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喫茶店GG(ジジィ) 〜この世とあの世の境界線〜  作者: やはぎ・エリンギ


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プロローグ

雨の匂いがしたら、店を開ける。

 決めているわけではなくて、そういう仕組みになっている。

 軒先のランタンに火を入れて、引き戸の桟を拭いて、カウンターの欅に布巾をかける。七席ぶん。

 手のひらで木の面をなぞると、人の肌をさわっているような温度が返ってくる。ここに座った人たちが置いていった温度だと思っている。確かめたことはない。

 窓の外は白い。霧が路地を埋めて、向かいの壁も見えない。この店が街のどのあたりに立っているのか、私は今でも知らない。知る必要がなかった。ここは場所ではなくて、待ち合わせだから。

 白い霧の中に、赤い傘がひとつ立っている。

 もう長いこと立っている。入ってこない。入れないのだと分かってからも、店を開けるたび、私は七つのうちのひとつを空けておく。癖というのは抜けない。癖というのは、たぶん、意味がなくなってからのほうが長く残る。

 サイフォンの下のアルコールランプに火を移す。下の器の水がゆれて、ガラスの内側に細かい泡がつく。この音を、みんな聞いたことがあると言う。生きていたころに、どこかで。

 振り子時計の針が、右から左へまわっている。二時になれば鐘が鳴って、この店は霧といっしょに消える。雨が降って、霧が出て、夜になれば、また開く。三つとも揃う日は、そう多くない。揃わない夜のことを、私は覚えていない。

 七つのカップを並べる。六つは、今夜だれか来るかもしれない人のために。来ない夜のほうが多い。

 ひとつは、いつか来る人のために。

 まだ、来ない。


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