エピローグ
冬休みのある日、僕と棗は林に囲まれた細い階段を上っていた。
僕は水を汲んだ桶と柄杓、棗は花とお線香を持っていた。墓地のある高台には水道が来ていないらしく、階段の下の水場で汲んでいかないといけなかったのだ。
冬の冷たい空気が満たす中、今日ここを訪れている人は僕ら以外にいないようだった。
棗は相変わらず、ピアスのぎっしり並んだ耳に短い金髪の姿で、黒のダウンジャケットの下にジーンズと黒いブーツを履いていた。僕は大きなリボンの飾りが付いた黒いケープの下に、やはり黒のロリータ服。
「優月、それ歩きにくくね?」
「多佳子さんが、お墓参りに良い服を用意したってウキウキした顔で言ってきたから……」
断り切れなかったのだ。もはやこういう格好に違和感もないし。
「優月似合うもんな。まじかわいー」
棗が目を細めて僕を見る。僕は少し照れて頬が熱くなった。
「俺、お母さんにはさ、もう心配しなくて大丈夫だからって報告する」
棗の視線が僕から上の方に移動する。鳶色の瞳は階段の上、あるお墓に向けられていた。
「今度さ、俺、リジェクトのCD作ろうと思ってるんだ」
「うん」
「たくさんの人が再生してくれるようになったら、俺が前みたいにダウンしてても多分効果があると思うんだよね」
そう言うと、棗は僕を真っ直ぐに見た。
「俺自身は、もう、姫神は呼ばない」
「うん」
僕が微笑むと、棗は少し赤くなってピアスを指先で引っ掻いた。窺うように僕の方を見る。
「でさ。CDのジャケットのデザイン、優月にやってもらっていい?」
「え! やるやる!」
「マジ? いやあ、本の挿絵にも選ばれるようなイラストレーターの先生に引き受けて貰えるなんて、俺たちラッキー」
「な、何言ってんの。あれは研究家の先生の好意で……」
僕の描いた姫神のイラストの一部を、郷土研究家の波川先生が出す本に採用してもらえることになったのだ。
「優月先生、よろしくお願いします!」
「だからやめてったら」
「わはははは!」
棗は笑いながら階段を駆け上がっていった。僕は慌てて追いかけるも、ヒールの付いた靴で思い通りに追いつけない。
「ねえ優月、今から今度のCDに入れる新曲を歌うからさ、聞いててよ」
階段の一番上まで登って振り返った棗は、そう言って口を大きく開いた。
棗の高音の美しい声が、苦しそうな叫び声が、低く憂いを含んだメロディーが、響き渡る。冬のつんと張りつめた空気を揺らして、反響して、歌が空に大地に、広く広く溶けていくように感じられた。
棗は歌い終わり、ゆっくりと口を閉ざす。
僕は拍手をした。
すると、冬にしては随分暖かな風が吹いて、常緑樹や枯れ葉を揺らしたのだ。カサカサと鳴り響くそれは、僕以外の誰かが拍手しているようにも聞こえた。
棗は泣くのを我慢するみたいに、無理やりな笑顔を浮かべてステージ上でするように深くお辞儀をした。
今日は棗のお母さんが亡くなってから三回目の冬の日だ。
もう少ししたら、麗司さんも多佳子さんも手を合わせに来る。僕もいる。
――だから、棗はもう大丈夫です。
僕は心の中で、冬の暖かい風にそう呟いた。




