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38話:人として王として

 記憶の底に、赤く刻まれた夜がある。

 平原の運命を激変させた、二十年前のあの悲劇の場に、スコルフスもまた、罪人の一人として立ち会っていた。


 当時、十二歳だったスコルフスは、名門セストゥス家の一人息子として、期待を背負って帝都ローア・ディーマの陸軍幼年学校へ入学したばかりだった。

 しかし、ひと月が経っても、彼には一人の友人もできなかった。

 級友は、恐縮して逃げ去る者か、それとは反対に、やたらと対抗心を燃やして敵視してくる者に二分された。誰もが彼を家名でのみ見た。

 次第に、スコルフスは他人を恐れるようになった。幼少期の(きつ)(おん)が再発し、誰ともろくに話せなくなった。

 一人息子をことのほかかわいがっていた両親は、スコルフスを休学させ、十日間の家族旅行に彼を連れ出した。


 行き先は、獣族(ガルー)領の北部の村だった。都から遠く離れたほうが、嫌なことを忘れられるだろう、という、両親の配慮だった。()(そう)のない土の道も、草で()かれた屋根の家も、視界いっぱいにそびえる山脈の影も、スコルフスを新鮮に驚かせた。


 しかし、村に泊まり始めて三日目の朝には、幼年学校と変わらぬ(ねた)みが、スコルフスを襲った。

 両親が歓待の礼にと支払った多額の金銭に目が眩み、村の大人たちは、客人の息子をあからさまにちやほやした。

 それが面白くない獣族の子どもたちが、「おれたちの遊びを教えてやる」と言って、スコルフスを強引に山へ連れて行った。両親は、息子に友人ができたと喜び、引き止めてはくれなかった。


 やりたくもない肝試しに挑まされたスコルフスは、獣族の子どもたちが指示した道を大きく外れて迷い、地面に口を開けた穴から足を踏み外しすべり落ちた。


 暗い石の洞窟の中、足を(くじ)いて痛みにうずくまるスコルフスを助けたのは、大人びた黒髪の少年と、その背に隠れてこわごわと様子をうかがう銀髪の少年だった。


 おとぎ話のような洞窟の家で、足首に包帯を巻いてもらい、あたたかい食事を振る舞われた。黒髪の少年の母が、自分をおぶって、村まで送ってくれることになった。

 夜の山の暗い森も、彼女がささやいてくれる突飛な物語のおかげで、怖くはなかった。村が近くなり、女の人は、「ここからは、一人で歩けるかい?」と尋ねてきた。

 同時に、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。

 スコルフスは、強がってうなずいたが、おぶさっていたから、体の震えはすぐにばれた

 女の人は、「……なんてね。今夜は星がきれいだから、特別にもう少し送ってあげよう!」と、さらに村まで歩いてくれた。


 そして、星がきれいで明るい夜だから、彼女は獣族に見つかってしまった。


 「その人は悪い人じゃないんだ」と叫びたかった。憎き吃音がそれを阻んだ。恐怖が喉を押しつぶして、スコルフスに証言をさせてくれなかった。

 目の前で繰り広げられる狂気を、スコルフスとその両親は、ただ、がたがたと震えながら見ていることしかできなかった。


 一家は、夜明けとともに馬車を用意させた。そして、「世話になった」と形式だけの礼を告げて、獣族を満足させるだけの金を押し付けて、ローア・ディーマへ逃げ帰った。


 スコルフスは、悪夢のような記憶から逃れるようにして、一心不乱に勉学に打ち込んだ。級友たちのくだらない(ひが)みや陰口など、もはやそよ風ほども(つう)(よう)を感じなかった。

 時とともに吃音を克服した彼は、教師たちがセストゥス家の跡取りに期待する通りの成績で、幼年学校と士官学校を卒業した。そして、二十歳にして陸軍のいち司令官の座におさまった。平原から半島を守る(いく)()もの防壁のうち、二番目に都に近いサーレカストラの守備隊は、経験が浅く、しかし極めて家格の高いスコルフスにはうってつけの、安全で権威ある職場であった。

 それでも、スコルフスは気が気でなかった。最前線のイオカストラが魔族の軍と衝突していると聞き、他の軍人や官僚がのんきに勝利を確信している中、スコルフスだけが、そうはならないだろうことを予感していた。


 運命が、ついに彼の影を捕まえたのは、イオカストラ陥落の知らせが早馬で届いた、その晩のことだった。


 司令室で夜遅くまでカンテラを灯し、伝令が届けてくれた敗戦の報の詳細を、スコルフスは擦り切れるほど読み返していた。

 いい加減に寝なくてはと立ち上がり、数歩歩いたところで、彼はぴたりと足を止めた。


 動けなかった。

 喉元に、白く光る刃が突きつけられていた。


竜族(ドラコ)の、司令官とお見受けする」


 砦の誰のものでもない声が、耳元にささやいた。


「イオカストラの報告を読んだな。このままでは、数年のうちに、貴公も同じ憂き目に遭うだろう」


「……だれ、だ、貴様は……」


「名乗ってもよいが、条件がある。他の誰にも、私の存在を――」


 緊張のあまり、手が汗ですべり、持っていたカンテラが落ちた。甲高い音が部屋に響く。スコルフスも、刺客も、はっと同時に息を呑んだ。

 物音を聞いて駆けつけてきた部下が、扉越しに尋ねた。


「司令官どの、いかがいたしましたか」


 スコルフスは、つばを呑んで、できるだけ明るい声音を作った。


「なんでもない。物を落としただけだ。虫が出たので驚いてしまった。……誰にも言わないでくれよ、司令官がコオロギ相手に腰を抜かしたなんて知られたら、また兵たちにあなどられる」


 部下は吹き出し、真面目くさって「了解であります」と答えると去っていった。その足音が完全に遠のいてから、スコルフスは小声でささやいた。


「……これで、よいか」


「ああ。感謝する」


 喉元の刃が離れた。おそるおそる振り向く。刺客は、口元の黒い風除け布を下ろして顔を晒した。スコルフスは息を呑んだ。うねる黒髪、薄氷色の瞳。忘れるはずもない。


「……オルヴェステル?」


「……まさか、スコルフスか?」


 互いの名を呼び合って、二人はしばし立ち尽くした。おぞましき過去の記憶が、脳裏をよぎる。スコルフスは耐えきれずひれ伏した。そして、額を床にこすりつけて、早口に言った。


「ゆ……許してくれ。私のせいで、君の母君は……!

 オルヴェステル、君には私を殺す権利がある。しかし頼む、殺すのならば、どうか私だけにしてくれ! あの夜の因果を終わらせるならば、今ここで、私だけを……!」


 必死で謝罪するスコルフスの肩に、手が触れた。


「……その覚悟、本物か」


「無論……無論だ!」


「では、私に協力してくれ、スコルフス」


 思いがけない要求に、顔を上げた。月の光を背に負うオルヴェステルの表情には、はりつめた切実さが浮かんでいた。


「母の死は、私だけでなく、多くの魔族を激怒させ、暴徒に変えた。そして、もう私では彼らを止められない。……頼む、スコルフス。わずかでも(かい)(こん)を感じていてくれるなら、手伝ってほしい。信じられぬだろうが、私は、魔族たちの復讐を止めたいのだ――」




「以来、オルヴェステルからは、竜族を攻撃する鉄の大公軍の作戦について、内部情報の(きょう)()を受け続けた。そして私は見返りとして、平原に広く浸透している我が国の諜報兵たちと連携し、奴隷の身に落とされた人々を、わずかずつでも避難させたいという彼の助力をした」


 人々はみな、呆気にとられて、静かにうつむくオルヴェステルを見つめていた。スコルフスは、彼の行いを淡々と語った。


「魔王オルヴェステルは、十二年間にわたり、その異能力を用いて、人々を我が国に亡命させ続けた。

 彼がこれまで救った人数は、七千八百八十四名。魔族が殺戮した人数に比べればわずかだが、しかし、私はこれを些細な成果だとは決して思わない」


 誰もが、信じられない、という表情をしていた。大広間の沈黙を切り裂いたのは、ネノシエンテだった。


「――なんということを!!」


 彼女は、オルヴェステルの肩に爪を立てて、目を血走らせて叫んだ。机を叩き、長い黒髪を振り乱して(きゅう)(だん)した。


「敵に情報を流すなど……!

 それに、それに……異能力で秘密裏に()(ぞく)どもを逃がしたということは、(かげ)(わた)りを使ったということですか!? 影の中へは、陛下以外には誰も入れないとおっしゃったのは嘘だったのですか!?

 なぜそんなことを! その力があれば、私たちは労せずして敵の寝首をかくことだってできたはず! 身を挺して戦う同胞たちへの裏切りではありませんか! 気が狂ったのですか!」


「狂っているのは、お前たちのほうだ!」


 オルヴェステルは、ネノシエンテの腕を力づくで振り払い、立ち上がった。そして、激情のまま彼女の胸ぐらを掴んで、怒りをぶつけた。


「人を殺して安堵することを正気と呼ぶならば、それを制止することを狂気と呼ぶならば、私は、初めから狂っていた!

 お前が毒を撒いて一晩で滅ぼしたラヴァーダンに、お前の夫を手にかけた者はいたか? いいや、いなかった! あの街にいたのは、無関係な鳥族だけだ! 何も知らぬ子どもたちと、その父母や祖父母が暮らしていただけの街だった!

 お前たちは、顔さえ知らぬ赤の他人をやみくもに恐れ、殺戮を強行した! それがお前の言う正気なのか!」


「で、ですが、婢族は魔族を殺します! 家族を守るためには――」


「守るだと? よくも言えたな、そのような()(まん)を!」


 突き飛ばされて、ネノシエンテはよろめいた。彼女は動揺していた。魔王オルヴェステルは、冷たい氷の刃のような男ではなかったか。冷徹に部下を叱責することはあっても、こうして怒りを燃え上がらせることなど、これまで一度として無かったではないか。


 オルヴェステルは、決して冷静ではなかった。しかし、取り乱してもいなかった。彼を突き動かすのは、義憤だった。従弟と、民と、人道のために、オルヴェステルははっきりと激怒していた。


「魔族は()えない。減り続ける。たとえ戦いに負けなくとも、老いにくくとも、必ずその数を減らしていく。最後に残されるのは子どもたちだ。ラヤや、キーラタや、シシルエーネだ。

 彼らが果たして戦えるか? 二百倍、三百倍の人数の敵に勝てるか? いいや、断言する、不可能だ!

 我らが血に酔い、思うさま憎しみを塗り重ね、(えつ)(ひた)って世を去った後、残された子どもたちはむごたらしく殺されるだろう、我らが殺した敵の()(ぞく)たちに!

 そのような、わかりきった未来から目を背け、おのれの恐怖のためだけに武器を取り、守るべきものたちのために丹念に敵をこしらえることの、何が正気だ! 魔族は、暴徒だ! お前たちこそが狂人なのだ!」


 オルヴェステルは、怒りに目をきらめかせたまま、大広間の扉を指差した。


「ネノシエンテ。この私が許せなければ、ただちにここを出て、牙の属領のバーンソルドのもとへゆくがよい。やつは、私が能力を隠していたことを知って反逆したのだ。兵を連れて私に離反し、やつとともに、()(ほう)()な殺戮に明け暮れたければそうするがよい。

 私は、たとえただ一人になっても、他の民族にひざまずくことになってでも、シシルエーネの未来のために、この場で和睦を結ぶ。そして、お前たちがそれを阻む限り、この手を血に染めて戦い続ける」


 ネノシエンテは、立ち尽くした。

 その場の誰もが()()されていた。


 これこそが、彼の溜め込んできた激情なのだ。アマリアは、息を呑んでその横顔を見守った。

 彼は、もう隠さない。

 傷つきうつむく少年ではない。

 人として、王として、彼の本当の信念が、今こそ鞘から抜き放たれ、叩きつけられていた。


 それまで、黙って聞いていたロトゥンハーシャが、静かに口を開いた。


「私は、陛下に従います」


 ネノシエンテは、ぎょっとして彼を見た。オルヴェステルもまた、ゆっくりと振り返った。

 ロトゥンハーシャは、その赤い両目に、涙をたたえていた。


「この二十年間、あなたの真意がわからないまま、恩義の一言でおのれを納得させて、私はあなたに従ってきました。

 未来のために、このままではいけないとおっしゃいながら、なぜ、融和派(バーンソルド)族滅派(ギルンザディン)を、もっとはっきり止めないのかと。本当は、もう未来など、とうに諦めているのではないかと。ですが……」


 流れる涙をぬぐいもせず、彼はオルヴェステルにほほえんだ。


「……これまで、ずっと抗っていたのならば。いまこそ、そうして()たれるのならば。

 あなたは、あのとき私を助けに来てくださった、一羽のハヤブサのままです」


 彼は、一歩進み出て、オルヴェステルの足元にひざまずいた。


「私はあなたに従います。どうか、シシルエーネ様をお守りください。そして、かつての()のように、人として扱われぬ人々を、どうかその手でお救いください」


 オルヴェステルは、ゆっくりまぶたを閉じた。そして、万感を込めてうなずいた。


「ありがとう、ロトゥンハーシャ。私の無二の友よ」


 忠義を確かめるふたりを、ネノシエンテは呆然と眺めていた。やがて彼女はうつむき、行き場のない感情を抱えて、ひとり奥歯を食いしばった。

 それを見ていたアマリアは、席を立って歩み寄り、彼女の手に優しく触れた。


「ネノシエンテどの。じつは、わたくしも、あなたに隠していたことがあります。魔族を蝕む『呪い』の仕組みは、じつはほとんど解明出来ているのです」


「……え……?」


「『呪い』の正体は、魔術によるマナ欠乏です。不足したぶんのマナが、作物や、家畜や、胎児から奪われることで、『呪い』は生じます。

 だから、ダースラーンの秘術を止めれば、魔族の女性は、また子を望めます。あるいは、ラヤとキーラタも……。

 ネノシエンテどの。あなたの愛した旦那様は、生まれてくるはずの孫の未来を奪ってでも、あなたに復讐を望む方でしたか?」


 ネノシエンテの瞳が大きく揺れた。アマリアは、それをまっすぐ見つめて、訴えた。


「苦しみや怒りは、あるいは生涯消えないのかもしれません。けれども、再び生まれる希望は、あなたの涙を、そのたびにぬぐってくれると、わたくしは信じています」


 ネノシエンテは、己の両の手のひらを開いて見つめた。その手が今まで()してきた(ざい)(ごう)と、取りこぼしてきた未来とが、重なって見えた。

 彼女はあえいで崩れ落ちた。

 幼子のように床に座り込み、両手で顔を覆った。


「キーラタ……フォルーシャン……。私、私は……」


 彼女の指の間から、ぼろぼろと大粒の涙があふれた。アマリアは、声もなく泣き崩れるネノシエンテを抱きしめた。


「ネノシエンテ。未来のために、あなたにも、ともに手を貸してほしいのです。ラヤの、キーラタの、笑顔のために。どうかお願いします」


 アマリアの肩に顔を埋めて、ネノシエンテは何度も何度もうなずいた。


 スコルフスは、円卓につどう人々をさっと(そう)(らん)し、これ以上は異議のないことを確認すると、目元にかすかに喜色を浮かべた。


「魔族内でも、合意が取れたようだな。それではアマリア大使、調印を――」


 言いかけたスコルフスの言葉を、オルヴェステルが厳しい表情でさえぎった。


「まだだ。最も大きな敵が、まだ残っている」




 牙の属領の地下牢にて、この属領の主であるバーンソルドは、退屈そうにあくびをしていた。


「ああ暇だ。おい、じいさん。賭けでもしようぜ」


 超常の力を有する大公を止められるのは、同じほど強力な別の大公だけだ。看守をつとめる鉄の大公ギルンザディンは、無言のまま、檻の中を視線で鋭く射た。


「オルヴィのやつが、俺らを無視して何やってるか、当ててやるよ。見事正解したら、この邪魔な鎖、解いてくれよな」


 へらへら笑うバーンソルドは、ギルンザディンが異能力で生成した黒い鎖で、がっちりと(いまし)められていた。ギルンザディンは、ふざけた態度の罪人をにらんだ。


「やかましい。死ぬのを黙って待っておれ」


「あいつは今頃、魔族を裏切ってるぜ」


 ギルンザディンは、力任せに床を蹴った。


「抜け抜けと……! 裏切り者は貴様だ、『炎』!」


「なあ、じいさん。おかしいと思わなかったのかよ。竜族の砦を、十年以上かけて、ようやく三つしか落とせなかったこと」


 こめかみがぴくりと動いた。バーンソルドはへらへらした態度を取っているが、その目はまったく笑っていないことに、ギルンザディンは気がついた。


「普通に考えたらよ、攻め落とすんなら、俺かネノシエンテだろ、向いてるのは。あんたは正面から()き潰すのが得意だけどよ、それが効くのは平地や市街地だ。相手に立派な拠点があるなら、俺らがとるべき作戦は、忍び込んで不意討ちだろ。少数での襲撃なら俺が得意だし、土地ごと腐らせていいんならネノシエンテでもいい。なのに、オルヴィは、一番不向きのあんた一人に、竜族攻略を任せてた」


 ギルンザディンは、思わず話に引き込まれた。バーンソルドの弁舌はよどみがなく、とても命乞いのための即興の狂言とは思われなかった。


「あいつは、農奴と農耕地の管理とかいう、一番だるい仕事を俺に振って、俺が自由に身動きできないようにした。『兵の損耗を前提とした策を立てるな』とか無茶言って、俺とあんたの選択肢を狭めて、行動を妨害した。やたらと頻繁に状況報告を求めてきたのも、俺らを事務で圧迫して、まともに戦えなくするためだ。その末に、この間の停戦騒ぎだぜ。……あんた、本当に、おかしいと思わなかったのかよ?」


 反逆者の話に、耳を傾けてはならない。そう思いながらも、ギルンザディンは、己の心にも疑心の霧がただよい始めるのを止められなかった。

 言われてみれば、こちらの作戦が妙に敵に読まれていて、うまくいかないことが多かった。単に、計算高く冷静な竜族は、戦に長けているのだと思っていたが……。


「……有り得ぬ……」


「だったら賭けろよ、ギルンザディン。あいつが本当に魔族を裏切ったら、おれにつけ。おれを解放して、あいつを殺すのを手伝え。もし違ってたんなら、この俺の首でも何でもくれてやるよ」


 そこへ、ギルンザディンの配下の兵が報告に来た。


「鉄の大公! 陛下とアマリア様との連名で、書簡が送られてまいりました」


「貸せい! なんと書いてある!」


「それが、宛名はバーンソルドなのです」


 バーンソルドはにたりと笑い、大げさに鎖をジャラジャラ鳴らした。


「悪いな、いま手が塞がって読めねえんだ。代わりに読んでくれ」


 ギルンザディンは、兵から書簡を奪い取ると、封を引きちぎり、内容を検めた。読み進めるにつれ、彼の顔は怒りで赤黒く染まった。


 魔族は、すべての奴隷と捕虜を解放し、奪った土地を返還して、獣族、鳥族、竜族と和睦を結ぶこととなった。この決定に異議あらば、三日後の正午より、サヴォク平野にて申し立てを聞く――


 バーンソルドは、大声で笑った。


「賭けは俺の勝ちだな、じじい。……それで、あんたはどうする?」


 ギルンザディンは牢の鉄格子を手でへし折った。そうして中に踏み入ると、異能力で右手に鉄の手斧を生成し、力任せにバーンソルドへ振り下ろした。

 鈍い破壊音が響く。

 断たれた左の手首ごと(いまし)めの鎖を放り投げ、首をコキコキと鳴らしながら、バーンソルドは牢から出て、大きく伸びをした。手首の切り口からは無数の治癒泡が吹き出しているが、痛がる素振りも見せない。


「さて、と。予定はいくらか狂っちまったが、問題ねえ」


 黄色の目が歪められ、笑顔を形作る。

 バーンソルドは心底楽しげにつぶやいた。


「ようやくお前をぶち殺せるぜ、オルヴェステル」

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― 新着の感想 ―
とても面白くて途中何度も泣きながら一気読みです! 自分が好きだったソシャゲに転生…というよくある設定・タイトルからは予想できない、血で血を洗う憎悪に塗れた激重世界観でした。魔族が抱える憎悪やどん詰ま…
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