1.放課後は時雨に天使
「雪解けの天使」と呼ばれる雪解しいねちゃんのほのぼのとしたお話です。
たまにSide:刻都結くんもあるかもしれません。
「雨が……降ってきちゃいましたね」
昇降口の軒下で、私・雪解しいねはどんよりとした灰色の空を見上げながら呟く。
ぽつぽつと地面を叩き始めた雨粒は、瞬く間に勢いを増していく。
__ああ、なんてことでしょう!天気予報を見忘れてしまうなんて!
そんな私のカバンの中には当然、傘が入っていません。
「困りましたね、どうしましょう……」
ずぶ濡れになって変えるわけにもいかず、どうしたものかと首を傾げる。
走って帰れるような距離ではないし、かと言ってこのままずっと雨が止むのを待つこともできないですし……。
色々と考えてみても、雨は音を大きくするばかり。
さっきまで綺麗に咲いていた紫陽花も、今はすっかり濡れて花を湿らせています。
そう思いあぐねていると、私のそばに一つの影が現れました。
うん?誰か、まだ学校に残っているのでしょうか。
と、思ってもすぐに自分が今立たされている窮地のことを考えてしまい、そんなことは気にかけなくなってしまう……というところで、
「……傘、入るか?」
「?!」
その影が差す方向から声がして、びくっと肩が跳ねる。
びっくりして振り返ると、そこにいたのは隣の席の男子、刻都結くんでした。
授業中はいつも寝ている。そんな彼はクールで口数が少ない、一匹狼と呼ばれているそうです。
そういえば、いつからそこにいたのでしょうか。そう思っていると、刻都くんは黒い折りたたみ傘を開きました。
「入れ」
「えっ……でも、そうすれば刻都くんが濡れてしまう可能性もありますよ?」
「半分ずつ入れば大丈夫だろ。ほら、行くぞ」
そう言って私を傘に入らせた彼は、表情ひとつ変えないまま、私の歩調に合わせるようにゆっくりと雨の中へ歩き出します。
「申し訳ありません……ありがとうございます」
「いや、別に」
響く雨音。そっと彼の横顔を盗み見る。
さらりとしたさわり心地の良さそうな黒髪に、シュッとした切れ長の目。
つやつやなくちびる、そしてすらりと高い背は、いったい身長何センチあるのでしょうか?
男子で騒いだりすることもなく、女子には冷たい態度を取って泣かせた子は数しれず、という刻都くんは学年で1位2位を争うほどの綺麗で整った顔立ちをしています。
クールで冷たい、といっても人気は凄まじく、普段のそっけない態度も合わさって、女子の中では彼のことを好きという人も少なくないそうです。
あれっ、ふと思ったら、今こうして一本の傘を分け合っているなんて、なぜこんな状況になったのでしょうか?
傘を忘れてしまった私が事の発端ではあるのですが……。
「……あのっ」
「ん?」
「そういえば刻都くんは、いつも静かですよね。何を考えているのかなって、少し気になっていました」
クールに見えても案外可愛らしいことを考えているかもしれないですしね。人の考えていることを知りたいと思ってしまうのが私の性なのかもしれません。
哲学的なことを考えていたとしたら、それもそれで女子にモテる理由なのかもしれないです。
「……大したことは考えてない」
「あれ、そうなのですか?私はいつも、今日の晩御飯は何にしようかな、とか、そんなことばかり考えてしまいますよ?」
「……そんな感じはする」
笑ったところなんて見たことがない彼が、ほんの少しだけ笑った気がしました。
「あーっ、今心のなかでくだらないことを考えてるって思ったでしょう?」
「っ、あはっ、そんなことない」
むっとして言い返すと、不意に彼はまるで花が咲いたかのような笑顔を見せました。
そんな彼の珍しい表情に対して密かに驚きつつ、くすくすと笑っていると、
「いつもふわふわと笑ってる『雪解けの天使』が、そんなことを考えてるって思ったら面白くてさ」
と、そう言いました。数秒もすれば相変わらずクールな表情に戻ってしまいます。
少しさみしさを覚えながらも、私の心は不思議と満ちたりていました。
彼の低い声には、いつもの彼からは想像もつかないような、どこか温かさや優しさを含んでいて、雨の冷たさを全部忘れさせてくれるみたいです。
心になにか、温かい火が灯ったようでした。彼の温かさが移ったのでしょうか?
……私には、まだその正体を見つけることはできなさそうです。
第1話(終)




