#4「どうしたらいいの?」
意識が戻ったのは、夕方を過ぎてからのことだった。
目の前には、私の好きな優しい味わいのあたたかい料理—— トマトとチーズのリゾット、柔らかくて咀嚼しやすいように小さく切られたキャベツと玉ねぎ、人参のスープが並んでいた。
いつもより品数は少なく、食べやすいものばかり。数日間食事を取っていなかった私への配慮のようだ。
「……私はどうしたらいいの……」
久しぶりに空腹に見舞われた私は、こうして食事をしながら横に控えるジルへと尋ねた。内容は勿論、レイオス様に私の内心を誤解されていることについてだ。
「お嬢……また泣きそうになってるっす……」
「うぅ……だって、勝手に出てくるんだもの……。止められるなら私だって止めたい……」
料理があたたかい、それに美味しい。それだけのことが段々と心に沁みてきてしまった。食べながら泣きそうになりかけた私は、目をぐしぐしと手で拭い背筋を正した。気持ちをしゃんとさせて、口の中のものを飲み込んでからもう一度ジルに尋ねる。
「……誤解を解くには、どうしたらいいのかしら……?」
「まぁ、告白……とかじゃないっすかー?」
「こ……………っ」
「ぷはっ。嬢ってば顔真っ赤〜」
「………告白ね……」
「あれ!? 意外と受け入れてもらえたっす……絶対怒られると思ったのに……」
周りに他の使用人が居ないからって、主人を揶揄うなんて……。ジルだから許しているようなものだ。普通の従者はこんなにも仕える主人と気安い関係ではないはずだ……多分。
私はキョロリと周囲をもう一度確認し、声をひそめる。こんな話、あまりジル以外の使用人には聞かれたくなかった。まだお父様にもレイオス様から婚約破棄を受けた件を話していないし、使用人達もレイオス様と喧嘩したとでも誤解していることだろう。
「こ、こここ告白って……、どうしたらいいの……? 私、レイオス様とお喋りすらまともにできないのに……!」
「お嬢のそのままの気持ちを伝えればいいんすよ」
「私の……気持ち……」
「別に対面で言う必要はないっすよ。手紙でもいいと思うっすよ」
「手紙……! そうね、それなら私にも————」
意気揚々と挑戦した私だったけれど、次の日には絶望していた。
「————ジル。私、だめみたい……」
どんよりとした気分で、私は様子を見にきたジルに打ち明けた。
「どうしたんすか。うわぁ〜部屋の踏み場がないほど書き直ししてるんすね……」
くしゃくしゃに丸めた紙が部屋中に散らばっているのを見て、ジルが興味本位にそのうちの一つを摘んで開いた。
そして、一言。
「——————うわぁ……」
手紙の中身を見て、顔を引き攣らせてしまった。
[拝啓 親愛なる婚約者様]
[(前略)……あれから、如何お過ごしでしょうか。その節は礼を尽くさず大変申し訳ございません。あまりに突然のお話で、頭が混乱してしまいました。お詫びも兼ねて筆を取った次第です。]
[屋敷に帰った後に、貴方から婚約破棄に至った理由を思い返して誤解があることに気が付きました。貴方は、私が好きでもない相手との婚約で苦しんでいるとお思いですが、私は……(インク溜まりが)……]
[好きでもない方と婚約をするなんてことしません。お慕いしているんですレイオス様を。好きなところを挙げればキリがありません。どのくらい、私が本気かというと、貴方を好きになったきっかけは……(略)で……好きなところは……]
[こんなにも私は貴方様をお慕いしているんです。婚約破棄のお話をいただいてから、涙が枯れそうなほど悲しくて。だからどうか、話し合いの場を設けていただけないでしょうか……。お互いに納得いくまでお話を……(略)]
「お願い、待って……読まないで……その紙は燃やしてぇぇ。それか破り捨てぇぇぇ」
私はどんどん背を丸くして、終には机に額を置いた。頬も耳が熱い、体が熱い、もうやだ引きこもりたい。
「嬢……これは書き直して正解だったっすね……恋文を書いたことはないすけど、これはちょっと硬いし、内容を整理できてないし、なんか重いし、重いし、重いし、くそ重いし、最終的に何を伝えたいのか分からないし、要件が長いしで、良い例とはいえないのは分かったっす」
「もう……私、何を手紙に書けばいいのかわからないの……」
「さっき書いたやつはどうなって………………………、」
机にうつ伏せたままでいる私の背後からひょいっとジルが覗き込んでくる。そして最終的に行き着いた恋文を見た途端に固まってしまった。
「……あー………っと、嬢は迷宮に入ったんすね……」
[拝啓 婚約者様]
[愛してます。婚約破棄を撤回ください]
「……ま、まぁっ。すんげぇ簡潔でいいと思うっすけど、なんか果し状っぽいような……」
しくしくしく。
私には恋文を書くセンスが致命的にないらしい。
私は後頭部を隠すように腕で包んだ。
「ま、まぁ……気持ちを伝える方法は、手紙だけじゃないすから。何か別の方法にした方が良さそうっすね……、でも嬢。嬢は気持ちを伝えるだけいいんすか?」
「……んぇ?」
どういうことだろう。私には問われた意味合いがよく咀嚼できなかった。机に寝そべったまま目をぱちぱち瞬きを繰り返していると、察してくれたのかジルは言い換えてくれる。
「嬢は、破棄を撤回してもらいたいんすよね?」
「え、えぇ……そう、そうよ。勿論、ちゃんと私の気持ちを伝えて、それからお父様達に話が行く前に破棄を撤回してもらって……何事もなかったかのように婚約を続行したい」
「じゃあ、向こうも同じ気持ちじゃないとダメっすね」
「─────────それは、まぁ ……そうね……」
私は、真っ当な意見に、息を吸ってから肯定した。認めた途端、一気に羞恥心も頬や耳の熱さが冷めていく。まるで熱した石を氷水に付けたかのように、それはもうスーーーーーーンッとしてしまった。
自分の感情でいっぱい、いっぱいになっていて、レイオス様の気持ちからは目を背けていたらしい。
「……どうしよう、ジル……」
「何がっすか?」
「レイオス様……もしかして他に好きな方がいたんじゃあないかしら……」
「あー……そーいうパターンっすか」
ジルが面倒くさそうな顔をしてくる。
どうしてぇぇぇぇっ!?私は真剣に悩んでるのにぃぃいっ。
「使用人ならもう少し表情を取り繕ってよぅ」
そう泣き言を言うと、ジルの顔のシワが益々増えてしまった。
「だって、だって、だってぇ……っ!」
「あーーーもう、また泣くのは禁止だってーの……」
ぐしゃぐしゃと頭を掻き回される。大きく動かしているけれど、優しさの籠った手だった。それから机に突っ伏す私と目線を合わせるためか、ジルはしゃがみ込んでこちらを見上げてくる。
「向こうからはまだ何も連絡が来てないんすから、延長してもらえたんじゃないんすかね。だったら、嬢はその期間でアイツに振り向いて貰えるように頑張るしかないっすよ!」
そう言って、ジルは八重歯の見える笑顔を浮かべた。
「そう……ね……。そうよね!絶対、振り向いてもらうんだから!」
「そうそう、その粋っす!まぁ、理由によっては本気で諦めることになるかもしれないけど…………あ"、やべ……」
慌てて口元に手を置いても、もう遅い。私は微笑みを浮かべて小首を傾げてみせる。
「……ねぇ、ジル?」
「は、ハイ……」
「いじわるっ」
目を細めてジトーーッと睨む。
「違うんすよ、嬢。そういう可能性もあるじゃないすかー」
「そうだけど……、今言わなくてもよかったじゃない……もう……」
励ましてくれて感謝していたのにと唇を尖らせる。そんな私にジルは慈愛の籠った微笑みを向けて、頭をぽんぽんとしてくる。小さな子供をあやすみたいに頭に触れられて、私の気持ちは益々不服になってしまった。
「お嬢、大丈夫。お嬢はちゃんと愛される人っすよ、愛されないわけがないっす」
「………ん、ありがとうジル……。私、足掻いてみるわ」
「それが聞けてよかったっす。あ、因みにアイツから手紙が届いていたっすよ」
ジルが指の間に挟んだ手紙をヒラヒラと見せびらかしてきた。私はよく見知ったその赤い封蝋と、ジルを見比べた。
「そ…………、それを早く言ってよ…………!!」




