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第120話 ただいま、まずは飯だ

第120話 ただいま、まずは飯だ

「あなたに伝えなければならないことがある」

実咲の母。

その姿をした光が。

静かに微笑んでいる。

「お母さん……?」

実咲が一歩近づく。

「どうしてここにいるの?」

「私は、この世界に残した守護の魔力の一部」

母は自分の胸へ手を当てた。

「そして、この力はずっと待っていたの」

「何を?」

母は熊五郎を見る。

「あなたたちが、もう一度ここへ戻ってくることを」

熊五郎が眉を寄せる。

「俺たちが?」

「ええ」

母が頷く。

「この王国を動かしているものは、王の魔力だけではない」

「……」

「料理人」

実咲を見る。

「守護者」

ガルドを見る。

「兵士」

レオンを見る。

「そして――」

熊五郎を見る。

「王だった者」

母が言う。

「四つの力が繋がって、この王国の防衛機能は動いていた」

熊五郎が。

はっとする。

王冠。

剣。

鍋。

麦。

今まで何度も見てきた四つの紋章。

「だから、あいつは」

熊五郎が黒い門を見る。

「俺たちの力を利用していたのか」

「そう」

母が答える。

「黒い霧は、王国の防衛機能そのものを乗っ取った」

「……」

「人々の魔力を吸い上げ」

「……」

「食料から生きる力を奪い」

「……」

「守護者の力を利用し」

母の姿が少しずつ薄くなる。

「最後に、王であるあなたを戻そうとしていた」

熊五郎が。

拳を握る。

「だから、俺を王に戻そうとしていたのか」

「ええ」

母は微笑む。

「王が戻れば、四つの力が完全に繋がる」

熊五郎の表情が変わる。

「そして」

母が静かに告げる。

「この王国そのものが、敵の器になる」

「……!」

熊五郎が空を見上げる。

巨大な黒い王冠。

その周囲を。

王冠。

剣。

鍋。

麦。

四つの黒い紋章が回っている。

「じゃあ」

実咲が呟く。

「あれを壊せばいいの?」

母は頷いた。

「違う」

「え?」

「壊してはいけない」

母が言う。

「王国の力そのものを壊せば、ここにいる人たちも巻き込まれる」

熊五郎が。

すぐに理解した。

「なら、切り離す」

「そう」

母が笑う。

「四つの力を、もう一度本来の持ち主へ戻すの」

その瞬間。

母の姿が消え始めた。

「お母さん!」

実咲が手を伸ばす。

「実咲」

母が笑う。

「あなたは、一人で守らなくていい」

「……」

「守りたい人と、一緒に守りなさい」

小さな光が。

実咲の胸へ入る。

「それが――あなたの力だから」

母の姿が消えた。

実咲は。

胸に手を当てる。

「……うん」

熊五郎が。

黒い王冠を見る。

「よし」

鍋を握る。

「やるぞ」

「どうやって?」

熊五郎は。

四つの紋章を見る。

「まず」

鍋を指す。

「料理を取り戻す」

――ズガァァン!!

黒い王冠から。

大量の黒い魔力が降り注ぐ。

実咲が。

両手を広げた。

「守る!」

――パァァァッ!

巨大な光の盾が。

町を覆う。

だが。

黒い魔力が盾へ集中する。

「くっ……!」

実咲の左腕に。

黒い線が浮かぶ。

肩まで伸びていく。

「実咲!」

「大丈夫!」

「無理するな!」

「まだ大丈夫!」

実咲は。

歯を食いしばった。

「でも、長くは持たない!」

熊五郎が頷く。

「分かった」

熊五郎は。

鍋を火にかけた。

「だから、長く戦う必要はない」

「……?」

「三分でいい」

熊五郎が。

材料を入れる。

米。

肉。

野菜。

香草。

残っていた食材を。

全部使う。

水を入れる。

火を強くする。

――ゴォォッ。

「何を作るの?」

実咲が聞く。

熊五郎は。

鍋をかき混ぜながら答える。

「今まで作ってきた料理を、一つにする」

肉から出た旨味。

野菜の甘み。

米の力。

香草の香り。

そして。

熊五郎の魔力。

鍋の中が。

金色に輝く。

「これは」

熊五郎が。

静かに言う。

「戦うための料理じゃない」

完成した料理を。

一人ずつへ渡す。

「魔力を繋ぐ料理だ」

ガルドが食べる。

――パクッ。

温かい魔力が。

胸から腕へ流れる。

槍を握る手が。

安定する。

「……魔力の流れが乱れない」

レオンも食べる。

視界が。

一瞬だけ鮮明になる。

敵の魔力の流れが。

線として見えた。

「見える……!」

「何が?」

「黒い王冠から」

レオンが空を見る。

「四本の魔力の流れが伸びてる!」

熊五郎が。

笑った。

「それだ」

実咲も料理を食べる。

温かな光が。

胸から左腕へ流れる。

黒い線の周囲に。

薄い金色の膜ができる。

「今回は何の効果?」

熊五郎が答える。

「守護力の消耗を抑える」

「どれくらい?」

「長くはない」

「……」

「でも」

熊五郎が鍋を見る。

「今までより三倍は持つ」

実咲が。

頷く。

「十分」

レオンが。

敵の魔力を指差す。

「四本の流れは、それぞれ紋章に繋がってる」

熊五郎が。

言う。

「ガルド」

「分かってる」

「剣の紋章を切れ」

ガルドが槍を構える。

「任せろ」

「レオン」

「麦の紋章だな」

「そうだ」

レオンが頷く。

「行く」

「実咲」

「うん」

「鍋の紋章を守れ」

実咲が。

驚く。

「私が?」

「ああ」

「どうして?」

「一番危険だからだ」

熊五郎が。

鍋を見る。

「料理の紋章が壊れたら、俺たちの魔力も繋がらなくなる」

実咲が。

両手を広げる。

「分かった」

そして。

熊五郎は。

王冠を見る。

「俺は最後に、王冠を切る」

黒い王冠が。

巨大な魔力を放つ。

「来るぞ!」

実咲の盾が。

町を包む。

――ズガァァァン!!

黒い魔力が。

盾へ激突する。

実咲の足が。

地面へ沈む。

「ぐっ……!」

左腕の黒い線が。

さらに伸びる。

「実咲!」

「まだ!」

料理の魔力が。

身体を支える。

消耗した守護力が。

少しずつ戻る。

「三倍って……」

実咲が苦笑する。

「本当に三倍くらい長い……!」

熊五郎が笑う。

「だろ?」

「でも、きつい!」

「なら」

熊五郎が。

叫ぶ。

「終わらせる!」

ガルドが。

黒い剣の紋章へ走る。

黒い兵士が。

行く手を塞ぐ。

「邪魔だ!」

ガルドが槍を振る。

――ガキィィン!

槍と剣がぶつかる。

「お前たちも」

ガルドが。

敵を見る。

「昔は、この国の兵士だったんだろ」

黒い兵士が。

動きを止める。

「……」

「なら」

ガルドが。

槍を下げる。

「自分で決めろ」

「……」

「守るのか」

「……」

「奪うのか」

黒い兵士の身体から。

黒い霧が少し抜ける。

「……守る」

兵士が。

自分の剣を地面へ突き刺した。

「俺たちは」

「……」

「食堂を守る」

その瞬間。

剣の紋章が。

黒から金色へ変わった。

――パァァッ!

一本。

魔力の流れが切れる。

「一つ!」

ガルドが叫ぶ。

レオンも。

麦の紋章へ到着する。

黒い霧が。

一斉に襲いかかる。

「多い!」

レオンが。

剣を振る。

だが。

敵は倒しても。

すぐに再生する。

「くそっ!」

その時。

レオンが。

料理の効果を思い出す。

魔力の流れ。

見える。

敵ではなく。

その奥。

「……そこだ!」

レオンが。

黒い敵ではなく。

地面へ剣を突き刺した。

――ズガン!

地面の下を走る黒い根が。

切断される。

「これが本体か!」

麦の紋章が。

金色へ変わる。

二本目の魔力が。

切れた。

「二つ!」

熊五郎が。

王冠へ向かう。

しかし。

黒い王冠から。

巨大な腕が現れる。

「王よ」

「……」

「お前だけは」

黒い腕が。

熊五郎を掴む。

「戻れ」

――ズン!

熊五郎の身体が。

地面へ押し付けられる。

「ぐっ……!」

右腕の黒い線が。

胸へ広がる。

「俺は」

熊五郎が。

腕を押し返す。

「戻らない」

「なぜだ」

「俺には」

熊五郎が。

町を見る。

実咲。

ガルド。

レオン。

そして。

食堂。

「帰る場所がある」

炎が。

熊五郎の左手に集まる。

「だから」

黒い腕を吹き飛ばす。

「王座はいらない」

その時。

実咲が叫んだ。

「熊五郎!」

鍋の紋章へ。

黒い魔力が集中している。

「こっちは私が守る!」

黒い魔力が。

実咲へ襲いかかる。

――ズドォォン!!

実咲の盾が。

大きく揺れる。

「うっ……!」

黒い線が。

首へ近づく。

「実咲!」

「来ないで!」

実咲が叫ぶ。

「熊五郎は王冠!」

「……」

「私は鍋を守る!」

実咲の胸の奥から。

母の声が聞こえる。

『一人で守らなくていい』

実咲は。

町を見る。

「みんな!」

町の人々が。

実咲を見る。

「手を貸して!」

ガルドが。

槍を地面へ突き刺す。

「任せろ!」

レオンも。

剣を突き刺す。

「俺も!」

町の人々が。

手を重ねる。

小さな魔力が。

一つ。

また一つ。

実咲へ集まる。

「……!」

実咲の盾が。

大きくなる。

「これが」

実咲が。

涙を浮かべながら笑う。

「私の守る力……!」

鍋の紋章が。

金色に変わる。

三本目。

魔力の流れが切れた。

残るは。

王冠。

熊五郎は。

黒い王冠の前に立った。

「これで最後だ」

黒い王冠が。

巨大化する。

「王を捨てることは」

「……」

「国を捨てることだ!」

熊五郎は。

首を振る。

「違う」

鍋を持ち上げる。

「王を捨てても」

炎が。

ゆっくり広がる。

「国を守ることはできる」

黒い王冠が。

最後の魔力を放つ。

熊五郎は。

炎で受け止める。

――ドォォォォン!!

両者の魔力が。

激突する。

熊五郎の右腕。

黒い線が。

さらに伸びる。

肩。

胸。

首。

「熊五郎!」

実咲が叫ぶ。

熊五郎は。

苦しそうに笑う。

「大丈夫だ」

「でも!」

「今まで」

熊五郎が。

鍋を見る。

「俺は何でも一人でやろうとしてた」

ガルドが。

熊五郎を見る。

レオンも。

実咲も。

「王だったからな」

熊五郎が。

呟く。

「でも今は」

炎が。

小さくなる。

「店主だ」

そして。

熊五郎は。


そして。

熊五郎は。

黒い王冠へ。

炎ではなく。

鍋を差し出した。

「だから」

「……?」

「飯を食わせる」

黒い王冠が。

一瞬。

動きを止める。

熊五郎の料理から。

金色の魔力が流れ込む。

それは。

攻撃ではない。

これまで町の人々が食べた料理。

ガルドが食べた料理。

レオンが食べた料理。

実咲が食べた料理。

その全てに残っていた。

小さな魔力。

「料理は」

熊五郎が。

言う。

「人を生かすためにある」

金色の光が。

黒い王冠へ入る。

「奪うためじゃない」

黒い魔力が。

少しずつ薄くなる。

「支配するためでもない」

王冠の中心に。

ひびが入る。

「帰る場所を作るためだ」

――パキッ。

王冠が。

砕けた。

その瞬間。

最後の魔力の流れが。

切れた。

王冠。

剣。

鍋。

麦。

四つの紋章が。

完全に金色へ変わる。

黒い門が。

崩れていく。

巨大な敵も。

黒い霧へ変わる。

「待て……」

黒い霧の中から。

声がする。

「王よ……」

熊五郎は。

静かに答えた。

「俺は王じゃない」

「……」

「だから」

熊五郎が。

鍋を持つ。

「もう、お前に国を預けない」

黒い霧が。

消える。

空が。

晴れていく。

――静寂。

誰も。

しばらく動かなかった。

やがて。

レオンが。

剣を地面から抜く。

「……終わった?」

ガルドが。

空を見上げる。

「ああ」

実咲が。

自分の左腕を見る。

黒い線は。

残っている。

けれど。

もう伸びていない。

「……終わったんだ」

熊五郎が。

頷く。

「ああ」

実咲が。

笑う。

「じゃあ」

熊五郎を見る。

「帰ろう」

「どこへ?」

実咲は。

町の向こうを指差す。

そこには。

小さな食堂がある。

看板には。

『まずは飯だ』

熊五郎が。

笑った。

「ああ」

そして。

歩き出す。

「帰るぞ」

――しばらくして。

『まずは飯だ』。

店の扉が。

開いた。

熊五郎が。

厨房へ入る。

鍋を置く。

火をつける。

「実咲」

「何?」

「皿」

「はいはい」

ガルドが。

椅子を並べる。

レオンが。

テーブルを拭く。

「俺は?」

熊五郎が。

振り返る。

「食え」

「それだけ?」

「ああ」

「楽だな!」

実咲が。

笑う。

「熊五郎」

「何だ?」

「これからも」

実咲が。

店内を見渡す。

「ここで料理するんだよね?」

「ああ」

「王様には?」

「ならない」

「国を守るのは?」

「俺一人じゃない」

「じゃあ」

実咲が。

笑う。

「これから何するの?」

熊五郎は。

鍋をかき混ぜる。

いつものように。

短く答えた。

「飯を作る」

その時。

扉の外から。

声がした。

「開いてますかー?」

熊五郎が。

顔を上げる。

「開いてる」

扉が開く。

一人。

また一人。

疲れた人。

笑っている人。

戦いを生き延びた人。

そして。

新しく生きていこうとする人。

みんなが。

食堂へ入ってくる。

熊五郎が。

鍋を持ち上げる。

「腹が減った奴から並べ」

実咲が。

笑う。

「はいはい!」

ガルドも笑う。

レオンも笑う。

食堂いっぱいに。

料理の香りが広がる。

王国を守った王は。

もういない。

そこにいるのは。

ただ。

料理を作る一人の店主。

その店を守る少女。

そして。

共に生きる仲間たち。

看板の文字が。

朝の光を受けて。

静かに輝く。

――『まずは飯だ』。

熊五郎が。

客へ笑いかける。

「いらっしゃい」

そして。

いつもの言葉を。

口にした。

「まずは飯だ」

――完――



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