一枚目:卒業
初執筆初投稿です。会話とのバランス、情景の説明、文字で表すのはとても難しいのですね…。
「あっという間だったね。」
街灯の無い田舎道をぽつりぽつりと歩きながらそうつぶやく
まだ寒さの残る春先、今日私たちは最後の学校生活を終えた。
「制服を着るのもこれで最後かー。うちの制服可愛いし結構気に入ってたんだけどなあ」
「私も。着るものに悩むことないし気に入ってた」
「それって気に入ってたに入るのかなあ…」
笑った拍子にズレた肩紐を直す。
黒の重厚なバッグには最後の仕事を終えたカメラが入っている。
卒業式
校歌の余韻が残る体育館を出て、私は最後にもう一度だけ、住み慣れた我が家のような校舎を見上げた。
写真部の部長として私の役割は、この大切な日の空気ごと、みんなの記憶を記録に焼き付けることだ。
レンズ越しに見るクラスメイトたちの目は、少しだけ赤く、だけど確かな希望に満ちている。
「、」
未来が約束された彼らの眩しさに耐えかねて、私はまたカメラの後ろへ逃げ込んだ。
明日からそれぞれの夢へ羽ばたく彼らの前で、私の未来だけは、継ぐべき家業のレールによってすでに切り詰められている。
私の家は、地元で何代も続く歴史ある老舗の温泉旅館だ。高校を卒業した明日からは、華やかな大学生活も、カメラを片手にする自由な旅も一切許されない。待ち受けているのは、伝統と格式の看板を背負う「若女将」としての厳しい修行の日々。女将である母の背中を追いかけ、着物に身を包み、その敷地から一歩も出られないまま三百六十五日を過ごす。まだ見ぬ広い世界を知る前に、一つの場所に一生を捧げる。その未来が、いまの私にはどうしても、息の詰まるような窮屈なものに思えてならなかった。
もう自由にシャッターを切る日々すら終わるのだと、冷え切った指先で愛機を強く握りしめ最後のシャッターを切った。
「あ、そうだ!」と前を歩く光花が振り返る。
「薫ちゃん!最後に写真とろ!制服記念!」
「制服記念て…中学の入学式でも撮ったし、高校の入学式でも撮ったでしょ」
「いいの!記念は何度あってもいいんだよ!」
腕を引かれるまま路肩の桜の木に近づく
光花と帰る通学路もこれで最後だろう
数日後、服飾専門学校に通うため光花は上京する。
「やっぱりこの桜の木の下がいいよ!中学の制服記念も高校の制服記念もここで撮ったもんねー」
そう言って、光花はポケットからスマホを取り出した。
「うん、撮ろう」差し出された画面に、二人の顔が並んで映る。
そこには、未来への期待で少し上気した光花の笑顔と、家業を継ぐ重圧を必死に隠して笑う、少しぎこちない私の姿があった。
「、ねえ、みつ——、」
これでは記念写真ではなく、未来に怯える私の記録になってしまう。
光花のせっかくの記念写真が台無しになる気がして思わず声をかけると同時に、眩いフラッシュが夕暮れの通学路を塗りつぶすほどの猛烈な爆光となって弾けた。
「うわっ……!?」
目の前が真っ白に染まり、強烈な目眩が襲う。光花の悲鳴さえ遠くへ遠ざかっていく。
どれくらい時間が経っただろう。じわじわと視界が戻ってきたとき、私の目に飛び込んできたのは、赤く染まったアスファルトではなかった。
冷たい石造りの壁と、見たこともない豪華な調度品。私と光花は、見知らぬ見事な部屋の床に、二人揃ってへたり込んでいた。
「ごめん~…フラッシュがオンになってたー‥‥」と同じく目を擦っていた光花も視界が戻ってきたようで「……え? ここ、どこ…?」と辺りを見渡している。
見上げれば、気の遠くなるほど高い天井。壁には見たこともない精緻な刺繍のタペストリーが掛けられ、窓からは、日本のものとは明らかに色合いの違う、どこか幻想的な青い光が差し込んでいる。
混乱する頭のまま、私は自分の体を確認した。いつも肌身離さず持っている自慢の一眼レフカメラ。卒業証書の筒が飛び出た通学バッグ。
光花も同じ状態の通学バッグを肩からかけており、そして床には事の元凶であるスマホが何事もなかったかのように転がっている。
「とりあえず…光花、大丈夫? 痛いところは?」
「う、うん……私は平気。薫ちゃんも平気?…本当にここ、どこなの? 携帯も繋がらない……」
二人支え合うように立ち上がり、周囲を警戒する。
状況がまったく掴めない。
夢を見ているにしては、石床の冷たさも、鼻をくすぐる古い書物のような匂いも、あまりにリアルすぎた。
――コン、コン。
静寂を破り、重厚な木製の扉が小気味よくノックされた。私と光花は、びくりと肩を跳ね上げて身を硬くする。
カチャリ、と静かに扉が開き、現れたのは中世ヨーロッパの絵画から飛び出してきたような、豪奢な衣服を身にまとった女性だった。
その人物は、部屋で立ちすくむ私たちの姿を見ても驚く風もなく、恭しく一礼した。
「――お待ちしておりました、異境の方」
「さぞ戸惑われていることでしょう」案内人は、怯えて身を寄せ合う私たちの様子を察したのか、声音を一段と和らげて微笑んだ。
「貴方様方がいま最も知りたい『なぜここにいるのか』という理由は、すべて我が王から直々にお話しいたします。
ここではお寒いですし、まずは温かいお茶でも飲みながらお聞きください。さあ、どうぞこちらへ」
どこかも分からない場所で、初めて出会った知らない人
怖くて堪らなかったけれど、その言葉や仕草は怯える私たちを本当に気遣っているようにしか見えない。
「…ついて行ってみよう」覚悟を決めたようにつぶやく光花に頷きを返す。
促されるままに部屋の外へ一歩踏み出した私たちは、さらなる衝撃に目を見張ることになる。
回廊の大きな窓の向こうに広がっていたのはどこまでも続く赤い屋根の街並み。
ひしめき合う巨大な白壁の建築物。
遥か階下からは、数え切れないほどの人々の怒号のような活気と、馬車の轍の音が地鳴りのように響いてくる。
「……すごい…」隣で、光花が呆然と呟いて足を止めていた。
その瞳には、窓から差し込む異世界のきらびやかな光が、見たこともないほど美しく反射している。
その瞬間、私の体は思考よりも先に動いていた。
無意識にカメラを取り出し、ファインダーを覗く。
レンズのピントを合わせるわずかな時間のなかで、先ほどまで胸を支配していた不安は、どこかへ吹き飛んでいた。
――カシャ。
乾いたシャッター音が、静かな回廊に小さく響く。
液晶画面に映し出されたのは、異世界のまばゆい街並みと、その景色に見惚れる光花の横顔。
さっきまで自分を縛り付けていたはずの将来への不安が、この信じられないほど鮮やかな1枚の中に、跡形もなく溶けていくような気がした。
「――素晴らしい腕前ですね、異境の方」
前を歩いていた案内人が振り返って優しく微笑んだ。
「その不思議な道具で街を写したいお気持ちはよく分かります。ですが、王もお待ちですので、まずは謁見の間へまいりましょう」
「あ、すみません……!」光花がハッと我に返って頬を赤くする。私はカメラをそっと胸元に戻し、案内人のあとに続いて再び歩き出した。
2話は2026/07/10に投稿予定です。
湿度の高い始まりでした…早くほのぼの日常パートをお届けしたいです。
(イラストは一話目のみです)




