お勧めの武器
あれから飛龍と、小さなカフェに入った。
入り口側は一面ガラス張りになっていて、そこからは桜山商店街が一望できる。人の流れ、色とりどりの看板、呼び込みの声、行き交う笑い声――それらがガラス一枚を隔てて、まるで別世界の出来事のように遠く感じられた。
さっきまで自分もあの中にいたはずなのに、妙に現実感が薄い。
店内のもう一方の壁は、光を吸い込むような黒。余計な装飾はなく、シンプルなのに妙に洒落ている。静かで落ち着く空間のはずなのに――なぜか少しだけ居心地が悪い。
「普段は逆ナンはすべてお断りしているのですが――」
「――すみません! ナンパなんかして……!」
低く落ち着いた声に、刹那ははっと我に返った。
(やばい、私なにやってるの……)
目の前に座っているのは、黒いセーターをさらりと着こなす男――飛龍。整いすぎている顔立ちが、逆に現実味を削いでいる。まるでドラマか何かから抜け出してきたみたいだ。
飛龍はそんな刹那をまっすぐ見つめ、やわらかく微笑んだ。
「いえいえ、気になさらず」
その余裕のある態度が、逆に胸に刺さる。
(あ、これ完全に“慣れてる人”だ……)
「僕も、あなたに少し聞きたいことがありまして」
「……聞きたいこと、ですか?」
刹那は促されるまま、濃い色合いの木製テーブルに腰を下ろす。椅子に座るだけなのに、妙に緊張する。遅れて、飛龍も向かいに腰を下ろした。
その動き一つ一つが無駄なく洗練されていて、なんだか落ち着かない。
「ええ。実は、ある人物を探していまして」
「ご協力、お願いできますか?」
「あ、はい……」
(あれ……これ完全に脈なしでは?)
さっきまでの勢いが、音を立ててしぼんでいく。
自分から声をかけたくせに、勝手にダメージを受けているのが情けない。
ぽかんと口を開けたまま固まっていると、タイミングよく店員がやってきた。
「ご注文は?」
「餅クレープを二つ。あとコピ・ルアックのコーヒーも2杯」
さらりとした口調。迷いがない。
(え、コピ・ルアックのコーヒーなにそれ……)
場違いな感想が頭をよぎる。
注文が済むと、飛龍は間を置かず本題へ戻った。
「探しているのは、この人物です」
差し出されたタブレットの画面。
そこに映っていたのは――
赤と黒の鱗に覆われた、リオレウス。そして、その隣に立つ銀髪ボブのマリー百式。
(……は?)
思考が一瞬止まる。
(私だってイケメンに探されたかったんですけど!?)
(なんなのよこれ!)
理不尽な感情が一気にこみ上げる。
そんな刹那を前に、飛龍は小さくため息をついた。
「ふっ、ご存じないようですね」
「いえ、知ってます」
反射だった。
考えるより先に、口が動いていた。
一拍遅れて、血の気が引く。
(やらかしたあああああ!!)
「知っているですね?」
食いつくように身を乗り出す飛龍。
逃げ場は、もうない。
「彼女に会うには、どこへ行けばいいですか?」
まっすぐすぎる問い。
逃げようとしても、視線が絡みついて離れない。
刹那は一瞬だけ視線を泳がせ――そして、力なく答えた。
「そ、それは……お答えできません。プライバシーですから……」
(弱っ……!)
自分でも思う。全然強気じゃない。
だが飛龍は、むしろ楽しそうに笑った。
「ふっ、なるほど」
「つまり――刹那さんとマリー百式選手は、知り合いということですね」
(しまった!!)
完全に誘導されていた。
飛龍の“してやったり”という顔が、イケメンなのにやけに腹立たしい。
その瞬間、店内に妙な静けさが落ちた。
外の喧騒が、ガラス越しに遠のく。
「図星、のようですね」
飛龍は指先でテーブルを軽く叩きながら、楽しげに目を細める。
刹那は思わず視線を逸らした。
「いや、その……知り合いっていうか、ちょっと見かけたことがあるだけで……」
言い訳が、驚くほど下手だった。
(なに言ってんの私……)
そのとき、店員が餅クレープを運んできた。
白い皿の上に乗ったそれは、ふんわりと柔らかく、ほんのり甘い香りを漂わせている。
本来ならテンションが上がるはずなのに――今はそれどころじゃない。
飛龍はナイフとフォークを手に取った。
その動きには無駄がなく、どこか洗練されている。
育ちの良さすら感じさせる所作だった。
「さて、刹那さん」
一口もつけないまま、彼は再びこちらを見る。
逃げ場を塞ぐように。
「あなたは、嘘があまり得意ではないようだ」
「うっ……」
図星すぎて言葉が詰まる。
「安心してください。責めるつもりはありません」
穏やかな声。
けれど、その奥にあるものは読めない。
「ただ――」
一瞬、間。
「一ハンターとして、彼女に会ってみたいです!」
「ハンター……?」
思わず聞き返す。
現実味のない単語。
だが飛龍は、わずかに口元を緩めた。
「刹那さんは――モン○○シリーズはやりますか?」
唐突すぎる問い。
だが、その目は真剣だった。
刹那の心臓が、ひとつ大きく跳ねる。
(なんで、そこでそれ?)
カフェの空気が、少しだけ違う色に変わる。
「いちおう……というか、最近始めたばかりです」
そう答えた瞬間、飛龍の目がわずかに輝いた。
「おお、それは興味深い話だ」
(あれ……?)
(これ、もしかして普通に会話できる流れ?)
ほんの少し、希望が戻る。
「刹那さんは、どの武器をメインに使っているんですか?」
「えっと……最近、大剣を使ってみたんですけど」
苦笑しながら続ける。
「重たくて、全然うまく扱えなくて……」
「なるほど、それなら、片手剣を使うのがおすすめですね」
即答だった。
「あの弱い武器ですか?」
つい本音が出る。
飛龍は静かに首を振った。
「“弱い”という評価は、少し違います」
フォークを軽く持ち上げ、まるで講義でもするかのように続ける。
「片手剣は、回避・ガード・位置取り――すべての基礎が詰まっている武器です」
「は、はあ……」
「言わば、“ハンターとしての地力”を鍛える武器」
一拍置く。
「新米ハンターの刹那さんには、非常に適している」
(あ、そうですか……)
思わず目を逸らす。
しかし、飛龍の話は止まらない。
「大剣はロマンがありますが、扱いはシビアです」
ナイフをゆっくりと持ち上げる。
「一撃の威力は大きい。しかし、その一撃を通すためには――」
空中でぴたりと動きを止める。
「正確な判断と、十分な筋力が必要になる」
そして、すっと皿に戻した。
「鍛錬が足りない段階では、どうしても扱いが難しいでしょうね」
さらっと言ったその一言に、微妙に棘がある。
(うっ……なんか地味に刺さる)
「特に――」
飛龍は続ける。
「筋力や慣れが不足している場合は、なおさらです」
(もうその話は終わりにしてくれませんか?)
じわじわとダメージを受ける刹那。
だが当の本人は、まったく悪気がない顔で話し続けている。
「ですから、まずは片手剣で基礎を――」
「……あの」
刹那は、すっと手を上げた。
「はい?」
「帰ってもいいですか?」
ぴたり、と時間が止まる。
カフェのBGMだけが、妙にクリアに耳に入った。
数秒の沈黙。
飛龍は目を瞬かせ――
そして、小さく息を吐いた。
「……ふっ」
わずかに苦笑する。
「申し訳ない。少し話しすぎましたね」
ようやく、自覚したらしい。
「いえ、少しどころじゃ……」
「反省しています」
被せ気味に言われ、言葉が止まる。
飛龍はナイフとフォークを丁寧に揃え、姿勢を正した。
さっきまでの“講義モード”が嘘のように消えている。
「どうぞ、お帰りください」
あっさりとした言い方だった。
けれど――
「もしよろしければ」
そう言って、まだ手をつけていないクレープの皿を、そっと刹那の方へ押し出す。
「こちらはテイクアウトにできます」
「え……」
「せめてもの、お詫びです」
視線を少しだけ逸らす仕草。
どこか不器用な優しさだった。
刹那は、しばらくその皿を見つめる。
ふんわりと甘い香りが、さっきよりもはっきりと届いた。
(……なんなの、この人)
(めちゃくちゃ失礼なのに、ちゃんと優しいし……)
(しかもイケメンだし……)
感情がうまく整理できない。
「……じゃあ、遠慮なく」
結局、そう言って皿を受け取ってしまう。
飛龍はわずかに微笑んだ。
「ええ。ぜひ」
その表情は、さっきまでとは違って――
どこか柔らかかった。
刹那は立ち上がり、バッグを肩にかける。
そのまま店を出ようとして――
ふと、足を止めた。
「……あの」
振り返る。
飛龍は、静かにこちらを見ていた。
「片手剣、ちょっと練習してみます」
なぜか、そう言っていた。
自分でも理由はわからない。
一瞬だけ、間。
そして飛龍は、静かに頷いた。
「それはいい!きっと上手くなりますよ」
その言葉は、さっきまでの理屈っぽさとは違って――
不思議と、素直に胸に落ちた。
カフェの扉を開ける。
外の喧騒が、一気に流れ込んできた。
さっきまで遠く感じていた日常が、今はやけに近い。
(……変な人だったな)
そう思いながら歩き出す。
けれど――
ポケットの中のスマホが、微かに震えた気がした。
まだ、何も始まっていないはずなのに。
なぜか胸の奥が、少しだけ騒がしかった。




