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第87話 バステトと新たな力

「げろしゃぶぐれあぁ!」

「あ、起きた」


 飛び起きたアオを見つけたのはアキミだった。その手には赤のマジックが握られている。慌てて自分の顔に触れたら、手に赤いインクが付いた。どうやら今回は間に合わず、顔に落書きをされてしまったようだ。


「がうがう!」

「にししし。アオが悪いんだよ。もう3日もねてたんだから。ねえ」

「えっと。いびきなんかもかいていて気持ちよさそうでした」


 アキミがアイカに呼び掛けた。慌てて周りを見た。ここはテントの中らしく、アオたちはまだ拠点に戻ってはいないようだった。


「あ、目を覚ましたんですね」


 テントに入ってきたのはウェヌスだった。アオはぼんやりとした頭で理解した。そうか。彼女がいるから、アオたちは拠点に帰ることができないのか。


「が、がう?」

「うん? アイカちゃん? なんかアオの中の人に呼ばれたらしいよ。てか、アオは大活躍だったじゃない?」

「ええ。すごかったです。スケルトンをまるで人形でも倒すかのように圧倒して。イゾウさんよりもすごい人、いるとは思わなかった。あれがオリジンの力なんすね」


 言われても、アオには覚えがなかった。ウェヌスに褒められてもちんぷんかんぷんだ。アイカを呼んだことも、スケルトンを倒したことも。これはたぶん、ミツがやったことではないだろうか。


「がう」

「え? 私かな? えっと、私もオリジンを教わりたくて・・・。でもその前にやることがあるとかで」


 ウェヌスの言葉を聞いているとき、誰かがテントに入ってきた。ケイとパメラとアシェリだ。


「お、起きたのね。おはよう」

「が、がう」


 入ってきた3人に挨拶を交わした。事情が把握できないアオに、ケイが説明してくれた。


「あの後、現実に戻った私たちの前でアオさんが言ったんです。パメラが戦いやすくするために処置をしてやるって。そのために、アイカちゃんを呼んだらしいけど」

「アオさんが起きたらすぐに始めるらしいけどね。私には何が何だかわからないけど」


 そう言うと、アイカは両手を前に出して魔力を練りだした。そして作り出したのは一匹の黒猫だった。


「これがオリジン・・・。すごい。本当に猫を作り出せるんですね。作り出したの、初めて見ました」

「ま、作り出せるけど自分で動くことはほとんどないんだけどね。私もリクさんやアシェリさんみたいに動かしたくはあるんだけど」


 アイカに何か言おうと口を開いた時、ほかならぬアオの口から言葉が飛び出した。


『起きろ。バステト。お前の力を使ってやる』


 急に発せられた女の声に驚く一同だが、さらに驚愕すべきことが起こった。アイカが作り出した猫がしゃべりだしたのだ。


『ふん。お前も罠にはめられたくせにいまだに魔王気取りか』

『お前こそ、とっくにその体を動かすことはできただろうに。めんどくさがりのお前のことだ。どうせ死んだふりを続けるつもりだったんだろう? だが、そのままでは本当に死んでしまうぞ。この塔はそんなに甘いものではないのだからな』


 威厳たっぷりに言うアオを、黒猫は本気で睨んでいた。


「えっと・・・。一体、何が?」

『この女、今は無事に動けるようだが、まだ呪縛は解け切っていない。リビングメイルは虎視眈々とこいつの身体を狙っているのさ。あいつに自由にさせないためには一度つながりを解除する必要がある』

『そのためにあたしを呼び出したってわけかい。本当に、いつまでも偉そうなこと』


 黒猫が文句を言うが、ミツに慌てた様子はない。余裕を持った笑顔のまま、黒猫を見下している。


『いつまで拗ねているつもりだ。オリジンを手にした今、お前にはコイツラの身体を奪う術などない。となれば、こいつらが死なぬように力を尽くすのが道理ではないか。あのハトのようにな。自由に動ける身体もあることだしな』

『黙れ! お前がこいつらの魂を揺さぶるからだろう! お前が、あたしの野望を砕いたくせに!』


 2人はわけのわからないことで言い合っている。


『こいつはな。バステトと言う魔物でな。厄を払う力に特化している。一度リビングメイルに囚われたやつも、こいつの秘術を使えばたちどころに封じてしまえるのさ』


 悔しそうにうなり声を上げるバステトに、余裕の顔を浮かべるミツだった。


『お前が! お前のせいで!』

『ほら。どうした? ここを逃せば恩を売るチャンスなんて存在しないぞ? それとも何か? このチャンスを逃して自由になれる機会を待つか? この女はオリジンの使い方にますます磨きをかけるだろう。こんなチャンス、もう2度と起こるまいて』


 ミツはなんだか楽しそうだった。


「えっと・・・。バステトっていうんだね。悪いけど、力を貸してくれるかな? このままだとパメラさん。安心して寝られないだろうし」

『条件がある!』


 黒猫は力の限り叫び出した。


「じょ、条件?」

『そうだ! あたしが力を貸してやろうというんだ! その対価は支払ってもらうよ!』


 バステトはアイカに近づくと、何やら小声で話し出した。それに驚くアイカは、何かを言い返している。小声で話し続ける1人と1匹に誰も文句を言うことができない。


 そして1時間ほど過ぎた時、商談は終わった。アイカもバステトも、何やら疲れたような顔をしていた。


「えっと、アイカちゃん?」

「とりあえず、パメラさんを見てくれることになりました。結構条件を出されたけど。中にはあぶないのもあって怖かったけど。油断も隙もありゃしない」

『くそっ! そう簡単に騙せないとは。当たり前の話で終わってしまった。おまけにあたしの情報まで提供させられるなんて。おい! 女! さっさとそこに座れ!』


 残念そうに言うバステトの前に、パメラはおとなしく座った。


『はっ! あたしにかかればリビングメイルの呪いなんてちょろいもんさ!』

『や、やめろぉぉ!』


 座りだしたパメラの前に、飛び出すように緑のオーラが飛び出した。おそらくはあれが、リビングメイルの本体ではないだろうか。


『なぜ、バステトが? や、やめろ! お前が力を使えば、私は! 私はあぁぁぁ!』

『いひひひ! あきらめな! あたしの自由のために、あんたはそこで小さくなってな!』


 バステトの全身から発せられたオーラが、パメラに纏わりついた。それはパメラを優しく締め付けると、パメラの胸の前に集まって何かを生み出した。野球ボールくらいの大きさのそれは、そのままぽとりと地面に落ちた。


 バステトはそのボールを咥えると、パメラに突き出した。パメラは茫然と受け取ったが、不思議な顔でバステトの顔を見つめていた。


『ほれ。このくそ鎧を封じ込めたよ。これで3年くらいは封じられるさ。あんたはその間にオリジンとやらをしっかり鍛えな。あんたの魂さえ強くなれば、こいつも好きなことをできなくなるだろうしな』

「え・・・。あ、ありがとう」


 パメラがお礼を言ったが、半信半疑の様子だった。あまりにあっさりとことを済ませたことに戸惑っているのだろう。


『ケルベロス。これでいいんだね。ただで仕事をするのはこれで最後にしてもらいたいもんだ』

『何を言う。ただではないだろう。私はお前に宿主と交渉するチャンスを与えてやったのだからな』


 バステトは答えず、そのままアイカの足元に歩いた。そして最後にアオのほうを振り向いた。


『あんた。あの害鳥どもをこのままにしておくつもりじゃないだろうね?』

『ああ。当然報いはくれてやる。あの害鳥は私とアオが必ず殺す。大体なんだ。この塔というヤツは。ふざけたことをしてくれる。名づけも適当なのは許せん。私の〈暴食〉はともかく、ルシファーが〈高慢〉? あの社畜が? 〈高慢〉などレヴィアタンの奴のほうがふさわしいだろ』


 毒ずくミツに「ふん」と息を漏らすと、バステトは姿を消していく。どうやら、アイカの中に戻ったようだ。


『さて。ウェヌスと言ったな。こっちに来い。せっかくだから私がお前のオリジンを目覚めさせてやろう。まあ、ついでというヤツだ。この方法でオリジンを目覚めさせられるのは3人しかいないからな』

「は、はい・・・。お願いします」


 そうしてアオの元に歩き出すウェヌスと4人の仲間を、他のメンバーは茫然と見つめたのだった。

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