第86話 解放
「パメラ」
『動くなと言っているだろう! この女は私の手の中だ。私を纏ったこいつを傷つけるなんて造作もない。殺せなくても致命的な傷を与えることができるんだぞ』
一歩踏み出してくるリビングメイルに、アオたちは思わず下がってしまう。
「あなたの目的は何! ここにきて姿を現すなんて! パメラを捕らえてどうするつもりよ! 私たちから逃げきれると思っているの?」
『動くなと言っている。下がれ。私から離れろ。すぐにここから追い出してやる』
リビングメイルがそう言うと、鎧から小さなうめき声が聞こえてきた。パメラだ。リビングメイルがパメラを締め付けて、アオたちを脅迫しているのだ。
『やめろ! パメラさんを放せ! この迷宮でお前の居場所なんてあるわけないだろ!』
『誰かと思えば意気地なしの害鳥じゃないか。貴様ごときと一緒にされるとはなめられたものだ。私が主導権を握ったら真っ先に拷問してやるぞ。その手段は私の知識にもあるんだからな』
反対に脅迫されて、スクトゥムは震えてしまう。
『心配されなくてももう見つけているんだ。私がこの世界で生きていく方法などな。彼らは約束してくれた。お前たちと戦うことで、この世界で生きていけるとな』
「あのミノタウロスの背後にいた人物ですね」
ケイが言うと、リビングメイルは一瞬だけ口ごもった。
「大体予想はできている。大方あなたはミノタウロスの背後にいる人物にそそのかされてパメラを操ったのね。パメラが落ち込んでいる隙をついて。ガス生命体のあなたはハトのあの子のように肉体がなくても顕現できた。パメラの魔力に憑依してね」
『さすが、だな。我がこの女を操った経緯を推理するとは。まあ、少し考えれば誰でもわかることだが、この状況で冷静に考えを巡らせるとは。この女が嫉妬する存在だけはある』
褒めているのかけなしているのかわからないことを言いながらリビングメイルが嘲笑してきた。
「嫉妬って・・・。あんたにパメラの何が分かるのよ!」
『分かるさ。私はずっとこの女の内面にいたのだからな。この部屋を見ればわかるだろう? この女がどれだけ汚い性根をしているかなどな』
リビングメイルにそう指摘された。
暗くて乱雑なこの部屋が彼女の内面を表しているとしたら、彼女がどれだけ暗い気持ちをしていたかが察せられる。乱れたこの部屋が彼女の本心を表しているとしたら、その葛藤も見えてくる気がするのだ。
『いやこの部屋が汚いのは半分僕のせいだし。片付けとか苦手なんだよね。母さんや姉ちゃんにはいつも怒られてた』
スクトゥムの言葉に、ガクッと力の抜けるアオとアシェリだった。
『だ、だがこの女が嫉妬にまみれているのは本当のことさ! ケイという女のきれいさと頭の良さをいつも羨ましく思ってた! アシェリという女のまっすぐさにも、自分にないものと羨んでいた! 嫉妬まみれなんだよ! そんなこの女を、お前たちは助けるのか? 命がけで?? こいつにそんな価値があるのか?』
「あるに決まってんじゃねえか! いい加減にしろよ! 俺が尊敬するその人のこと、貶めんじゃねえ!」
アオが叫ぶと、全員の視線が集まった。
「嫉妬が醜いだとか、嫉妬すんなとか人は言うけど、どうしろっていうんだよな。嫉妬なんてしたくてする奴なんていねえよ。少なくとも俺はそうだ。シュウさんの誰でも話せるとこはすげえなって思うし、イゾウさんの武術にも惹かれる。コロさんの料理の腕とかにもあこがれるし、サトシの頭のいいところも羨ましいって思うよ。俺の心は嫉妬でいっぱいだ。ああいうようになりたいって、相手がうらやましくてたまんないんだ」
「アオくん・・・」
ケイのつぶやきが聞こえた気がしたが、アオは構わず続けた。
「でもな。それだけじゃねえぞ! シュウさんも、イゾウさんも、サトシやユートたちだって大切な仲間だと思ってる! 嫉妬したっておんなじだ! みんなのことを大事な仲間だって思ってることも本当なんだ。駄目なのは嫉妬するからじゃない! その先だろう!」
「アオ、くん」
気づけばアオは叫んでいた。
「嫉妬して、その後どうするかが大事なんだろう! 嫉妬して真剣に何かを頑張る奴だっている! ああなりたいって奮起するのは嫉妬した効果だろう! 俺は知っているぞ! パメラさんは嫉妬したかもしんないけど、一度だってケイさんたちを裏切らなかったと! ケイさんが追放された時も迷わずついていくことを選択した! そんな彼女をすげえって思う! 俺もそうなりたいって思うんだ! どんなに嫉妬しても、うらやましく思ってもケイさんのそばにいる彼女のことを尊敬しているんだ!」
アオは叫びながら、指をリビングメイルに突き付けた。
「あんまりパメラさんをなめるなよ! 嫉妬していたってその人は大切なことをちゃんと理解している人なんだ! お前なんかに操られているだけの人じゃない!」
アオがそう叫んだ時だった。リビングメイルが震え出した。
『くっ! この女! 急に!』
「アシェリ!」
「分かっているわ!」
2人が動き出したのは同時だった。ケイが矢をつがえ、アシェリが突進していく。
『この!』
「今度は外さない。この距離なら、私はお前の鎧を打ち抜ける」
一瞬止まったリビングメイルに、今度はアシェリが突進する。撃退しよとしたパメラの剣をレイピアが巻き取るように弾き飛ばす。あっという間に丸腰になった鎧の胸に、アシェリがレイピアを突き付けた。
『こ、この! しかし以下に我を打ち落とそうにも、我を着ている限りその女は!』
「パメラさん!」
リビングメイルに構わず叫び出したアオに、彼女の動きを止めた。
「いいのかよ! このままで! あんたはそんなことを許すはずはないだろう! あんたの2人の親友が必死で止めているんだ! 俺が尊敬するアンタなら、絶対にそのままにしておくはずがねえよな!」
パメラは動かない。腕をだらりと下げたままうつむいている。
ぼとり。
音がした。パメラの腕にはめられた籠手が抜け落ちたのだ。それを皮切りに、胸の鎧も腰飾りも、足も次々と抜けていく。そしてついには兜が落ち、ついに彼女はアンダーウェアだけの姿になった。
彼女は顔を上げると、ケイとアシェリにぎこちなく笑いかけた。
「ケイ。アシェリ。迷惑をかけちゃったみたいだね」
「パメラ・・・」
ケイはうなずくと、パメラにそっと近づいた。アシェリもその後に続いている。
「ごめん。私、ケイにずっと嫉妬してた。2人が私のことを大事に思ってくれたのは分かってたけど、それでもね。ケイのきれいなところにも頭がいいところにも。アシェリにだってそう。なんで私はあんなにまっすぐじゃないんだろうって。後輩に慕われる姿を見て思うんだ。ケイもアシェリも悪いわけじゃないのに」
「私だって同じだよ? パメラみたいに好きなことに一直線になれなくて。だから私は勉強だけは頑張ろうって思ったところもあるんだ。パメラやアシェリが認めてくれる自分になることがモチベーションだったことも確かにあるの」
「私だってそう。私も2人の羨ましいところ、たくさんある。ほら、私って釣り目じゃない? だから何もしていないのに怒っているって思われちゃって。何にも言わなくても機嫌よさそうに思えるアンタたちのこと、一時は本気で羨ましいって思ってたんだからね。まあ、改めて言うとなんか恥ずかしいけどね」
そう告白すると、3人は笑い合った。スクトゥムも嬉しそうに鼻をすすっている。
『それで守れたつもりか! だが私はあきらめないぞ! いつかこの体を手にして主導権を奪ってやる! お前たちが私と合成されたのは変わらない! お前たちに、私を排除することなんてできないんだからな!』
「渡さないよ。私の身体は私のものだ! 決して他の人に渡したりはしない!」
パメラの決意を込めた声が、アオの頭に残ったのだった。
◆◆◆◆
「2人とも、ありがとね。おかげで何とか自分を取り戻せたよ。アオくんもありがとう。ホントはあんなにしゃべるんだね。驚いたよ」
「ううん。パメラが戻ってこれてほっとした。おかえりなさい」
「おかえり。パメラ。私も安心した。意外とレイビアを使えるのもわかったしね」
「おかえりなさい。パメラさんが戻ってきてうれしいです」
4人がそれぞれの言葉で迎えると、パメラはスクトゥムに向きなおった。
「スクトゥムくんも、ありがとう。君が、私と合成された天族なんだね」
『え? いや、あの・・・。そんな感じっす』
スクトゥムは照れたようにうつむいて頭を掻いた。
「えっと。スクトゥムさんはこの世界で自由にする権利が欲しいそうです。あとスマホも使いたいと。ポイントもできれば使いたいって。そうだよね」
『え? あ、ああ。そんな感じっす』
なんだかスクトゥムの声が小さくなっている。本人を目の前にして緊張しているのだろうか。
「えっと、スクトゥム君と話す方法はあるのかな。お互いが不快にならないように、ちゃんと話をしておきたいし」
『えっと・・・。その、なんか手があるはずです。ちょっと考えてみますね』
2人はなんだか仲良くなったようで微笑ましいやり取りを続けている。
一方で喚き続けているのがリビングメイルだった。
『くそ! ここから出せ! お前らなんぞ、すぐに出し抜いてやるからな! 後悔しても知らないぞ!』
スクトゥムが入っていた檻の中に、今度は彼女が閉じ込められた。ちなみにアオが壊した鉄格子はパメラが魔力を放つことで修復された。リビングメイルは檻から出られないようで鉄格子越しに話しかけ続けている。
『この分だと、やっぱりアビリティは使わないほうがいいっすよ。使えば使うだけ、こいつに力を与えてしまいますから。パメラさんがスキルを使うのもお勧めしません。僕たちの魔力に侵食されることはいいことじゃないと思いますし』
「そうね。こいつ、全然あきらめていないようだし」
「帰ったらミツに相談かな。あいつなら、うまくやる方法を教えてくれそうだし」
アオが言うと、スクトゥムが改めて頭を下げた。
『じゃあ、皆さんはそろそろ戻ったほうがいいです。結構時間が経っているみたいだし』
「え? 時間?」
ケイが疑問の声を上げると、スクトゥムが頭を掻いた。
『ここって時間の流れが皆さんの現実とは違うところがあるんですよ。ここに来たのは数時間ですが、現実では3日ほどたってると思いますよ。速く顔を見せたほうが、みんなは安心するのでは?』
「「「「え? 3日も!」」」」
スクトゥムの言葉に、4人は同時に叫んだのだった。




