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縫製したのはナセリア様です

「お姉様と何かあった?」


 その日の魔法の授業は夕刻だった。

 授業を終えて、茜色に差す夕日が表の噴水をきらきらと反射させる中、城内へ戻ろうとしていた僕をフィリエ様が呼び止められた。

 ナセリア様はすでに中へお入りになっていらっしゃるようだったけれど、フィリエ様の横には不安そうに姉姫様と僕の顔を交互に見ていらっしゃるミスティカ様がおどおどとした様子でいらしたし、扉のところにいらっしゃるエイリオス様のきりっとした蒼い瞳の中にも心配の色が浮かんでいた。


「姉上にしては大変珍しく、今日は食事の最中にもどこか上の空でいるようだったし、フィリエに聞いた限りでは他の授業の間もどこか雰囲気が違っていたのだそうだ」


 フィリエ様は大きく頷かれて、


「ユースティアだって、今の授業中、お姉様の様子がおかしかったことには気づいているでしょう?」


 気づいていないとは言わせないわよ、とばかりにじろりと僕を睨まれた。

 ナセリア様は、もちろん魔法をお教えしている間に失敗されるようなことはなく、むしろ先日まで以上に気合が入っていらっしゃる様子だったのだけれど、たしかに、どことなく元気がないというか、ため息を漏らしていらした。

 ナセリア様が授業の最中にそのようなことをなさるのは、少なくとも僕が魔法をお教えしている間には今まで見たことはなかった。


「お姉様は他の授業の時には退屈そうになさっていることもあるけれど、ユースティアが来てからの魔法の授業であんな風に思い詰めているような表情をしていたことはなかったわ」


 だからユースティアと何かあったのだと思っているのだけれど、とフィリエ様に問い詰めるように迫られた。

 昨夜もナセリア様は僕の部屋までいらしたりして、そのようなことは僕がリーベルフィアに来て以来だったので、思うところも御有りなのだろうと、言葉では何と言おうとも不安になっていらっしゃるのだろうかとも思えた。

 いくらナセリア様達がお聞きになりたいとおっしゃられたからといって、聞いていて楽しい内容ではなかっただろうし、僕自身もその後あの場から無言で立ち去るなどという––気持ち的には大分抑えた方だったとはいえ––大分大人げない真似をしてしまった。

 昨夜のナセリア様の態度からは思い詰めていらっしゃるようなものは感じられなかったのだけれど、一晩経っているわけだし、心境の変化でも御有りになっていらしたのかもしれない。


「ええっと、何と申しますか、その、実は昨日、ナセリア様と、それからユニスと、ミラさんと、少しばかりお話をさせていただきまして……」


 どんな内容だったの、などと聞かれたら答えに窮していたところだったけれど、未だに硬い表情をなさっているエイリオス様とは違って、フィリエ様はなるほどねと訳知り顔で頷かれた。

 

「つまり、修羅場だったというわけね」


「いえ、あの、フィリエ様?」


 エイリオス様は、何を言っているんだ、と訝しんだお顔をフィリエ様に向けられ、僕はといえば、まあ修羅場といえばそういえなくもない状況だったのだけれど、おそらくフィリエ様がご想像なさっている状況とは違うのではとわずかな不安を感じていた。


「いいの。何も言わなくていいわ。私に任せて。行きましょ、お兄様、ミスティカ」


 フィリエ様は特上の笑顔でそうおっしゃられ、「お、おいっ」と戸惑っていらっしゃるエイリオス様の腕を引かれて歩いていってしまわれた。ミスティカ様がぺこりと可愛らしく頭を下げられて、早足でフィリエ様に追いつかれて、エイリオス様と繋がれているのとは逆の腕にきゅっと抱き着かれていた。

 おそらく誤解が生じているとは感じたけれど、フィリエ様が楽しそうに企んでいらっしゃるご様子だったし、僕のせいだとはいえ、ナセリア様の不安を取り除いて差し上げたいと考える気持ちは、同じくらい強いつもりだ。

 僕に出来ることであれば何でもと思っているし、そのための努力も惜しむつもりはない。

 フィリエ様やエイリオス様がナセリア様にとって良くないことをなさるとは思えないし、むしろ逆だろうと思えたので、僕は成り行きに任せることにした。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、いつも通りに目が覚めた僕が、いつも通りに朝の鍛錬に向かおうとしたところで、丁度部屋の扉が控え目にノックされた。


「はい。開いています」


 こんなに朝早くに尋ねてくる人に心当たりはなかったし、そもそも、この時間帯に起きていらっしゃる方と遭遇したことはない。

 もう少しするとナセリア様や、朝の仕込みをなさる料理長様方や、メイドの皆さんも起き出される頃なのだけれど。


「し、失礼します」


「ナセリア様! っ失礼致しました」


 驚いて思わず声を上げてしまってから、僕は扉から入っていらしたナセリア様の事を、失礼とは思いつつも、まじまじと見つめてしまった。

 いや、別に、普段とどこか違うとか、そういう事ではないのだけれど、いやいや、よくよく見ればナセリア様がお召しになっているドレスは、普段のドレスではなく、ユニスたちが着ているようなエプロンドレスで、頭には白いブリムも乗せられている。


「こうして一緒にいればユースティアも喜ぶとフィリエに言われて、それで、その」


 いけませんかと、ナセリア様が不安そうに上目遣いに僕を見上げられるものだから、国王様と王妃様はご存知なのですか、とか、どうしてそのようなことをお考えに、とか、サイズの合うメイド服なんてよくお城に用意がありましたね、などといった、尋ねようとしていたことは全てのみ込んだ。


「それからこれをユースティアに渡すようにと」


 私には絶対に見てはダメよと硬く約束して渡されましたと、ナセリア様は招待状のような便箋に入れられた手紙を手渡された。


「借金の方にとられたお嬢様が、悪徳貴族にメイドをさせられている」


 思わず手紙を二度見して、透かして見たり、魔法的な隠蔽が掛けられていないかと試してみたけれど、他には何も書かれていなかった。

 滅亡した王国の虜囚となった姫が、ではなくて良かった。いや、良くない良くない。あまりの出来事に感覚が麻痺しているだけだ。

 まじまじとナセリア様を見つめるわけにもいかないし、別段、その恰好に恥ずかしがっていらっしゃるようにも、いや、少しばかり頬を染めていらっしゃるようだ。

 喜ぶとか、それ以前の問題です、フィリエ様。これでは全く落ち着きません。

 しかし、姫様の意向を無視するわけにもいかない。

 何かフィリエ様からのヒントのようなものでもあれば、と思って便箋を逆さまにすると、別の手紙がひらひらと降ってきた。どうやら糊で封筒に止めてあったらしい。


「というのは冗談よ。お姉様にはあることないこと伝えてあるから、あとは流れでよろしくね」


 流れでよろしく、ではありませんよ、フィリエ様。一体、何をお考えなのですか。それよりも他に教えていただきたいことは沢山あります。


「ユースティアの分の朝食は私が用意しました」


 一杯一杯の僕とは裏腹に、ナセリア様は大分落ち着かれたご様子だった。

 ナセリア様は外から台車を押してこられると、上には銀の蓋が被せられたお皿が用意されていた。

 フィリエ様には今日の授業の時に尋ねることにしよう。そうしよう。

 とりあえず、目の前に広がる信じがたい光景に対処するのが精一杯だった僕は、その場でのそれ以上の思考を放棄することにした。

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