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告白 2

 自分の記憶を遡れば、生まれたころまでを正確に思い出すことができるかもしれない。

 しかし、クレネスさんの時とは違い、自分でもほとんど覚えていない頃のことを思い出す、もしくはそこまで記憶を遡ることは出来なかった。

 正確には、思い出そうと記憶を遡ろうとしたところ、魔力の消費が膨大過ぎることに気がついて、話をするだけの体力が残らないかもしれないと、読みだすのを諦めた。読みだした後倒れても仕方がないし、おそらくはあまり良いものではないだろうから、今後も積極的に思い出そうとすることはないだろうけれど。

 なので、魔法を使用せずとも鮮明に覚えている記憶、ティノ達と出会った頃の事から話すことにした。


「まず、僕が名乗っている名前、ユースティアというのは、本当の意味での僕の名前ではないのです。もっとも、そう、1番大切な人に貰った名前だということには違いがないのですが、おそらく、生まれる前、もしくは生まれた直後に親がくれるはずだった名前は違うものだったことでしょう」


「くれるはずだった‥‥‥」


 ユニスが小さく呟いた後、何かに気がついたような顔を浮かべて、慌てて口を噤んでいるのが見えた。僕は気にせず、続きを話す。


「‥‥‥知らないんですよ。本当の名前は‥‥‥。名前だけではありません。誕生日も‥‥‥両親の顔も‥‥‥生まれた国の名前も‥‥‥」


「じゃあ、ユースティアというのは‥‥‥」


 ミラさんが口を開かれるので、僕はうなずきを返した。黙っていられるよりは、口を挟んでくれた方が話しやすいときもある。


「両親ではありませんが、僕の、1番大切な人がくれたものです」


 だから、誰が何と言おうとも、それが僕の本名だ。


「話しが多少前後してしまいましたが、そんなわけで、生まれた直後のことはよく分かりませんが、推測するに、どうしてか、両親は僕が魔法を使える、もしくは魔力があることを知ってしまったのでしょう。まあ、当然なのでしょうが」


 その過程で、捨てられたのか、それとも事情があって逃がされたのか、細かいことは分からない。


「とにかく、まともな記憶があるころにはすでに日雇いの仕事をこなしながら、その給金で食事を手に入れ、飢えを逃れるような生活をしていました。幸いなことにこうして水を手に入れることは出来たのでそれにはかなり助けられていましたけれど」


 手のひらに溜めて見せた水を気化させて消してから、話を先へ進める。


「そうして過ごすある日、人生を変えてくれた出会いがあったんです」


 あの時のことは鮮明に覚えている。

 気がついたらそこにいたと言った女の子に手を差し伸べたことを、全く後悔していないかと言われれば、きっぱりとそう言い切れる。

 あれが起きるまでは、ティノ達と関わったことは決して間違いではなく、きっとティノ達もそう思っていてくれただろうと自信を持って言える。


「それで、あの日出会った金の髪の女の子をティノと呼ぶことにして、そのときにティノから貰ったんです、僕のユースティアという名前は」


 それからの日々はとても輝いて見えるものだった。

 変わらない街並み、変わらない日々の仕事。けれど、一緒にいてくれる人が居るというだけで、それだけで何だか世界が明るく見える気がしていた。

 だんだんと働く場所も、量も増やした。

 自分1人だけならばどうとでも生きることは出来たけれど、それこそ生きるためならば窃盗もしたし、捕まってしばかれたりもした。

 けれど、ティノと出会ってからは、そうして犯罪によってものを手に入れることはやめた。それ以外の事であれば何でも、どのようなことでもやったけれど。

 料理を出す、ギルドのようなところだったり、仕立て屋さんだったり、パン屋、荷運び、日を跨がないような漁にもでたし、出来そうなことは端からやった。

 娼館、のようなところに出入りすることをティノはあまり快く思っていなかったみたいだけれど。さすがに子供過ぎると思われたのか、あまり稼ぎにはならなかったけれど。わずかでも稼ぐことが出来るのであれば、それでもやぶさかではなかった。


「娼館!? ユースティア今何歳なの!?」


 ユニスが、驚いたというよりはつい、といった感じに音を立てて椅子から立ち上がり、机を叩くと、僕の方へと身を乗りだしてきた。

 ミラさんは相変わらずの笑みを浮かべていらしたけれど、ナセリア様は顔を赤くされて俯かれていらした。

 ナセリア様のご年齢でその言葉を知っていらっしゃるというのもどうなのかと思ったけれど、図書室の本は別に閲覧に制限があるわけではない。そういった言葉の出てくる物語なども全くないということはないだろう。


「ですから、正確な年齢は分かりませんと申し上げたではないですか」


 丁寧な口調でそう告げると、ユニスはなおも何かを言いたげにはしていたけれど、ぷるぷると肩を震わせながら席に着き、ミラさんがまあまあと声をかけられていた。


「それからも、僕たちと同じように、その界隈に暮らしている皆とも一緒に過ごすようになったんです」


 ある時はティノが保護していたり、別の時には僕が見つけて連れて来たり、もしくは2人で、あるいはそれ以上で出会ったり。

 そんな感じに最後には僕を入れて7人で、家族のように暮らしていた。

 家も、何もなかったけれど、いってみれば、あの街一帯が庭みたいなものだった。


「僕が最初にいたところでは、詳しいことは知らないのですが、魔法を使える者は高い値段で売れるらしかったのです」


 ミラさんも、ユニスも、ナセリア様も、はっとした表情をなさった後、しまったという表情を浮かべられた。

 おそらくは僕の話の続きを想像されたのだろうけれど、事実はそれよりももっと救いのないものなので、目の前の、どう考えても僕なんかよりもずっと綺麗な心をお持ちだろう方に話すのは気が引けたのだけれど、ここで黙るわけにもいかない。


「魔法を使えるどうこうの前に、まあ貧民街だったようですから、当然のように犯行、暴行も横行しておりまして。あのときは‥‥‥攫ってくるのではなく、僕たちのような身寄りのない子供を狙った、犯罪が多いときでした‥‥‥。そんな中でも、お金か食料はなくては生きてゆけないわけで、僕が稼ぎに出ないわけにもゆかず、いつものように出かけたわけです」


 何故、生きてゆくために必要だったとか、切羽詰まった事情があったわけでもないだろうに、あのような行動に及んだのか、彼らの気持ちは理解できることはないだろう。

 ただ、あの路地裏でひっそりと暮らしているのも迷惑だったのか、それとも他に理由があったのか、犯罪者の気持ちなど分かるはずもない。


「それで、ナセリア様もご存じの事と思いますが、あの皆のお墓に掲げた布の切れ端は、元々、皆にプレゼントするために作った服の切れ端なのです。引き寄せられた際になのか、時間の経過がそうさせたのか、理由は分かりませんが、切れ端になってしまっていましたけれど」


 するはずだった、ということは、つまりできなかったということだ。

 その辺りの事情を察されたのか、ナセリア様も、ミラさんも、ユニスも、黙ったまま何とも言えない表情をなさっていた。


「‥‥‥それで、転移してしまって、ここへ来たというのですか‥‥‥?」


 それでも、ナセリア様は真っ直ぐ僕を見つめられて、最初に口を開かれた。


「いいえ。ティノ達を護れなかったこと、いなくなってしまったことに、何も考えたくないと、いなくなってしまいたいと思ったのは確かですが、ティノに最後に生きてと頼まれたので、自分から命を絶つことは出来ませんでした。そして、その当時は意識していなかったのですが、おそらくは転移の魔法を使って、先程話しに出たハストゥルムというところへ飛んでしまったのです」

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