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内務局員アンナはお掃除をがんばります!  作者: 朝日 橋立
一章め 内務局員アンナです!
7/10

閑話一 内務局員アンナの優雅な一日です!

ちょっとした閑話です。

アンナを理解するための掌編ですがせっかくなので公開します。

本筋とはあんまり関りはありません。

 欠伸をして窓を開く。

 まだ空は暗い。


 少し冷たい空気にぶるりと身体を震わせる。

 私は案外これが好きだった。

 冬だともう耐えがたい寒さだが、今は丁度良い気温だ。

 お昼ごろにはもう暖かくなってしまうのが少し惜しい。


 歯磨きをして紅茶を淹れる。

 溢れそうになった紅茶にあわてて口をつける。


「あっつ」


 どうやら舌をやけどしてしまったようだ。

 ヒリヒリする。今日はついてないかもしれない。


 はあ、と溜息を吐いてから本を手に取った。

 これはナスターシヤさんからこの前借りたものである。

 娯楽の知識を人一倍持つことは有用である、とカレーニンさんがよく言っていた。


 内容を頭に入れつつ、並行して今日の予定を立てる。

 取り敢えず明るくなってからはパンを買いに行こう。その次は本屋に行って流行りを把握して、それからは事務所に顔でも出そうか? ……休みまで顔を出すのはあんまりか。同僚に変な人間だと見られても困る。


 そろそろ寒くなってきて窓を閉める。

 空は少しずつ白んできた。


 紅茶も少し冷めてしまった。

 また溜息が漏れてしまう。

 やはり私は休日が得意ではないのかもしれない。


 お仕事中ならばよく回るこの頭は、詰まってしまったように流れがない。

 これは困ってしまう。こういったところからぼろが出る。潜入をするにしても、きっと普通から逸脱しすぎてはだめなのだ。


 何か行動しようと思って、スケッチブックを取り出してくる。

 カレーニンさん曰く、絵を描けると旧貴族とか偉い人に気に入られやすいらしい。

 私はあんまり魅力が分からないが練習にもなる。


 窓の外に視線を向ける。

 人が倒れてる。あれはきっと酔っぱらいだろう。

 今のところ無害そうだし無視でいいか。


 鉛筆を動かす。

 特に書くものもなかったので、記憶の彼の指示に従った。

 抽象的な指示ばかりであったが、ある程度楽しかったことは否定しない。

 結局完成したのは、無声映画の喜劇俳優だった。


 外を見ると明るくなっている。

 もうこんな時間か。思ったよりも早いかも知れない。

 ヴァイオリンを持って外に出た。




 *




「アンナちゃん、今日も早いね」


 最近行きつけになったパン屋の店主が言う。

 彼は柔和な顔をした人だが、革命前からここに店を構える強い人だ。

 プチブルである彼が排除されなかった点でもそう思える。


「今日は少し遅めに起きましたよ。お家のお手伝いもなかったみたいで」


 こんな風に言ってお金を払う。

 硬いパンは今日も少し値上がりをしている。


「今日はこれから何をするんだい?」


「これを調整に出してから本屋さんに行こうと思っています」


 ヴァイオリンのケースをパン屋さんに見せる。

 彼は目を丸くした。


「弾いてみてくれないか? 俺は貴族さんが弾くようなのをあんまり聞いたことがないんだ」


「うーん、まあはい」


 あんまり上手ではないのでしぶしぶうなずく。

 ケースから取り出した音叉を咥えてチューニングをする。

 これは結構好きだった。歯に来る振動が心地よい。


 さて、それからしばらく頑張って弾いた。

 間延びした音しか出せなくて、やっぱり私はこれが嫌いだ。

 情緒のないこれらはきっと全部嫌いだ。


「いやあ、上手だね」


「そうですかね? 十回は間違いましたよ」


「全く分からなかったよ」


 洒落をきかせてG線だけで演奏しようとしたのが間違いだった。

 褒められることは嬉しいのだが、少し申し訳ない気持ちにもなった。




 *




「よっ」


 このように声をかけてきたのは本屋の店主である。

 彼は長い髭をひとまとめにしている不思議な人だった。


「おはようございます」


 身軽になって手で適当な本を取りながら言う。

 ヴァイオリンは先程調整に出した。


「久しぶりだね」


「そうですかね? 休みの度に来てるつもりですよ」


「なるほど、相当に忙しいらしい」


 そんな会話をした。

 この店主は公務員だというのに、とても真面目ではない。

 首になりかねないのに仕事をさぼるのはやめてほしいものだ。

 私はたぶん彼が善い人なのは知ってる。だから、悪いことはしないでほしいものだ。


「今売れてるのってどんなのですかね」


「えっと、これだな。珍しく検閲を突破した西の本だ」


 冒険と題されたそれに少し顔を顰める。


「これって児童文学じゃないですか」


 何だか子供だと見くびられているように思う。

 そもそもこんな話を読んで意味はないのだ。

 仕事に使うことができない。


「でも今の流行はそんなもんだぜ」


 彼は笑いながらに言う。

 ……もしかしたらそうなのかもしれない。

 子供も大人もこぞって児童文学を読む……本当にそうだろうか。


 疑問に思いながらも、言いくるめられて買うことになってしまった。

 案外長い本に少し驚きながらも、ゆっくりと読もうと思う。




 *




 寮に帰ったところで手紙を探した。

 特に見つからなかった。


 もう一度紅茶を淹れて飲む。

 今朝買ったパンをちょっと食べる。


 外は仄暗い。

 暫くたつと、窓に結露が生まれた。


 それを無性に撫でたくなった。

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