エピローグ
雨の匂いがしたら、店を開ける。
決めているわけではなくて、そういう仕組みになっている。
軒先のランタンに火を入れて、引き戸の桟を拭いて、カウンターの欅に布巾をかける。七席ぶん。
手のひらで木の面をなぞると、人の肌をさわっているような温度が返ってくる。
窓の外は白い。霧が路地を埋めて、向かいの壁も見えない。この店が街のどのあたりに立っているのかを、私は知らない。知る必要がない。ここは場所ではなくて、待ち合わせだから。
私が誰かは、書かないでおく。
書けば、あなたの読み方が一つ減る。
看板の文字を、あなたは何と読むだろうか。二文字あって、彫りが深い。角度を変えると、縦棒の内側にもう一本の線が入って見える。口が二つ並んでいるようにも読める。回、という字に見えるかもしれない。
誰かの名前の頭文字かもしれない。
さよなら、の頭文字かもしれない。
読み方は、入ってきた人の数だけある。私は自分の読み方を持っているが、それは言わない。言わないことが、この仕事のいちばん大事なところだ。
サイフォンの下のアルコールランプに、火を移す。
下の器の水がゆれて、ガラスの内側に細かい泡がつく。壁面をつたって上がって、水面で消える。数が増えて、糸のような対流が立つ。
ガラスの中で湯が鳴る音は、金属のやかんとは違う。もっと丸くて、遠い。
この音を、みんな聞いたことがあると言う。生きていたころに、どこかで。
振り子時計の針が、右から左へまわっている。二時になれば鐘が鳴って、この店は霧といっしょに消える。雨が降って、霧が出て、夜になれば、また開く。三つとも揃う日は、そう多くない。
七つのカップを並べる。
戸口の柱に、紙が貼ってある。半紙より少し厚い和紙で、四隅が飴色に焼けている。虫が食った穴が二つ。墨で書かれた字は、書き慣れていない人が定規を当てるみたいに書いた線をしている。
一、珈琲は一杯だけ。おかわりを頼んではならない。
一、店主に名を尋ねてはならない。自分の名を語ってもならない。
一、隣の客と死について語ってはならない。
一、午前二時の鐘が鳴る前に店を出ること。
一、代金は金では払えない。店主が請求するものを差し出すこと。
五つしかない。
書いていないことは、起こる。
湯が管を昇りはじめた。
そのとき、路地の奥で、敷石を踏む音がした。
雨の音が、そこだけ遠くなる。八歩で半分になって、十歩でなくなる。歩幅の狭い人なら、もう少しかかる。
軒の下で、足が止まった。
看板を見上げている。
読んでいる。何と読んだかは、その人にしか分からない。祖父の呼び名かもしれないし、亡くした人の頭文字かもしれないし、意味のわからない二文字かもしれない。
意味がわからないまま入ってくる人が、いちばん多い。
引き戸に、手がかかった。
戸が引かれた。
鈴が鳴った。
その音は、あなたが聞いたことのある音だ。
夏の縁側の風鈴かもしれない。台所の窓を開けたときの、朝の音かもしれない。玄関のチャイム。自転車のベル。学校の始業。リビングの鳩時計。病室のカーテンレール。あるいは、名前を呼ばれたときの、その声。
思い浮かんだものが、その音だ。
私はそれを聞き分けられない。聞き分ける必要がない。鳴ったということは、あなたがここに来られる人だということで、それ以上のことを、この店は確かめない。
戸口に、人が立っている。
濡れている。
私は布巾を置いて、顔を上げる。
九年、この最初の一言だけは変えていない。変えられないのではなくて、変える理由がない。濡れた人に最初にかける言葉は、これしかない。
「濡れましたね」
その人は、何か言おうとして、言えない。
いい。喋れるようになるまで、こちらは待つ。待つのは慣れている。私は待つことでできている。
タオルを出す。
カウンターのまん中の席に、手を向ける。
その人が座る。丸椅子は硬いはずなのに、腰を下ろすと欅の面から温いものが上がってくる。木の温もり、という言葉では足りない。人が三十分ほど前まで座っていた椅子の温度に近い。
奥は白い。
そこに何がいるのかを、その人はいずれ数えようとする。数えられない。三つに見えて、次に見ると四つある。
いずれ、その中の一つと目が合う日が来る。
来ない人もいる。来る人のほうが、少しだけ多い。
私はサイフォンに火を入れる。
湯が上がって、粉を落として、竹べらを一度入れる。火を落として、二度目を入れる。黒が布を抜けて落ちてくる。
香りが立つ。
その人の顔が、変わる。
九年見てきて、この瞬間だけは、毎回違う。ある人は泣く。ある人は笑う。ある人は何も起きない顔をして、そのあと三十分黙っている。
匂いは、その人の中から出てくる。私は何もしていない。私は通り道で、入れ物ではない。
カップを置く。
湯気が立っている。まっすぐ上に、太く、途切れずに。
この店の一杯目は、いつでも熱い。
その人が、こちらを見る。
聞きたいことが、たくさんある顔をしている。ここはどこか。あなたは誰か。あの奥にいるのは何か。自分はなぜここにいるのか。
どれも、いま答えるものではない。
答えは、通ってくるうちに、その人が自分で見つける。見つけない人もいる。見つけないまま帰る人のほうが、たぶん、幸せだ。
私は、最初の一つだけを渡す。
九年、同じ渡し方をしている。先代がそうしていたし、その前の人もそうしていたのだと思う。
「ようこそ」
その人が、口を開く。何も出てこない。
私は、言う。
「……お代は、いちばん苦い記憶で結構ですよ」




