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第1話 異世界に来たら、なぜか食堂を始めることになりました

前書き

もし、あなたの家にいる猫が、実は異世界の王様だったら――。

しかも、その王様が国を治めることよりも、料理を作ることを選んだとしたら?

そんなところから、この物語は始まります。

主人公は、ちょっと大きめで、態度も大きめ。

食べることが大好きで、少々口も悪い。

そんな一匹の猫、熊五郎。

そして、熊五郎と暮らしていた飼い主の櫻井実咲。

実咲は、ある日突然、熊五郎とともに異世界へ迷い込んでしまいます。

見知らぬ世界。

知らない人々。

そして、魔法が当たり前に存在する世界。

そんな場所で熊五郎が選んだのは、王座でも英雄の道でもありません。

「俺は食堂をやる」ただ、それだけ。

実咲はそんな熊五郎に呆れながらも、食堂を手伝うことになります。

ところが、実咲には知らされていない熊五郎の秘密がありました。

実は熊五郎は、この国を治めていた元国王。

しかも、強大な魔法を操る最強の魔法国王だったのです。

料理を作っているときは、ただの食堂店主。

実咲とくだらない言い争いをしているときは、ただのおっさん猫。

しかし、大切な国や人々が危険にさらされたとき――

熊五郎は、国王としての力を取り戻します。


料理で人を笑顔にし、魔法で敵を吹き飛ばす。

そして、そんな熊五郎の隣には、いつも実咲がいる。

果たして二人は、異世界でどんな毎日を送ることになるのか。

そして、王様を辞めた熊五郎は、本当にもう一度、国王として立ち上がることになるのか。

笑って、ドキドキして、最後には少し心が温かくなる。

そんな熊五郎と実咲の異世界物語を、どうぞお楽しみください。


それでは――

熊五郎の食堂へ、いらっしゃいませ。

第1話 異世界に来たら、なぜか食堂を始めることになりました


櫻井実咲には、ちょっと変わった家族がいる。


茶トラ猫の――熊五郎だ。


ただし、普通の猫ではない。


熊五郎は、人間の言葉を話す。


しかも、かなり普通に話す。


「実咲、飯はまだか?」


「さっき食べたでしょ」


「俺は今、食べたいんだ」


「知らないよ」


「飼い主だろ?」


「猫のくせに飼い主を使うな!」


そんな会話が、二人の日常だった。


実咲が二十六歳。


熊五郎は、見た目だけなら少し大きめの茶トラ猫。


体重は約七キロ。


顔も大きい。


お腹も大きい。


そして態度は、体重以上に大きい。


実咲にとって熊五郎は、大切な飼い猫だった。


……もっとも、本人にその自覚があるのかは怪しい。


「実咲」


「何?」


「今日の夕飯は?」


「焼き魚」


「もっといいものを作れ」


「自分で作れば?」


「俺は猫だぞ」


「しゃべってる時点で普通の猫じゃないけどね」


「細かいことを気にするな」


「細かくない!」


今日も、そんなやり取りをしていた。


まさか、この数時間後。


実咲と熊五郎が、まったく知らない世界へ行くことになるなんて――。


二人は、まだ何も知らなかった。


---


その日の夕方。


実咲は台所で夕食の準備をしていた。


熊五郎はソファの上で丸くなっている。


「熊五郎、ご飯できたよ」


「魚か?」


「そう」


「よし」


「なんで作った側みたいな顔してるのよ」


熊五郎はゆっくり起き上がる。


そして、当然のように食卓へ向かった。


「いただきます」


「そこだけは礼儀正しいのね」


「食べ物への感謝は大事だ」


「その割には、いつも文句言うけどね」


「料理人を育てるための意見だ」


「私は料理人じゃない」


「じゃあ何だ?」


「熊五郎の飼い主」


「そうか」


「そこは否定しないんだ」


二人で夕食を食べていた、そのときだった。


突然――。


床が光った。


「……え?」


実咲が箸を止める。


熊五郎も振り返った。


床に、見たことのない模様が浮かんでいる。


円形の光。


その中には、複雑な文字のようなものが描かれていた。


「熊五郎……」


「なんだ?」


「これ、何?」


「知らん」


「でしょうね!」


光はどんどん強くなっていく。


「ちょっと待って!」


実咲が立ち上がる。


熊五郎が食卓から離れようとする。


「おい、実咲」


「何?」


「俺を抱け」


「なんで?」


「落ちたら困る」


「猫なのに?」


「俺は高いところが苦手なんだ」


「今さら!?」


実咲が熊五郎を抱き上げた瞬間――。


光が二人を包み込んだ。


「熊五郎!」


「実咲!」


次の瞬間。


二人の姿は、自宅から消えた。


---


「……痛い」


実咲が目を開ける。


そこは、見知らぬ場所だった。


石畳。


石造りの建物。


見たことのない服装の人々。


遠くには、大きな城まで見える。


そして――。


空には、月が二つ浮かんでいた。


「…………」


実咲はしばらく言葉を失った。


「熊五郎」


「なんだ」


足元から声がする。


「ここ、どこ?」


「知らん」


「……だよね」


「たぶん異世界だ」


「…………」


実咲がゆっくり熊五郎を見る。


「なんで分かるの?」


「月が二つある」


「それだけ?」


「あと、あの馬」


熊五郎が指差した先には、見たことのない大きな動物が馬車を引いていた。


「日本にはいない」


「……猫なのに観察力すごいね」


「俺は優秀な猫だからな」


「自分で言う?」


熊五郎は堂々と胸を張った。


「腹も減った」


「そこに戻るんだ……」


実咲は深いため息をついた。


異世界に来た。


帰れるかどうかも分からない。


お金もない。


食べ物もない。


知っている人もいない。


そんな状況なのに――。


「熊五郎」


「なんだ?」


「今、一番心配なことは?」


「飯」


「でしょうね!」


実咲は頭を抱えた。


しかし、このときの実咲は知らなかった。


この異世界で熊五郎が、ただの「しゃべる猫」では終わらないことを。


そして、この先二人が始める小さな食堂が、やがて国中を巻き込む大騒動の中心になることを。


今はまだ――。


熊五郎は、ただの大食い猫。


実咲は、その飼い主。


二人はそう思っていた。


「実咲」


「何?」


「食堂をやるぞ」


「……は?」


「飯が必要だからな」


「異世界に来て最初にやることが食堂なの!?」


「そうだ」


「普通は帰る方法を探すんじゃないの!?」


熊五郎は、真顔で答えた。


「腹が減っていては、何も考えられん」


「そこだけ妙に説得力あるのやめて!」


こうして――。


しゃべる猫・熊五郎と、その飼い主・実咲の異世界生活が始まった。

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