告白 3
ハストゥルムという地名も人から聞いただけなので本当かどうかは定かではないけれど、まあ、あの状況で嘘をつかれるとも思えない。出会った当初はシナーリアさんにも魔法が使えるのだということは秘密にしていたのだし。
「その転移した先の森の中で出会った女性のシナーリアさんは騎士になることを目指していらしたので、その世界の右も左も分からなかった僕をしばらく一緒に暮らさせてくださったのです」
あのままでは、魔力も体力も尽きて、野生の生物に食べられてしまっていたかもしれないし、本当に感謝している。
狩りの仕方や、戦闘の訓練、それに最後には新しい働き口まで紹介してくれた。
「新しい働き口? 森の中に働くところがあったの? 何か露店的なものでも営んでいたのかしら?」
騎士なのに不思議ねと首を傾げるユニスに、僕は首を振った。
「いえ。森ではなく、しばらく経った後、訓練の終わりに街へ行くと連れ出してくださったのですが、そこから連れて行っていただいたのは鉱石などを掘ることを仕事とする、鉱山奴隷と呼ばれていた仕事場です。そこで––」
「ちょっと、ちょっと、待って!」
どうも先程からユニスの落ち着きがない。いや、たしかにユニスは焦っているけれど、隣を見れば、ミラさんも、ナセリア様までもが、目を瞬かせたり、手に持たれているカップの動きが止まったりされている。
「ど、どうしたの、ユニス。そんなに慌てて」
勢いと迫力に負けて、思わず言葉を詰まらせてしまった。
「今、鉱山奴隷って言わなかった?」
言ったけれど、それがどうしたのだろう。
「鉱山奴隷というのは、ただスコップやらを動かして地面を掘り返すだけで、風雨をしのぎながら静かに眠る場所と、食事まで出してくれる素晴らしい仕事場でした。周りで一緒に働かれていた皆さんは生気のないお顔をなさっていましたけれど」
「そうじゃないでしょう!」
ユニスが心底呆れたという風に、机を強く叩いた。
「いい、ユースティア。あなた、働いていたって言ったけれど、そこでお給金は貰っていたの?」
「ううん、貰っていなかったよ。けれど、その前に働いていたところでも現物支給、例えばパン屋さんだったらパンをお給金の代わりにいただいたりもしていたし、そういうものなのだと思っていたけれど?」
お給金の使い道なんて、食べ物を得る以外には考えたこともなかった。
リーベルフィアに辿り着いて、お城で働かせていただけるようになってから、その主だったお給金の使い道もなくなってしまったし、贈り物を出来る相手もいなくなってしまったので、他の用途を知らない僕の貯えは溜まる一方になっているのだ。
そのおかげで、ナセリア様へのお誕生日のプレゼントも、色々と見て回ったり、勧めていただいたりすることが出来た。
「この国にきてから、ユースティアが捕らえた賊、例えばアルトマン様とジョセフィーヌ様の処遇なんかについては気にならなかったの?」
「うん。あの時はナセリア様のお身体は無事に守り通すことが出来たから。それ以外のことは詳しい人に任せようと思っていたんだ」
学院への見学へ行った帰りに遭遇した盗賊に関しても同様だ。姫様という存在に対して彼らが敏感なのかどうかはわからないけれど、僕の思った限りでは、ナセリア様はよく狙われる、危ないお方だ。
ナセリア様やフィリエ様、それにロヴァリエ王女が直接狙われたわけではないけれど、人攫いというか、別の盗賊団のような方々にも遭遇しているし。
「‥‥‥ユースティア」
ナセリア様達が知らないだろうことは大体語り終えただろうと思ったところで、ナセリア様が今までよりも真剣な、どこか怒っていらっしゃるような口調で僕の名を呼ばれた。
ナセリア様は言うべきかどうか迷っていらっしゃるご様子だったけれど、ゆっくりと、確かめるように、ひと言づつ、話された。
「‥‥‥気にはなっていましたが、あなたが、あのような、自己を顧みない方法をとるのは、そうした中で、自分も‥‥‥土に還りたいと、そう思っているから、ですか?」
ユニスとミラさんが信じられないといったように僕の方を見つめるのが分かった。
「‥‥‥あなたは、意表をつくためだとか、相手の隙を誘うためだとか、そのような言い訳をしますけれど、本当は、心の奥では、自殺でなければ構わないと、戦いの中で、誰かを護ってであれば、それで良いと思っているからなのではないですか?」
驚くユニスとミラさん、黙ったままの僕を置いて、ナセリア様はなおも続ける。
「‥‥‥思い返せば、最初に会った時からそうだったのかもしれません。その、転移? の魔法に魔力を使い果たしていたというのも事実なのでしょうけれど、先日の、ロヴァリエ王女やフィリエと一緒に遭遇した相手は違います。あの時、あなたは別に魔力を使い果たしたりはしていませんでした。ロヴァリエ王女の行動を鑑みても、障壁を展開する魔力がなかったとは思えません」
「‥‥‥」
僕が黙ったまま何も反論しないので、ユニスも、ミラさんも、何も言えずにいるらしかった。
沈黙は肯定。そうとられても仕方のないことだったし、事実、僕自身、心の奥では、本当はそう思っていたのだということを否定できたりもしなかった。
僕は言い訳の出来ない状況で死ぬ、或いは殺されたかったのかもしれない。
僕が死んでどうにかなることなんて何もないと分かってはいるけれど、いるだけで周りに迷惑をかけるとか、そんなことを言うつもりはないけれど、とにかく、そうなってしまえたら良いのだと思っていたのかもしれない。
「そのようなこと、言わないでください」
ふざけるなとか、何言ってるのと罵倒されるか、そんなことでは誰も喜んだりしませんとか綺麗ごとを言われたりするかと思っていたけれど、そのようなことはなかった。
ナセリア様は立ち上がられると、僕の隣まで歩いていらっしゃって、小さな手で僕の手を包み込まれた。
僕を見つめるナセリア様は、今にも泣き出されそうな、悲しみを帯びたお顔をなさっていて、気づいていらっしゃるのかどうかは分からなかったけれど、実際に目の端には涙の粒が浮かんでいた。
「‥‥‥私は、ユースティアが魔法を使えたという事に、あなたがどう思っていようとも、感謝しています。お母様も、フィリエも、あなたが魔法を使えるということをとても喜んでいまし、それから––」
「ナセリア様」
僕の魔法を褒めてくださるナセリア様の言葉を遮って、
「誤解させてしまったのならば申し訳ありません。けれど、ぼ、私は自分が魔法を使えなければよかったと思ったことは、全くないとは言い切れませんが、それでも魔法を使えたことはとても幸運だったと思っています」
おかげで新鮮な水や、怪我や病気の治療、家族がみつからなかったりなどといったことにはならずに済んでいたのだから。
僕は魔法に対して感謝こそすれども、恨んだりしたことはほとんどない。
あるとすれば、自分の実力の足りなかったことい関してだ。
あのときも、あのエリアに結界を展開するのではなく、ティノ達自身、個人ごとに守るものを作り出せていれば、回避できた事件だったかもしれない。
襲撃を予想出来れば、或いは気づくことが出来れば、もっと早く戻ることが出来たかもしれない。
無数のかもが頭をよぎるけれど、後悔があるとすれば、魔法に対してではなく、魔法を使いこなせていない僕に関してだ。世の中の理不尽に対抗することが出来なかった僕が未熟なのだ。
「そんなわけで、今に至るというわけですが、他にないようでしたら、失礼させていただいてよろしいですか?」
これ以上いたら、色々と吐き出してしまったかもしれないし、色々と割愛させていただいた部分に突っ込まれても困る。僕もあまり思い出したくない––忘れてなどいないのだけれど––内容だし、姫様方のお耳に入れるには忍びない。
お墓を建て、整理をつけようとしたとはいえ、そう簡単に消化できることでもない。
僕が席を立って頭を下げ、図書室を退出するまで、どなたも言葉を発されることはなかった。




