第5話『魔力測定と水晶球の密度』
大休みが終わり、三時間目は魔法基礎実技の授業だった。
教壇の上には、古びた木製の台座に据えられた一つの水晶球が置かれている。アストラ・クリスタルと呼ばれるこの水晶は、代々この学校に伝わる由緒あるもので、生徒一人ひとりの魔力量と属性を測定するために使われていた。台座の下部には目盛りの刻まれた測定盤が組み込まれ、魔力の波形に応じて針が動く仕組みになっている。
ルシウスは自分の席で、静かに両手を組んでいた。大休みの木登りで覚えた、あの説明のつかない戦慄をまだ胸の奥に残していたが、次の授業は自分の領分だと、密かに己を奮い立たせていた。
(魔術の正統な領域であれば、我がヴァレンティヌス家の血統が、必ず示すはずだ)
*
出席番号順に、生徒たちが一人ずつ教壇に立ち、水晶球に手をかざしていく。多くの生徒の場合、水晶はぼんやりとした淡い光を放つ程度で、測定盤の針もわずかにしか動かなかった。
やがて、ルシウスの番が来た。
ルシウスは背筋を伸ばし、水晶球の上に、指先を揃えた右手を静かにかざした。低く澄んだ声で、短い詠唱が紡がれる。
水晶は応えるように、美しい青色の光を放ち始めた。光は水晶の内部から発せられ、表面を滑らかに包み込むように広がっていく。測定盤の針は静かに、しかし確実に高い数値のところまで振れ、そこでぴたりと止まった。
「さすがルシウス君!」
「なんて綺麗な魔力だ!」
教室のあちこちから称賛の声が上がる。ルシウスは表情を変えぬまま、しかしわずかに顎を引くようにして頷いた。
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次に呼ばれたのは、タカシだった。
「すごいねルシウス君! よし、僕も頑張ろう。母さんがそう言ってた。魔力はギュッと握りしめるものだ、って」
「待てタカシ君、水晶球はかざすものであって――」
ルシウスが言い終えるより先に、タカシは両手で水晶球をしっかりと包み込んでいた。
教室に、それまでとはまったく異なる光が走った。青くもなく、淡くもない。赤みを帯びた白色の、鋭く烈しい閃光だった。同時に、水晶の内部から「ミシッ」という短い軋みが響き、続けて「ギリギリッ……」という、結晶が内側から押し潰されていくような低い音が漏れ聞こえた。硬度七を超えるとされるこの水晶が、外殻を保ったまま、確かに軋んでいた。
教室中の視線は、そのまばゆい赤白色の光へと吸い寄せられていた。誰もが、水晶そのものの輝きに見入っていた。
ただ一人、ルシウスだけは違った。彼の目は光ではなく、台座の下、測定盤の針に注がれていた。それまで滑らかに動いていた針が、限界を超えたかのように「カタカタカタッ」と小刻みに震えながら跳ね回り、目盛りの端から端までを何度も往復していた。やがて針は、それまで誰も目にしたことのない位置で、震えを残したまま静止した。
*
「波形が……出ていない」
ルシウスは呆然と呟いた。
(魔力の波形が、出ていない。なのに、結晶だけが変化している……! あれは魔力ではない。物理的な、圧力だ……!)
教壇の脇に立っていた担任教師が、震える手でメモ帳を取り出した。ページをめくる指先には、いつも以上の力がこもっていた。
「観測:測定過程において、魔力波形の波及、認められず。接触面における過渡的な高圧印加により、結晶格子の圧縮に伴う圧力誘起発光(摩擦ルミネセンス)を視認。水晶体の容積、微小ながら減少。外部への熱散逸、ほとんど認められず。接触終了後も、測定盤の指針、復元せず」
教師はそこで一度ペンを止め、水晶球とタカシの手のひらとを見比べてから、続けて書き記した。
「仮説:対象は『魔力』と呼ばれる波形エネルギーを外部に放出しているのではなく、非波形エネルギーの入力――すなわち筋肉による直接的な圧力――を介して、結晶構造そのものに作用している可能性がある」
書き終えた教師は、静かにメモ帳を閉じ、しばらくの間、何も言わずに水晶球を見つめていた。
タカシは水晶球からゆっくりと手を離すと、両手のひらをこすり合わせながら、満足げに笑った。
「ふぅ、手がぽかぽかしてきたぞ! 母さんの言う通り、魔力って暖かいんだな!」
その隣で、ルシウスは胃のあたりを軽く押さえながら、辛うじて頷いた。
「……ああ、そうだな」
(あれは魔力ではない……手圧だ……!)
教壇の上の水晶球は、わずかに小さくなった姿のまま、それでもなお静かな輝きを保っていた。測定盤の針は、まだ元の位置に戻る気配を見せていなかった。




