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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 この話を自分が半ば公然の事実化のように話していたのをルドヴィカを通してカレル、ひいては公爵家にばれるのを恐れてか、レスカと呼ばれた少女は怯えた様子ながら話し出した。

「切欠は、エスキル様が五歳になった頃……ガートルード様がカレル様を出産なさった時のことだそうです」

 全ては公爵家の次子が誕生したことである。生まれた子供の顔を見た重鎮の顔はどれも、一様に翳りを帯びていたという。


 彼の瞳は暗い茶色だった。髪の毛は黒。王家を含めたルーフス国民の特性とはかけ離れている。貴族やその下に仕える人々は、この事実を知った時戦慄したのだそうだ。第二子は、果たして本当に公爵の血を継いでいるのかと。

 言われてみるとルドヴィカ自身髪も瞳もこの地ではありふれた茶色であり、顔立ちもさして異国情緒を感じさせない素朴な造りだと思う。父方の祖母、つまりララは異国から嫁いできたものの、母親の血筋は昔からこの血に根ざした人間ものである。遠目に見る機会はあったものの、ほぼ初めて対面した公爵夫人は遠い異国の姫だということもあって、髪の色もルドヴィカよりもずっと深く暗い太陽を飲み込む寸前の大地の色のようだった。瞳の色も真っ黒な細く吊り上がっていて、射竦められるような思いがした。


 彼女、夫人とは対象的に公爵の髪はエスキルと同じ眩しく輝くような金髪だったと聞いている。金糸のような光の粒を浴びてきらきらと輝くエスキルの髪とは違い、今となってはくすんだ色も薄くなった金髪だが、若い頃の公爵と今のエスキルはそっくりなのだそうだ。瞳の色はこれもまた鮮やかな水色でよく晴れた夏の朝のようにも、浅瀬の湖の透き通った色のようでもある。容姿もエスキルととても似ていて、童話や戯曲の王子様の具現化したかのような姿に公爵が若い頃は、若い娘の思慕を集めたそう。エスキルと違い、無骨で言葉少なな彼は下町に降りてくることなどほぼなかったが。逆に自らの姿を軽々しく見せびらかそうとしないところが、町の娘の空想の王子様と結び付いたのだろう。熱狂的な人気だったらしい。

 気質や性格こそ公爵とは真逆だが、若い頃の公爵の特徴をあまりにもその儘引き継いだような姿のエスキルは彼の実子であることは疑いようもないだろう。だからこそ、どのような角度から観察しても、おおよそ公爵が持つ外見の特徴を受け継いでいないカレルのことを、上流階級の人間は怪しんだ。エスキルが父親に似れば似る程に、カレルの父親との違いが露わになる。そうなると疑われるのは彼らの親子である事実の証明である。

「カレル様って……髪、黒いですよね」

「はあ」

 カレルの外見など見たことないんだから、同意を求められても知らぬわとしか言いようはないが、侍女の方は実のところ公爵家に関するゴシップについて、それらを知らない人間に語りたくて仕方がないのかこちらの反応を無視して語り続ける。彼女自身もカレルの実物と対面した経験などなかろうに、全て自分の目と耳で手にした記憶だとばかりの熱の入った語り口だ。

「公爵夫人も、やはりお生まれの土地柄の為かルーフスの人間とはかけ離れた特徴の暗い色を持っていらっしゃいますけども、カレル様はもっと暗い真っ黒な髪の色をお持ちですの! 瞳の色も同様で、お顔だってエスキル様とは全く違って華やかさに欠けていらっしゃって、あら失礼」

「失礼で済ますんですか……?」

 失礼どころの話ではない。話し始めた当初こそ、カレルに同行している自分へ話すには危うい話題だと自覚し、恐る恐るだったのが話しているうちに興奮したのか、何時の間にか随分と声を張り上げ、上ずった調子でとんでもないことまで話し始めた。上流階級に繋がる人間の耳に入ったらルイス家だって使用人の格に問われるのではないか、ルドヴィカの方が心配になる程に。

 思ったことをそのまんま口にするのは、品性人格を時に批判されるような大変なことであるのだな、と自戒の気持ちを強く激しく胸の中に抱く。これは他人事ではない。

 ルドヴィカの胸中などつゆ知らず、興奮に赤くなった頬を見せた少女は語り続けた。

「どう思います? これって、ただの偶然なんでしょうか。いいえ、きっと公爵夫人はカレル様をお世継ぎにと望まれている筈!」

「ええ……」

 流石に他の人間に聞かれてしまったらお説教で済まないとわかっていたのか、決定的な言葉での名言は避けつつ彼女はルドヴィカに同意を求めた。が、そこまでこちらの意見に関心もないのだろう、あからさまに嫌そうな唸り声を発したというのに、全く頓着していない。


 つまり彼女はカレルが公爵夫人の道ならぬ恋によって生まれた、公爵とは似ても似つかぬ男との不義の子であると疑っているらしい。

 それだけでも不敬罪と罰を与えられるに値する不敬だろうに、重ねて暗に彼女はこう言いたいのだ。ルーフスにない髪と瞳の色を持つカレルは、公爵夫人の故郷だという小国の人間の血を引いている……つまり公爵夫人はお家乗っ取りの為、後継者をカレルにすべく暗躍してると彼女は妄想しているようだ。口振りから察するに、この侍女だけではなく社交界では広まりきった噂のようだ。

 エスキルから継承権を奪い、公爵夫人の故郷の人間の血を引くカレルに公爵家を継がせる。名目上は公爵その人の息子なのだから、当然ながら王家や神殿の象徴でもある賢者とのゆかりある尊き存在として扱われるのだ。今後、もし現在のルーフス王の跡継ぎが某かの不幸で不在となった場合、公爵の治めるヴェルンはおろか、この国そのものを異国の人間が乗っ取ることも絵空事ではなくなるだろう。

 

 

 彼女の話が噂や妄想ではなく事実なら、国の存続に纏わる重大事件である。ルドヴィカだって、他国の人間に支配された国で暮らしたくなどない。しかしそれはあくまで彼女の話が事実なら、の話だ。

 カレルの顔は確かに知らない。彼が語りたがらない言葉の端々に、地のつながった家族である筈の公爵家の方々への敬遠するような物言いは感じていた。

 彼は至極真面目で無作法や不義理を嫌う人間だと、少ない関わりの中でルドヴィカは知った。庶民の手助けに対し鷹揚に助力を受け入れるでなく、居丈高に自分に尽くせとがなり立てるわけでもない。真剣に自分に出来る恩義を持ってルドヴィカの与える手助けに報いようとしていた。

(その結果、呪法が得意だからと、呪殺で恩を返すとか言うのは、極端だとは思うけど)

 カレルが兄を蹴落として、公爵家の当主に成り上がろうとするかといえば、絶対にないと言い切れる。公爵との血の繋がりなど関係ない。彼の、妙な頑なさからくる真面目な性格では他者を蹴落とすことなんて言語道断だろう。

 カレルのことを舐めるのも大概にしろ。

 憤りではない。彼に共感し、厚い友情を抱く程長い時間をともにしているわけでもないし、自分は彼の顔を知らない。だからこれは事実を歪曲して自分の妄想を本当のことのように語る人間への、真っ直ぐな違和感だ。

 例え母親の指示でも、カレルは自分の感じる倫理や常識、正義に反した行為の強要に屈することはない。傀儡に据える権力者として扱うには、カレルは潔癖過ぎる。


「きっとカレル様に呪いをかけた犯人は、そのような企みを実現させるわけにはいかない、と考えたからこそこうしたんじゃないでしょうか」

 何よりこのような噂が公然と流れていたとして、潔癖なカレルが知っていたとしたらどのような気持ちだろう。

 いい加減にしてください、と。自分が話せと言ったことすら忘れて堪らなく浅慮で心ない噂を嬉々としてべらべらと話す口の持ち主に、思いきり噛み付こうとした。

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