア様のお考えのことが気になってしまって、なんとなくナセリア様の方を窺う回数が増えてしまっていた。
◇ ◇ ◇
授業を終えた夕刻にも、やはりナセリア様は僕のところへいらっしゃった。もちろん、授業の時のドレスからは着替えていらして、メイド服に身を包まれていた。
「ナセリア様」
「すみません、ユースティア。もうすぐ夕食の準備も整いますから」
朝食と同じように準備をされているナセリア様は、少し慌てた様子で答えられた。
「ナセリア様。今日はどうされたのですか?」
なんとなく話しかけて欲しくないような雰囲気をしていらしたのだけれど、理由を尋ねておかなければいけないような気がしていた。
「何か私がナセリア様のお気に障るようなことでもしましたでしょうか?」
「そのようなことはありません」
ナセリア様の返答は即座だった。
過敏な反応は、何か思いつめていらっしゃるのではと悟るには十分だったわけで、ナセリア様もそれをご承知のように、紅茶を注いでいたティーポットを台車の上へと戻された。




